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ウイスキーガール(7)ウイスキー造りとマーケティングの仕事

小嶋冬子 authored by 小嶋冬子KOVAL Distillery
ウイスキーガール(7) ウイスキー造りとマーケティングの仕事

 こんにちは。小嶋冬子です。アメリカ・シカゴの蒸溜所でウイスキーやジンを製造し、現在、日本の市場も担当しています。大学在学中にこの蒸溜所に入社し、右も左も分からないまま始めたこの仕事でしたが、現在では日本、最近は台湾への市場開拓も果たし、マーケットマネージャーとして様々な場所を行ったり来たりの生活です。今回は私の元々のルーツである、ローカルなシカゴの会社で働くということ、どんな環境で働いているかを紹介したいと思います。

日本人1人という環境

 シカゴにあるKOVAL蒸溜所は、約20人の小さな会社です。その中で職人が7人ほど、そのほかはマーケティングチームやデザイナー等で構成されています。現在、KOVALは日本を含め、EU、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、韓国、台湾、そして日本へ輸出しています。

 投資家を持たず、独立企業としてその名を世界中に広めることが出来ているKOVAL蒸溜所。実は、これは職人やこのマーケティングチームがあってこそ。勿論、その中でたった1人、日本人を雇うことに迷いがなかった創設者のBirnecker夫婦の力も大きいです。

日本と台湾を担当する小嶋さん

シカゴでの生活はハプニングだらけ?

 実は、私は初め、彼らの言っていることが全く理解できませんでした。単なる英語力不足だったこともあり、毎日、初めて経験するシカゴでのその生活に圧倒されっぱなしでした。蒸溜所内の職人は海外に出たことがない人もいましたし、英語は驚くほど速く、どこが聞き取れないかも分からないほど。私のシカゴでの生活は初めのころは、波乱万丈だったんです。

 初めて住んだところは、私の部屋があってルームメイトの部屋がある予定でしたが、実はその部屋、着いてから分かったことでしたが、ベッドがありませんでした。契約にはちゃんとベッドがあるってなっていたのに、実際にあったのは簡易的な布団のみ。布団というか......布でした。あれは本当に驚きました。ベッドを買うお金をすぐに用意できなかったので、フローリングにとりあえず布団を敷いて何日か過ごしたのを覚えています。

 それでも、仕事で使う英語を理解することが最優先でしたし、ウイスキー作りは覚えることがいっぱいで、あまり気にする程ではありませんでした。たぶん性格上そこはどうでも割とどうでも良かったのかも......笑。

 少しずつ仕事に慣れてきたときに、住むところを変えたり、自分が納得できるルームメイトと家を探したりできるようになりました。こういった経験は、自分の意見をしっかりと英語で具体化させて言うという勉強にもなった気がします。

原材料の一つのコーン.よりクリアで滑らかな味を出すために全てオーガニックにこだわっています

朝は5時起き、仕込みのために6時には現場へ

 製造の仕事は季節にもよりますが、基本的に仕込みは朝5時に起床。6時には現場に行きます。まず私はジンの製造から入ります。原材料の配合、粉砕、蒸溜に必ず必要な40キロ以上ものアルコールや水などを加える作業がメインです。前の日につけ置いていた蒸溜の準備ができた液体を、蒸溜機にかけていくという作業もできるようになりました。

 これはもちろん1人ではできませんが、職人に少しずつ教わりながら覚えていきました。その後は、ウイスキーを作る職人のアシスタントとしてウイスキー製造へ。これも中々力のいる作業で、樽へ入れる前の液体を作るため、最初の製造段階で規定の原材料の使用量にあわせるために、何百キロもの原材料をバケツで何十回にも分け、すくいあげ、粉砕機にかけていったりと、ウイスキー作りって樽だけじゃないんだなってことを実感しています。

 また、作るだけではなく、お酒製造って掃除量が多いところも、あまり知られていないことでもあります。掃除をしているときに、発酵が終わった後の原材料の匂いなんか、また、いい匂いがして好きなのですが(笑)(ちょうど、ビールみたいな匂いがします)

蒸留酒造りにある、最も綺麗な瞬間

蒸溜された液体、アルコール度数は70度以上になることも

 お酒つくりには力仕事というイメージがとても強く、「綺麗な光景」とはかけ離れたところにあると思われがちです。しかし、私は心の底から綺麗だと思う工程があります。それは、蒸溜されたあとの液体の透き通るような、どこまでも澄んだ美しさです。蒸留された液体は、樽に詰める前は無色透明です。あのウイスキーの琥珀色は樽の色からくるものです。

 しかし、樽熟成される前の蒸溜液は、水よりも明るく、透明で、触り心地は不思議な柔らかさがあります。この仕事をしていて、この瞬間、この光景は、何にも代えられない美しさだと思っています。この話をすると凄く引かれるんですけど、女子って光物が好きじゃないですか。そんな感じです(笑)

 何よりも、自分の手で初めて作ったお酒は、格別な美味しさと、圧倒的な思い出になります。もう少しで、初めて自分が樽につめたウイスキーを飲めるということも、心の底からの楽しみなのです。

 私は元々、留学で訪れたスコットランドでの思い出がウイスキーと繋がっていて、大切な人や思い出をずっと覚えていられるように、そしてその時の気持ちに戻れるように、ウイスキー造りをしたいと思ったことがきっかけでした。だからこそ、今は、自分の想いがこうして形になることが心の底から、凄く嬉しいです。

蒸溜された液体をほかのタンクに移しているところ。 量を測りながらバケツでこのように調節していきます

製造現場から、世界へ

 現在は日本のマーケティングを担当しているため日本での生活もすごく増えてきています。日本ではインポーターの方とイベントを企画したり、連携をとってお仕事をさせて頂いています。その他、台湾の市場も開拓しました。実は韓国と中国への市場展開も、既に決まっています。関わる全てのビジネスパートナーが、チームとなって動いてくれ、また素晴らしい方達なので、いつも感謝の気持ちが絶えません。

 ただ、私はどんなにマーケットマネージャーとして仕事をしても、シカゴにいられる時間が少なくなっていっても、自分の基本は、KOVALの製造現場にあると強く思っています。製造現場で理解できないで苦しんだこと、圧倒的な英語力不足に悩んだこと、日本人1人であるというその違いに、自身さえなくしたこともありました。

 しかし、一方で困ったことや分からないことがあったときは、現地の同僚や職人が助けてくれました。その経験から、お酒造りに打ち込むことができたのです。だから、私はシカゴへ帰るたび、同僚であり、友達のように迎えてくれる彼らこそ、私のシカゴでの居場所だと思っています。

樽の上って落ち着きます(笑)

 辛い経験も、楽しかったことも、初めのころに経験したフローリングで寝るという床の冷たさも(笑)、全て含めて、私の居場所です。初めは、スコットランドの思い出からウイスキーを造りたいと思ってこの蒸溜所にきましたが、私がシカゴでの経験は、確実に自分の一部になっています。今までのスコットランドでの思い出はそのままに、今はシカゴで彼らが造ったお酒を、世界へ届けたいという想いも。

 もちろん、市場開拓は誰も知らないところから始まります。日本での市場もそうでした。本当に、初めは私たちのことなんて誰も知らなかった。だけど、諦めずに行動していれば、たくさんの人たちが協力してくれて、一人では決してできなかったことを、成し遂げてくれる。それが実際に、日本での市場で起きたことです。

 そして、私たちKOVALの人間はウイスキーが大好きです。ただ量を飲むということではなく、少しずつ嗜んで楽しんでいく飲み方ができる人たちです。そして、ウイスキーに対して皆それぞれ特別な思い出を持っています。だからこそ、自分たちのウイスキーを、自信をもって世界へ広めていくことができると思っています。

 まだ若い蒸溜所で新しい挑戦をし続ける、これが私の生活です。

同僚たちと