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なぜトルコでテロ続発 
シリア情勢から読み解く

なぜトルコでテロ続発 <br />シリア情勢から読み解く
イスタンブールで乱射テロの起きたナイトクラブ

 トルコでテロが相次いでいます。過激派組織「イスラム国」(IS)が関与したテロも、クルド人武装組織によるテロも、隣国シリアの内戦の情勢変化とトルコのシリア政策転換が背景にあります。エルドアン政権がロシアとの連携を強め、シリアをめぐる国際関係が変わってきたことにも注目すべきです。

IS=必要悪の政策転換

 新年早々、1月1日の未明に、トルコ最大の都市イスタンブールのナイトクラブで乱射事件が起き、39人が死亡しました。この事件ではIS名義の犯行声明がインターネットに登場しました。声明には「トルコを標的にせよというカリフの命令に応じた」という意味の一節があります。

 イスラム教徒の共同体の最高指導者を意味する「カリフ」は、ISのリーダーであるアブバクル・バグダディが自称しています。ISは昨年12月下旬、トルコ軍兵士を火あぶりにする光景をインターネットにアップするなど、最近、トルコに対する敵意を強めていました。

 トルコはシリアと900km超、イラクと400km弱の長い国境で接する国です。ISなどイスラム過激派の戦闘員になった外国人の多くはトルコ経由でシリアやイラクに出入りし、武器や弾薬などもトルコから両国に入っていました。トルコのエルドアン政権は過激派を、対立するシリアのアサド政権の打倒やクルド人の勢力拡大阻止の必要悪とみなし、2011年にシリア内戦が始まってから長い間、国境の出入りを強く規制していませんでした。一方のISも、戦闘員の出入りや物資の補給などでトルコは不可欠の場所なので、トルコ国内でのテロは手控えていたといえます。

 ところが、15年半ばごろから両者の対立が深まります。パリで繰り返し起きた同時テロなど、欧州へのテロの拡散で国際的な圧力が増し、トルコがシリアとの国境管理を強め、同年7月にトルコがISの拠点空爆に加わるようになったのが、大きな転機です。

 16年1月にイスタンブール旧市街の広場付近、3月にはイスタンブール新市街の中心部、6月にはイスタンブール国際空港で自爆テロが起き、多数の死傷者が出ました。いずれもISの犯行とみられています。

 ISのテロは一般の市民や外国人旅行者なども巻き込みやすい場所、いわゆるソフトターゲットで起こすのが特徴です。今年の元日のナイトクラブ襲撃でも、サウジアラビア人7人、レバノン人、ヨルダン人各2人など外国人27人が犠牲者に含まれていました。相次ぐテロの影響で、昨年イスタンブールを訪れた外国人観光客は前年比で26%も減りました。

もう一つのテロの火種

 最近の欧米でのテロは、ISが関与しているか、ISの影響を受けた人物によるテロが多いですが、トルコにはもう一つの大きなテロの火種があります。トルコの全人口の20~25%を占めるクルド人の民族問題です。長年、武力闘争を続けてきた非合法政党、クルド労働者党(PKK)や、その分派である「クルド解放のタカ」という組織が関与するテロも繰り返し起きています。

 クルド人武装組織のテロは、彼らが抑圧の象徴とみなす軍、警察、裁判所などを標的にする例が多いのです。しかし、昨年12月10日にイスタンブールのサッカー・スタジアムの近くで起き、45人が死亡した自爆テロのような例もあります。「クルド解放のタカ」の犯行とみられるこのテロは、スタジアムを警備する警察の車両を狙ったという見方が有力ですが、犯行現場はソフトターゲットともいえる場所です。

 クルド関連のテロが続くのは、エルドアン政権がPKKとの和平協議を打ち切り、15年から軍によるPKK掃討作戦を再び強めたことと関係しているでしょう。これに加えて、シリア情勢の変化も影響しています。

 シリア北部では、クルド人勢力がなし崩し的に「自治」を拡大していますが、シリアのクルド人居住地域の主導的な政治勢力である民主連合党(PYD)と、その民兵組織である人民防衛隊(YPG)は、トルコのPKKと姉妹関係にあります。このため、トルコはPYD、YPGもPKKと同様にテロ組織とみなし、トルコ軍の攻撃対象にしてきました。

 シリアでクルド人勢力が押さえている地域は、ISが支配している地域と隣接し、YPGとISは戦闘を続けています。シリア対応でISつぶしを優先するようになった米国は、YPGとの連携を進めてきました。これに対してトルコは「同盟国である米国がトルコの敵と手を結び、軍事的に支援している」と反発し、両国の関係悪化の主因の一つになっています。

粛清でテロ対応力が低下?

 こういうややこしい相関関係が続いているうえ、トルコ国内にIS支援者やクルド武装組織の支援者のネットワークも広がっているので、テロの火種はなかなか消えません。さらに、昨年7月のクーデター未遂事件の後、エルドアン政権が政権に批判的とみなす12万以上の人を公職から追放した影響も考えられます。

 政権がクーデター未遂の黒幕と断じる宗教運動指導者ギュレン師を信奉する人たちは、警察、検察、情報機関などにも多数いましたが、ギュレン人脈を排除した結果、治安当局のテロに対応する能力が低下したのではないかという指摘があります。年初のナイトクラブ襲撃事件で、近くにある警察署の対応が遅れ、実行犯とされるウイグル系の人物が現場から逃亡できたのは、その一例というわけです。

 12月19日には、首都アンカラで警察官が駐トルコ・ロシア大使を射殺する事件が起きました。ISやクルド関連とは別の類型のテロです。エルドアン政権は、テロを実行した警察官がギュレン師の信奉者だったと印象づけようとしています。しかし、犯行の際に「アレッポを忘れるな」と叫んでいることから、ロシアがシリア内戦に軍事介入し、アサド政権を支援していることへの反発が動機とみるのが妥当でしょう。

 シリア北部の中心都市アレッポは、12月にロシア軍の支援を受けたシリア政府軍に制圧され、その間にトルコと同じくイスラム教スンニ派が中心のアレッポ市民多数が死傷しています。トルコは本来なら、アサド政権側のアレッポ制圧と反体制勢力のアレッポからの撤収に待ったをかけようとするはずですが、現実は違いました。エルドアン政権はアレッポ陥落を受け入れざるを得なくなっていたのです。

ロシアと修復・シリア和平へ 180度転換

非常事態宣言や憲法改正で独裁色を強めるトルコのエルドアン大統領

 エルドアン政権は昨年、ロシアとの関係修復を急ぎ、シリアへの対応でもアサド政権を支援してきたロシアやイランとの連携を探るようになりました。ロシア大使暗殺事件の翌日、12月20日にモスクワで、ロシア、イラン、トルコの3国外相・国防相会談が開かれ、この際の合意事項をベースにロシアとトルコは12月29日、シリア停戦合意を発表しました。

 シリアの反体制勢力の最大の支援者だったトルコが、一転して反体制勢力を抑える役回りになり、ロシアとともに1月下旬からカザフスタンの首都アスタナで、過激派以外の反体制勢力とアサド政権の和平協議の開催をめざすシナリオです。トルコはシリア内戦収拾の前提条件として主張してきたアサド政権退陣の要求も取り下げた格好です。

 シリアの戦況を大きく変えることができるのは、15年9月に「ゲームチェンジャー」として軍事介入したロシアだけ。米国や欧州連合(EU)諸国がロシアやアサド政権を批判しても、米欧にはシリア内戦に介入する意思はありません。米国のトランプ次期大統領はシリアについてはIS掃討しか関心がなさそうだし、ロシアとの協力も進めようとしています。

 シリアをめぐる地政学状況が大きく変わり始め、シリアのクルド人勢力の拡大を抑えられるか否かもロシアのプーチン大統領のハラ次第といえます。エルドアン政権は今後のシリアの政治地図にトルコの利害をそれなりに反映させるには、プーチン大統領と気脈を通じる必要があると判断したのでしょう。

 エルドアン大統領は強権的な政治運営で米国やEU諸国との関係が悪化し、米欧に対する政治カードとしてロシアに接近した側面もありますが、プーチン大統領は北大西洋条約機構(NATO)のメンバーであるトルコがロシアに頼る状況を、ロシアの影響力復活に可能な限り利用しようとします。

エルドアン大統領の独裁強まる

 トルコとともに停戦合意を発表した後、プーチン大統領はシリア沖からロシア軍の空母を引き揚げさせました。反体制勢力をとことんつぶすよりも、反体制勢力が和平協議の席に着かざるを得ない状況をつくり、和平プロセスを主導するほうがロシアの影響力拡大にプラスという計算がうかがえます。トルコもロシア主導の流れに乗るしかないのでしょう。

 トルコ国内では、元日のテロも踏まえて1月4日、クーデター未遂後に政府が発した「非常事態宣言」を19日からさらに90日間、再延長することを国会が承認しました。非常事態宣言の下では、国会の承認を経なくても大統領が主宰する閣議の決定によって法令を施行できます。

 さらに1月9日には、政権与党、公正発展党(AKP)が提出した大統領の権限を強化する憲法改正案の国会での審議が始まりました。エルドアン大統領の独裁的な体制が一段と強まる雲行きですが、シリア対応の迷走が国内に跳ね返る形でテロのリスクが続くことも警戒しなければなりません。
(本社コラムニスト 脇祐三)[日経電子版2017年1月15日付]

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