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AI活用の日立、技術者
倫理教育を重視するわけ

AI活用の日立、技術者<br />倫理教育を重視するわけ

 AI(人工知能)は人間を超えるか。そんな問いかけをする書籍が花盛りだ。

 読み比べてみると、見方は二手に分かれている。一方は、米発明家レイ・カーツワイル氏の唱えるように、AIは2045年前後に人間の脳をコンピューターが追い抜く(正確には、コンピューターの処理能力の合計が人間の脳のそれを超える)「シンギュラリティー(特異点)」現象を信じている派。もう一方は、「あり得ない」と主張する派だ。

 世代の差もあるようだ。AIブームは1960年代、80年代、今とこれまで3度あったが、否定派は80年代のブームの中心にあった「第5世代コンピューター」の開発で敗北感を味わった研究者、あるいは同世代人に多いという気がする。

 もう一方は、80年代の失敗を知らない若い世代。人間の能力を総合的に上回る「汎用AI」の開発を手がける20~40代の若手グループやそれと同世代の経済学者などに多い。個人的な印象ではあるが、類似書を読み比べて感じるのは、そんな違いだ。

日立は「AIは人を超えない」派

日立製作所はシンギュラリティーは「起こりえない」と考えている

 では、企業経営者はAIやシンギュラリティー、ビジネスの今後をどうみているのだろう。日本でAIを使ってビジネスを本格化している大手企業は実はまだ多くないが、2016年5月にAI「H」を使い、顧客や自社に眠るビッグデータ解析を工場や交通インフラ、スマートシティー(環境配慮型都市)に生かすためのサービスを始めた日立製作所の東原敏昭社長にAIやシンギュラリティーについて聞いてみた。

 まず、日立の場合は、シンギュラリティーは「起こりえない」と考えている。情報処理能力が飛躍的に進歩し、「知識の処理面ではAIが人間を超えつつある」とするが、AIが人間との比較でどれだけ進歩しようとも、「意志を持つAIは今後も誕生しない」という。どんな場合も、アルゴリズムを書く人間がAIの背後にいるからだ。

 では、よくいわれている「格差」は生まれるのか。東原氏は「AIが普及する未来はアンビエントな社会になる」と見る。アンビエントとは、「周囲を覆う」という意味の英語。AIが我々の身の回りのどこにでも存在するようになり、例えば、オフィスの入退室や公共の場でのセキュリティーチェックにIDカードなどが不要になる。要するに、いたるところにAIが入り込むので、技術を「持てる」「持たざる」がなくなると予想する。

 ただし、「恐れていること」として指摘するのは、倫理の問題。人間の生活はAIの普及でサイバー空間とフィジカル(現実)空間の境目がわかりにくくなる。例えば、お金のやり取りはサイバー空間でも普及し、実物の金融機関とシームレスに使い分ける時代が来る。亡くなった人がサイバー空間上で生き返り、AIが作り出す画像や匂い、味、痛みなどが実物と見分けをつけられなくなる可能性も出てくる。

 これから生まれる子供たちは特に、サイバー空間とフィジカル空間が入り交じった状態を当然のように感じつつ成長する。45年にはそうした世代が社会で中核を担う20~30代になっている。彼らは虚像と実像の違いをきちんと区別していけるのか。正しいAIの使い方、アルゴリズムの作り方を守っていけるのかが問われることになる。

人の成熟度が問われるように

 日立では今、技術者倫理教育を重視しているという。OB、OGで「技術士」という資格を持つ人たちが986人いるが、そうした人々が中心になって、R&D(研究開発)のあり方や研究者としてのあるべき姿を若い世代に伝える場を増やしている。

 もちろん、使い方を誤らなければ、AIは人類の発展・進歩に裨益(ひえき)するところが大きい。技能職が減る中で、AIに熟練工の技能を覚えさせ、後進の教育に使えば伝承が容易になる。過去の営業データを解析すれば、どういうケースで受注がとれるかが把握できて業績を拡大できる。コーポレートガバナンス(企業統治)のツールとしても期待が大きい。

 AIは今後も進歩を続け、人間や企業の能力を飛躍的に高める道具になる。だが、その成否を握るのは、社員や経営者の学び、あるいは社会のあらゆる層に対する教育のあり方であるのは、間違いなさそうだ。シンギュラリティーとは情報処理能力の逆転というより、人間の成熟度が問われる分岐点といえるのかもしれない。
(編集委員 中山淳史)[日経電子版2016年12月13日付]

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