日本経済新聞 関連サイト

OK
career-働き方

なぜ東大“7年生”になったのか?(1)Mステ出演を目指して上京するまで

吉田亮 authored by 吉田亮株式会社DO THE SAMURAI代表取締役
なぜ東大“7年生”になったのか?(1) Mステ出演を目指して上京するまで

 はじめまして。吉田亮と申します。私が代表をつとめる株式会社DO THE SAMURAIでは、これまで、学べる神社ツアー、タイムスリップ戦国時代という歴史イベント、武将グッズ制作、インバウンドマーケティングなど行ってきました。また、現在はお寺や神社に関する新しいWebサービス立ち上げの準備を行っています。

 2013年夏、当時、大学4年生の僕は、寝て、起きて、アイドルの動画をひたすらあさり続ける毎日を送っていました。休学してバンド活動に専念しはじめた矢先、バンドでも、ユニットでも、ソロでも思うようにいかず、何がやりたいのかわからなくなり、曲が作れなくなる。そして、現実から逃げるようにモーニング娘。の動画をひたすら見るだけの日々。しかし、そんな僕でも、今では株式会社DO THE SAMURAIの代表として、日本のソフトパワー(人や文化の魅力)を高めるべく、文化や歴史に関する新しいWebサービス立ち上げの準備をしています。

 この連載では、暗黒の宅浪時代、音楽時代のコンプレックス、ニート期間、復活からの病気、伊勢谷友介さんからの衝撃の一言、脱・"サムライ"など、アイドルオタクのバンドマンが岐阜から上京して東大に入り起業するまで、そして描く未来について、挫折や失敗を中心に書いていきます。

筆者

すべてのはじまりはSMAP

 僕はSMAPが好きです(今までも、そしてこれからも)。どれくらい好きかというと、6歳から26歳までの20年間ファンクラブに入り続け、毎回欠かさずコンサートにも参戦。上京してからはスマスマの観覧やエキストラにも何度も行きました。

 7歳の頃、初めて行ったコンサートがその後の人生15年間を決めることとなります。超満員のナゴヤドームに盛り上がる観客、SMAPのコンサートは本当に素晴らしいです。感動した僕は、いつかSMAPみたいに大きな会場で歌いたいと決意。「歌手になる」ことが僕の夢になりました(現実を直視して、ジャニーズに入ろうとせずに歌手を目指した選択は我ながらナイス)。

 そして、SMAPや音楽だけでなく、もう1つ好きなものがありました。「歴史」です。

2年後、起きる衝撃の事実なんてこの頃は知る由もなかった……

歴史で物理も化学も得意に

 2002年大河ドラマ「利家とまつ」に出会います。唐沢寿明さん演じる前田利家が戦国時代、織田信長に仕え、秀吉とともに戦い、家康に天下を譲り、加賀百万石(いまの石川県)をつくりあげる物語。前田利家の義理堅くも、葛藤しながら、家族とともに生きていくストーリーに心惹かれ、完全に歴史にハマりました。

 その後も、中学校の夏休みの自由研究は、「法隆寺」「新選組」「彦根城」と、毎年歴史をテーマに。また、日本の歴史だけでなく、世界の歴史にも興味を持った僕は、科学史、つまり、人類の科学の発展にも詳しくなります。そのおかげで物理や化学も得意になり、高校では理系を選択しました。

東大はMステの30倍簡単

 高校2年生、そろそろ進路を考え始める時期、僕は歌手になるために東京でバンドをやりたいとしか考えていなかったので、大学は行かないつもりでした。曲を作ったり、パフォーマンスを考えたり、毎日楽しく日々は過ぎていきます。

 しかし、学校の先生や親は大学どうするの?とうるさいし(今思うと心配してくれていたんだとわかりますが)、周りの友達も受験勉強とか言い始めるし、僕もそろそろ東京に進出する方法を考えないといけないなぁと感じていました。

「そうだ、東大に行こう」

今でも毎年通う彦根城はひこにゃんで一躍有名に

 当時、Mステに出てタモリさんやジャニーズ、アイドルと共演したかった僕は、Mステと東大、どっちの方が難しいか考えてみました。Mステは毎年、初登場で出る人は100人くらい。しかし、東大は毎年、3000人も合格します。

 30倍も簡単じゃないか!しかも、東大のキャンパスは、僕の大好きな前田利家さんの子孫の屋敷跡にあるぞ! B'zのボーカル稲葉さんも横浜国立大出身だから、大学入ってもROCKできるぜ! 完璧!

 毎年、東大合格者は1人か2人の高校でしたが、Mステより30倍簡単なら、全然イケるはずだ。なぜなら、僕はいつかMステに出る男だから。という謎の自信を持ち、東大受験に挑みました。

誰も笑えない「吉田宅浪」

 高3の1年間はバンドもやりつつ受験勉強をしましたが結果は、不合格。しかし、あと20点あれば合格だったので、思いのほか、点数取れたなという手応えはありました。浪人することになった僕は、名古屋の予備校に通うことになります。

 Mステの30倍は簡単なはずだから一年もあれば普通に勉強したら合格できると思っていた僕は、予備校で新しい友達をつくることもなく、地道に勉強しようと決めていました。

2回目のセンター試験の受験票。当時GACKT氏にハマっていた

 そんな予備校生活が始まった矢先、大事件が起こりました。草彅 剛くんの逮捕です。これまで信じてきたSMAPが終わりかもしれない。そう思うと、「なんのために勉強しているのだろうか?」「早く東京へ行かねば」「このままじゃいけない......」など、雑念が入り、勉強に集中できなくなっていきます。夏が始まる前に、予備校はやめてしまいました。

 すでに大学生活を楽しんでいる高校時代の仲間とバンドをやってみたりしているうちに、夏も終わってしまいました。「吉田亮が自宅で浪人、つまり宅浪してるから、吉田宅浪だ」と、歌手の吉田拓郎さんになぞらえたボケをかましても、もはや誰も笑ってくれません。今振り返っても、完全に目標を見失い、とても辛かった時期です。

 東大以外は行く意味がないと思っていたので、地元の大学に行くわけにもいかず、東京に行って音楽がやりたいと思いながらも、何をするでもなく、ただ時間が過ぎていく......。誰とも会わず、ずっと一人で家に引きこもっていました。そんな僕を救ってくれたのは、友達の励ましです。

 心配してくれた友達がカラオケに誘い、「どうせ落ちるかもしれないし、もうちょっとだけ頑張ってみたら?」と励ましてくれました。それまで「どうしよう......、はぁ、もうやだなぁ......」と、自分の怠惰ゆえ引き起こしてしまった現実を直視することから逃げていましたが、友達の言葉がきっかけで、心が軽くなり、その日を機に、心を入れ替えて、受験勉強に取り組みました。

 2次試験まで残り4カ月。再び勉強を始めた僕は起きている時間はすべて勉強しようと決め、空白の期間を取り戻そう、なんとか現状を打破して東京に行こうと、死にもの狂いで勉強しました。

東京でなめられないようにと、伸ばしたえりあしと共に上京

 唯一の癒しは、お昼ご飯を食べながら「ブラックマヨネーズ」「AKB48」の動画を見ること。ブラマヨの漫才で笑い、「あ、今日も、笑えている。僕、まだ大丈夫だな」とメンタルの健康をチェックし、売れ始める直前のAKBを応援することで自分を鼓舞していました。

 センター試験は現役よりも50点も下がりましたが、GACKTさんの「夢は見るものじゃなく、叶えるもの。夢を叶えること、それは強い意志を貫くこと」という言葉に励まされ、2次試験までふんばり、なんとか合格。晴れて夢の舞台、東京への切符を手にすることができました。

 次回以降は、東大バンドマンのコンプレックス、そして、ニート期間を乗り越えてサムライに出会うまで書いていきます。