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最高裁グーグル判決が残した4つの課題

最高裁グーグル判決が残した4つの課題

 米インターネット検索サイト大手、グーグルに対し、過去の逮捕歴に関する情報表示を削除するよう求めた仮処分申請で、日本の最高裁判所が削除は認めないという決定を下しました。検索サイト側の「表現の自由」と表示される側のプライバシー保護を天秤(てんびん)にかけ、表現の自由の方が優先すると判断した結果です。欧州では検索サイトに対し情報削除を義務づけた「忘れられる権利」が判例で確立しており、日本でも最高裁がこれをどう評価するかが注目されました。しかし最高裁の決定は情報削除に関する一定の判断基準を示したものの、ネット社会がもたらす本質的な課題については議論を先送りする内容になったといえるでしょう。

「忘れられる権利」認めず

 今回の仮処分の申し立ては、児童買春で5年ほど前に逮捕された男性がグーグルに対し逮捕歴の検索結果表示を削除するよう求めたものです。2015年末のさいたま地方裁判所の決定では、過去の逮捕歴を表示することは本人の更生を妨げる恐れがあるとし、プライバシー権に配慮してグーグルに削除を命じました。その根拠の一つに挙げられたのが欧州で認められるようになった「忘れられる権利」です。

グーグルのサジェスト機能

 しかし昨年7月の東京高等裁判所の決定では、そもそも日本においては忘れられる権利についての法的根拠がなく、検索結果を削除することは検索サイトの表現の自由を侵害することになるとして、第一審の判断を覆しました。今回の最高裁決定も、基本的には高裁の判断を踏襲した内容で、情報の削除については「公表されない利益が優越することが明らかな場合に限って削除できる」という新たな判断基準を示しました。しかし注目されていた忘れられる権利への言及はありませんでした。

 こうした決定には関係者や専門家の間でも意見が分かれています。最高裁は「児童買春は(5年前のことであっても)今も公共の利害に関わる」という考えを示しましたが、男性側の神田知宏弁護士は「では何年たてば公共性がなくなるのかは言及しておらず判断が難しい」と指摘しています。また公表されない利益が優越することが明らかな場合という点についても、「どういう場合に明らかといえるのか明確でない」という疑問を向ける専門家もいます。

 検索サイトへの削除請求はこのところ増えており、地裁レベルでは削除を認める判決が出てきています。しかし簡単に情報の削除を認めれば検索サイトの表現の自由や国民の知る権利が脅かされるとして、最高裁の決定については「安易な削除が広がるのは好ましくないとの判断を示したといえる」(曽我部真裕京都大学教授)と評価する声も少なくありません。最高裁も「情報流通の基盤として検索サイトは大きな役割を果たしている」と指摘しました。

求めていなかった「表現の自由」

 しかし最高裁の決定については今後注意していかなければならない点が多々あります。まず検索サイトに表現の自由を認めた点です。実は今回の訴訟でグーグルは表現の自由は求めていませんでした。むしろ「検索サイトは情報の媒介者であり表現行為にはあたらない」と主張してきました。つまり検索結果はコンピューターが機械的に導き出したもので、それについての責任は負わないというのがグーグルの立場です。ところが最高裁としては、プライバシー権に対抗するには表現の自由を持ち出す必要があり、グーグルの意に反し、検索サイト側の表現の自由を認めた形になったといえます。

 最高裁は削除の可否を判断する基準として、(1)検索結果の性質や内容(2)プライバシー情報が伝わる範囲や具体的な被害の程度(3)削除を求める人の社会的地位や影響力――など6項目を示しましたが、検索サイトが表現行為にあたるとなると、検索サービス会社は今後、自らの情報提供に入念な注意を払わなければならなくなります。グーグルもヤフーもすでに児童ポルノや個人を特定できる番号情報などの検索表示の削除には応じるようにしていますが、今後は名誉毀損などで訴えられる可能性もないとはいえません。

 2点目は忘れられる権利を日本で今後どう扱っていくかという課題です。この権利が登場したのは、社会保険料の未払いで不動産が競売にかけられたという検索結果を削除するようスペインの男性がグーグルに求めたのがきっかけです。欧州連合(EU)司法裁判所は2014年5月にグーグルに対し削除を命じる判決を下し、それに並行する形でEUデータ保護規則の中にも「消去権」という考え方が導入され、忘れられる権利が欧州では認められるようになりました。しかし日本にはこうした法的根拠がなく、欧州との外交関係において、忘れられる権利をどう位置づけていくかが問われることになるでしょう。ただ「表現の自由」を合衆国憲法修正第1条に掲げる米国は、ネット産業を振興する狙いもあり、欧州とは異なる立場をとっています。その意味でも日本は微妙な立場に置かれているといえます。

グローバル企業を国内法で縛れるか

 3点目には国際的な裁判管轄権の問題があります。最高裁は今回の決定に伴い、グーグルやヤフーに関する別の訴訟についても情報削除を求めた4件の上告を退けました。特にグーグルについては、通常の検索表示とは別に、検索窓に単語を入力する際に関連する字句を自動で補ってくれる「サジェスト(英語名はオートコンプリート)機能」が問題となりました。今回の決定でその訴訟についてもグーグル側の勝訴が確定したわけですが、逆にもし削除が義務付けられた場合、状況はもっと複雑になっていたでしょう。つまり外国企業であるグーグルに対し日本の裁判所の執行力がどこまで及ぶかという問題が出てくるからです。

 これは忘れられる権利を議論したEUの訴訟でも焦点になりました。EU域外に本社がある企業にEUの法律がそのまま適用できるかという裁判管轄権の問題です。EU司法裁判所は結局、「域内に支社があれば適用できる」という判断を示し、グーグルに情報の削除申請を受け付ける仕組みを設けさせました。しかし今もEU域内では情報が表示されなくなったものの、ほかの地域では閲覧が可能だという指摘もあり、問題がすべて片付いたわけではありません。日本でも最高裁がグーグルに情報の削除を命じられるとしたことは重要な一歩ですが、その効力をどう担保するかという点については新たな仕組み作りが必要でしょう。

 4点目の課題は、仮に検索サイトが情報削除に応じたとしても、おおもとの情報サイトやそれを複写したサイトまでが消えるわけではありません。ウェブは一瞬にして情報を世界で共有できる素晴らしい技術ですが、ひとたび情報が拡散してしまうと、それをすべて消去することは技術的に不可能です。検索サイトに検索結果の削除を義務づけることは法的には可能ですが、もとの情報を消し去ることができるかどうかはまた別の問題だからです。

実際に削除できる仕組み作りも必要

 今回、最高裁が検索サイトの運用について一定の基準を初めて示したことは評価できますが、個人のプライバシー保護と公共性や表現の自由との間で、どういう場合に削除が認められるかは今後の裁判所の判断に委ねるしかありません。昔から「人の噂も七十五日」といわれますが、ネットの登場で過去の情報がいつまでも簡単に呼び出せるとなると、情報共有サイトなどに投稿したコメントや写真が後に思いがけないところで災いするかもしれません。特に更生を目指す犯罪歴を持った人には過去の情報が見えるということは大きなハンディとなるでしょう。検索サイトの情報削除の是非を議論することは重要ですが、削除が本当に必要な場合は実際にそうできる仕組み作りも合わせて考えていくことが大切だといえるでしょう。
(編集委員 関口和一)[日経電子版2017年2月5日付]

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