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[ liberal arts-大学生の常識 ]

ニュースの見方(36)「無礼講」と言われたら
注意したい職場マナー

戸崎肇 authored by 戸崎肇大妻女子大学教授・経済学者
ニュースの見方(36) 「無礼講」と言われたら<br />注意したい職場マナー

 韓国サムスン電子が社風を改革するため、3月1日付で「部長」「課長」といった役職を廃止し、上司と部下がお互いに「さん付け」で呼び合うようにするとの報道がありました(2月11日付日本経済新聞、該当記事はこちらから日経電子版へ)。このニュースをきっかけに、今回は職場マナーについて考えてみましょう。

上下関係を気にする韓国社会

 サムスン電子は、報道によると上意下達の弊害をなくし、年齢に縛られることなく会話ができる環境を整えることで、能力主義の人事をさらに徹底するとしています。英語の愛称で呼び合うことも検討するとか。もっとも、役員級の幹部については、従来通り、肩書で呼ぶ見通しだそうです。(同社をめぐっては、その後、実質的な経営トップが逮捕されるという大きな問題が起き、社風改革の成否も不透明になりましたが、ひとまずこの問題は横に置いておくことにしましょう)

 日本の企業でも同様の取り組みが行われているところはあります。特にIT系の企業では、社員が全員若いところも多く、こうした習慣に全く違和感をもたない傾向が強いように思われます。

 韓国の事例が注目されるのは、日本と比べるとまだ儒教の伝統が色濃く残り、年長の人を敬い優先する傾向が強いからです。韓国の方々と飲み会を開くと、杯を合わせて乾杯する際、目下に当たる人と乾杯する場合には、相手の顔を正面から直視しないように、少し顔を傾けて杯を合わせます。こうした伝統が強く残っている中で、グローバリズムの流れに対応しようとして、上記のような取り組みをしようとしているところが、日本以上に注目されるところでしょう。

「無礼講」の本音を理解しよう

 日本の大学の中でも、知り合ってすぐにファーストネームで呼び合うことを求める学生が多いように思われます。私のような旧世代からすれば、馴れ馴れしい感じがして違和感を持ってしまうのですが、それが今日的やり方なのだといえば、抗うことはできません。ただ、そうしたやり方を社会に出ても通用するものと思ってしまえば、思わぬ不興を買ってしまうでしょう。

 会社では建前上は、できるだけ自由に振る舞うように、と寛大な態度が示されても、実際は、一挙手一投足が監視、評価されていると思っておいた方が無難です。採用の際に学歴は関係ないといいながら、実際には学歴を参考にして採否を決めている大企業が多いのと同じような建前主義なところがあるのです。

職場には本音と建前がある

 目上の人に対して、自分のことを「俺」という人も見受けられますが、これも問題です。こうした言葉遣いは「個性」とは全く関係ありません。礼儀を知らないというだけのことです。こうした「勘違い」については、私も教育の中でかなり指摘してきたところですが、なかなか理解が浸透しないようです。

 飲み会で「無礼講」と言われても、絶対にその言葉に乗ってはいけません。飲み会の時の様子は思った以上に見られているものであり、「無礼講」の言葉にのって、上司に無礼な行為を働けば、たとえその上司が気にしなくても、周りの先輩たちが「まともな」場合には、きっといい顔をしないでしょう。

 社会での飲み方を知っている人は、無礼講のように見せても、そこはきちんと計算して、踏み越えてはいけない一線をしっかりと守りながら、「過度な」親密さを演じているのです。入社1、2年ではまずそうした芸当は無理です。学生時代の飲み会とは全く違った次元の「お付き合い」があることをしっかりと学んでいきましょう。

敬語を正しく使えますか?

 社外の人々との関係で昔から話題となるのが電話の応対です。顧客から上司に電話がかかってきて、その電話を受けたときに、上司の名前に敬語をつける間違いが多いのが現状です。家庭を含めた公的な場での礼節に関する教育が以前より衰退している結果、事態は以前より悪化しているのではないかと思います。

 バイト言葉が会社に入ってからもなかなか抜けない人もいます。こうした人々に遭遇すると、この会社はどのような社員教育を行っているのか疑問に思いますし、その結果、その会社の評価も下がります。皆さんの振る舞いは、いったん社会に出てしまえば、会社などに相当の影響を与えることになるのです。

一定の緊張関係は必要

結局、一定の緊張感をもったほうがよさそうだ

 冒頭の話題に戻ると、確かに開放的な雰囲気を醸成するために、「さん付け」で呼ぶことは効果があるかもしれません。一方で、社内で一定の緊張関係を保つことも重要です。特に新入社員の段階からそうした制度を導入するのに対しては賛成できません。

 以前、ビジネススクールの卒業生(MBA)を採用する企業の中には、あえてそうしたエリートに対して、最初は現場などに送り出し、最低限の礼節を身に着けさせたと言います。エリート意識を持ちやすいMBAホルダーへの戒めなのです。

 こうした話題と関連することとして、日本の航空会社の客室乗務員を統括する女性役員の話を伺ったことがあります。女性の客室乗務員の髪の色について、必ずもとの黒色を求めるとのことでした。個性を売りに自由に染めさせてもいいようなものですが、日本社会の中で、最も抵抗感なく受け入れられるのが自然な黒髪であり、最大公約数の需要に応じてサービスを提供するのが使命だというのです。これには深い感銘を覚えました。

 時代は変化したとはいえ、学生生活と会社生活は全く違うものです。また、グローバル化したとはいえ、日本の文化的価値観はそう簡単には変化しませんし、そう簡単に変化するようなものであってはならないのです。固有の文化に対する敬服の念がなければ、逆にグローバル化の中で各国とやり合い、そして尊敬の念を得ることはできません。「たかが呼び方、されど呼び方」なのです。

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