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サテライトオフィス
営業、薄れる闘争心

サテライトオフィス営業、薄れる闘争心

 徳島市の中心部から車で約40分。山あいにある徳島県神山町は、IT(情報技術)のベンチャー企業がサテライトオフィスを集める新しい働き方を象徴する町だ。名刺管理のクラウドサービスを提供するSansan(東京・渋谷、寺田親弘社長)が2010年に設けた「神山ラボ」が先べんをつけた。

 牛小屋や納屋を改装した部屋は電子ロックを備え、無線LANで高速インターネットが使える。名刺管理アプリを開発する辰浜健一さん(32)は14年7月からここで働く。今は2人の技術者が常駐するが、営業担当がいた時期があった。

 13年、2人の営業担当を常駐させた。その1人、事業部の堀江真弘プロダクトマネジャー(29)は画面と音声を使った遠隔営業システムを開発していたが、都内のオフィスに窮屈さを感じていた。「画面の向こうの人とやり取りするなら場所は関係ない」と、上司に神山ラボで仕事をしたいと申し出た。すぐに許可が下り、家を引き払った。1年間は神山にいるつもりだった。

 午前9時に始業し、午後6時に東京の上司に電話で仕事の進捗を報告して終業。東京時代とほぼ同じ勤務時間で営業成績は上がった。オンライン営業は顧客回りの移動時間が省け、商談できる件数が増えたためだ。

神山ラボでは技術者が静かな環境で開発に専念する

 ある日、寺田社長と事業部長がオンライン営業の進捗を確かめにやって来た後、ほどなくして「東京に戻ってこい」との辞令が出た。神山に来て約4カ月後だった。

 人事制度を担当する角川素久チーフワークスタイルオフィサー(40)は「営業は周りと切磋琢磨(せっさたくま)して案件を取る闘争心が必要。のどかな環境に長く身を置くと戦闘能力が薄れてしまう」と説明する。

 堀江さんは神山から東京にいる同僚の営業報告をずっと見ていた。「東京には負けないと思っていたが、外から聞こえるのは田植え機の音くらいののどかな所。『資料作りは明日でもいいか』など徐々に仕事を先送りするようなこともあった」

 東京でのプレッシャーから解放され、気づかぬうちに仕事への意識が上司とずれてしまったようだ。現在、神山ラボは営業チームが合宿するなど短期で利用している。

 効率良く仕事をするため、在宅勤務に先んじてサテライトオフィスを取り入れた企業がある。Sansanとは対照的に東京都心に導入した例でも試行錯誤があった。

 リコーの販売子会社、リコージャパンは大手企業への営業を担う「MA事業本部」に取り入れている。チームワークを保つためにチーム単位でオフィスを使う。

営業の生産性アップのため設置されたサテライトオフィスで働くリコージャパンの営業担当者ら(東京都渋谷区)

 東京都渋谷区のオフィスにはメディア系の企業を担当する情報・サービス第一担当室の9人が常駐する。15年4月に本部から移ってきた岡崎史室長(47)は16年10月、毎週月曜日の午前9時から全員が田町の本部に集まって会議をするように改めた。「本部の技術部門などから顔を合わせたコミュニケーションを求める声があった」ためだ。

 同じチームの鈴木政仁さん(39)はほぼ毎日、顧客先から千葉県船橋市の自宅に直帰する。月曜日の会議などで本部を訪れると、3つのフロアを回って技術者らと会話を交わすようにしている。テレビ会議システムは整っているが、「この間の案件進んでる?」といったちょっとした話は対面の方がしやすい。

 MA事業本部では東日本大震災を機に「直行直帰」を進めてきた。サテライトオフィスの活用を前面に出す例はまだ少なく取り組みが注目されてきたが、曲折もあった。

 当初はレンタルオフィスを使っていたが、13年4月に賃貸に替え、15年6月に顧客企業により近い場所に配置し直し、現在は大手町や西新宿など6カ所にある。名刺や会議資料などを電子化し、テレビ会議システムや電子印鑑も導入した。

 取り組みを主導したプロセス革新部部長の行方均さん(56)は同僚や先輩に会えないことに不安を覚えるなどして「当初は意外に若手社員が直行直帰に戸惑いを抱いていた」と話す。どの部下に直行直帰を認めるかで悩む管理職も多かった。

 プロセス革新部は営業の成績や能力診断の結果からMA事業本部の当時の社員を3つに分けた。直行直帰の判断を本人に任せるA、本部に週1回以上の出社を求めるB、基本は直行直帰を認めないCとし、管理職の判断の助けとした。

 他の社員と机を並べるサテライトオフィスは在宅勤務に比べて職場の雰囲気に近く、仕事への緊張感がある。それでも本社部門は接触を求めたがる。顔を合わせて互いの信頼関係を築くことは柔軟な働き方の実現に欠かせない。

 IT系のベンチャー企業には自由な働き方を標榜する例が多い。だが2007年の創業時から社外で働く「テレワーク」だけの勤務を認めていたKii(キー、東京・港)は、4年ほど前に基本的に毎日出社する方針に変えた。

 同社はあらゆるモノがネットにつながる「IoT」の技術などを開発する。共同創業者の鈴木尚志社長(58)はテレワークの推進論者だった。日本IBM在籍時にノートパソコン(PC)を開発していたため、「ノートPCが重い時代から持ち運んでいた。家で仕事ができる環境は当たり前だと思っていた」

 10年に買収した米国のベンチャー企業は米国や欧州、アジアなどに自宅で働くような技術者が点在していた。買収を機に日本でもテレワークだけで働く社員が増えた。人材確保には役立ったが、弊害も出てきた。会議を開こうとしてもメンバーが集まりにくくなった。

 チャットで連絡できてもふだん顔を合わせていない分、どこか他人行儀になることがあった。遠隔会議システムでは「相手の表情がわかりにくかったり、会議の雰囲気がつかめなくて発言をためらったりすることもあった」(鈴木氏)。

 鈴木氏には忘れられない光景があった。赴任していた米IBMに、コーヒーの自販機の周りにスナックをつまみながら社員が休憩できるスペースがあった。「茶飲み話でアイデアが出ることがあった。イノベーションは会議で生まれるのではなく、余計な話がきっかけになると知った」

 Kiiの本社にはゲームやマッサージチェアを置き、靴を脱いでくつろげるスペースがある。このオフィスで社員が顔を合わせることを選んだ。
(企業報道部 潟山美穂、桜井豪、徳島支局=畠山周平)[日経産業新聞2017年1月19日付、日経電子版から転載]

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