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[ liberal arts-大学生の常識 ]

こんなとこにも「命名権」
トイレや歩道橋まで

こんなとこにも「命名権」トイレや歩道橋まで
日産スタジアムも命名権で話題に

 公共施設に企業・団体名をつける命名権(ネーミングライツ)売買が転換期にある。野球場など大型施設が一巡、トイレや歩道橋といった生活に密着した小型案件が増え始めた。

 横浜市戸塚区の市営の農地付き公園「ハマヤク農園」では、近隣の住民がキャベツやブロッコリーを育てている。横浜市は公園に隣接する横浜薬科大学からの提案を受け、年間360万円で命名権を売却した。契約期間は昨年4月からの10年間で、公園の管理費をほぼまかなえる。

 同大は公園内の「協働農園」で住民向けハーブ園を企画し、栽培体験やハーブの楽しみ方講座などのイベントを実施中だ。薬用植物や漢方薬膳の専門知識を生かし、公園の運営にも協力している。

 隣接する野球場の命名権も年間1千万円で購入し、「俣野公園・横浜薬大スタジアム」と名付けた。同大の都築繁利管理局長は「住民との関係を深め、地域と共生する大学として認知してもらいたい。隣接する公園と野球場に大学名が付き、大学が広く見える効果も出ている」と話す。

大型案件が一巡

 日本の公共施設の命名権の売買は、東京都が2003年、サッカーJリーグの公式戦が開かれる東京スタジアムの命名権を売却し、「味の素スタジアム」となったのが最初だ。味の素は欧米の事例を参考にし、他の宣伝手法と比べ露出効果が大きいと判断した。現在3期目で19年2月末までの5年で10億円(税抜き)の契約を結んでいる。

 プロ野球やJリーグの本拠地の命名権は年間で億円単位、体育館のような通常の施設でも数千万円にのぼる場合が多い。全国で契約が相次いだが、08年のリーマン・ショック後、中規模以上の施設の契約は伸び悩んでいる。もともと契約金額に明確な基準はなく、費用対効果を厳しくみる企業側の要望で更新時に減額になる事例も増えている。

 川崎富士見球技場の命名権を売り出した川崎市は、地元に縁が深い企業へのセールスに努め、15年春に「富士通スタジアム川崎」が誕生した。他のスポーツ施設にも広げたい意向だが、企業を振り向かせるのは容易ではないという。区町村を除く全国約830の自治体のうち、命名権の売買を実施しているのは約1割にすぎない。募集をかけたが応募がなく、導入を諦めた自治体もある。

トイレや歩道橋も

 そんな中、注目を集めているのが、対象とする施設、愛称のほか、金額や役務提供など負担できる内容についても幅広く募る「提案型」だ。自治体側が特定の施設を選んで命名権を売り出す従来のやり方とは異なり、小型の施設も対象になるので地元の中小企業や団体も応募しやすい。08年に横浜市が先陣を切って募集を始め、その後、仙台市、名古屋市、神奈川県、静岡県、滋賀県などにも広がる。横浜市は施設の魅力を高める提案も受け付けている。

横浜市は公衆トイレに命名権を導入した(横浜市港北区)

 新横浜駅北口前には外壁に「トイレ診断士の厠(かわや)堂」と書かれた公衆トイレがある。トイレのメンテナンスを手掛けるアメニティ(横浜市)からの提案を受け、横浜市が契約を結んだ。トイレ診断士は厚生労働省の認定を受けた同社の社内検定制度の名称で、文字の下には同社のロゴマークも表示する。お金ではなく、便器の交換、照明器具の取り付けや定期洗浄などの役務を提供している。同社の山戸伸孝社長は「創業の地である横浜に貢献できることはないかと考えた」と提案の理由を語る。

 名古屋市では施設の愛称を随時、募集し、対象をじわりと広げている。人気を集めている施設の一つが歩道橋だ。現時点では216の募集対象のうち81で契約が成立。「河合塾 千種ビクトリーブリッジ」といった愛称が書かれた歩道橋が目に付く。募集条件に地域への貢献活動の提案を入れているのがポイントで、建設会社、病院、学習塾をはじめ、様々な団体が手を挙げ、契約した歩道橋周辺の清掃、交通安全活動、放置自転車の整理などに取り組む。

長期の視点必要に

 横浜市と名古屋市は命名権の売買を通じて公共施設の運営・維持に対する地元の関心を高め、多面的で息の長い協力を引き出している。注目度が高い大型施設の命名権には今後も一定の需要が見込めるが、全般には苦戦が予想され、他の自治体でも地域に密着した小型案件の契約が増える可能性が高い。命名権に詳しい専修大学の徳田賢二教授は「施設名が頻繁に変わると市民は混乱する。自治体、市民、企業が一体となり、長期の視点で施設を運営する姿勢が必要」と強調する。

 全国の自治体が保有する公共施設の約4割は1970~80年代に完成したとの推計もある。老朽化が進む施設の維持・改修や建て替えには多大な費用がかかり、自治体の財政を圧迫する。命名権の売買は打開策の一つではあるが、限界もある。地域として公共施設をどう活用し、場合によっては整理していくのか。命名権は地域全体で施設の存在をもう一度、考えるきっかけづくりになる。

徳田教授「企業と日常的なコミュニケーション重要」

 公共施設に企業などの名前を付ける命名権(ネーミングライツ)の売却に乗り出したものの、苦戦している自治体は多い。命名権に詳しい専修大学の徳田賢二教授に、成否を分けるポイントを聞いた。

 ――命名権の売却を検討する自治体が増えてきた背景は。

専修大学の徳田賢二教授

 「どの自治体も財政難に苦しみ、社会資本を整備する財源が不足している。民間企業の力を借り、自治体が保有する財産の市場価値を顕在化できるツールとして期待しているのだろう。例えば、川崎市は2007年にまとめた『市有財産を有効活用するための基本方針』で『命名権売却による収入確保策は、施設の維持管理経費をまかなう上でも有効な施策として注目されている。本市でもJリーグの本拠地である等々力陸上競技場をはじめ、導入の検討に着手し、制度のメリット・デメリットを見極め、より効率的な導入を目指す』と明記している」

 ――自治体にとってのデメリットとは。

 「スポンサー企業が不祥事を起こし、施設のイメージが悪くなるリスクがある。施設名が変わることで市民の愛着が失われたり、たびたび名称が変わって市民が混乱したりする可能性もある」

 ――企業の協力をなかなか得られない自治体も多い。

 「川崎市の例に話を戻すと、アメリカンフットボールの試合などが中心の川崎富士見球技場の命名権売却で、市は大いに苦労した。市内の大手企業にアンケート調査を実施してから企業を訪問し、応募を呼びかけた。最終的に富士通が手を挙げ、15年4月に『富士通スタジアム川崎』が誕生した。契約期間は5年で、年額1千万円だ。企業は命名権の費用対効果を厳しくみる傾向を強めている。リーグ戦スポーツの場合、ホームチームの成績不振による観客数の減少、メディアへの露出の減少といったリスクもある。川崎市のように大手企業が多い地域でさえ、協力は簡単には得られない。企業の数が少ない自治体はもっと大変な思いをしている」

 ――成否を分けるポイントは。

 「自治体にとっては、企業へのアンケート調査や訪問のほか、時間をかけた地道な募集活動、企業との日常的なコミュニケーション活動が大切だ。地域貢献に理解があり、投資を継続できる経営力がある企業とのパイプがあるかどうか、で成否が分かれる。また、地域住民の理解なしには、公共施設に民間企業の名前を入れられない。十分かつ周到な説明と、公正な選定作業が必須となる」

 ――企業への注文は。

 「社会・地域貢献の性格が濃い投資は、経営者の理解が大前提であり、全社的な取り組みにしてほしい。目先の短期的な広告効果を期待するのではなく、中長期的な企業イメージ、ブランド形成の一環と位置づけるべきだ。そのためには、社会貢献へのしっかりした取り組み姿勢、企業倫理を持つ風土が求められる。最も重要なのは継続性である。命名権売買が軌道に乗れば、自治体、企業、地域住民によるローカル・ガバナンスの形成・強化にもつながる」
(編集委員 前田裕之)[日経電子版2017年1月29日付]

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