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マジシャン大学生(20)いよいよ最後のコンテストへ挑戦! そして再びステージへ

森屋志政 authored by 森屋志政早稲田大学大学院
マジシャン大学生(20) いよいよ最後のコンテストへ挑戦! そして再びステージへ

 いよいよコンテスト当日の日を迎え、私は控え室で準備をしていました。このTMAというコンテストは少し変わった特徴があり、演技を2回披露する必要がありました。1回は観客+審査員のいるホールでの演技、もう1回は審査員不在の観客のみのホールでの演技でした。

 コンテストで演じる演技というのは、各マジシャンが自分の持てる技量を最大限に発揮したものなので、1回演じきるだけでも相当の体力を消耗します。それを2回演じるともなると負荷は大きくなります。最後までいかに集中力を切らすことなく演じ切るかが重要な局面でした。

 実際のところ、私は1回目の部屋こそ無事に失敗なく乗り切れたものの、2回目の部屋では演技の途中で頭が真っ白になる瞬間があり、あやうく手順を忘れそうになるシーンがありました。その時はなんとか持ち直すことができましたが、振り返ってみてもヒヤリとする瞬間でした。

マジシャン仲間と

台湾、韓国のマジシャンの友人も4Fへの招待を受けた

 無事に2回の演技を演じきった演者は楽屋に戻って道具を片付けたり、他の演者の演技を覗きに行ったりするのですが、少しでも大歓声が聞こえてくると内心ドキドキしました。観客の反応というのは審査項目の一部に反映されるので、もしこれで順位がひっくり返ったら怖いな、と思うところもありました。

 実はこのTMAの審査員は6名で構成され、その中には私を4Fに招待をしてくださったObieさんとJoanさんがいました。コンテスト演技を終えたマジシャンは別室でこの2人からフィードバックをいただく機会があるのですが、その際にこの2人から「もう何も私達からアドバイスすることはない。どうかこの演技をこのまま変えずに大切にしてほしい」と仰ってくださる機会があり、涙が出そうなほど嬉しかったのを今でも覚えています。

最後のコンテストに向けて

 また、さらに私が嬉しく思ったのは、TMAを機に親しくなった台湾、韓国のマジシャンの友人が同じく2人から演技を褒められ4Fへの招待を受けていたことでした。私が初めて招待されたときと同じように喜んでいるその姿を見て、自分事のように嬉しく思いました。

運命の結果発表

 その日の夕刻、ゲストにクロージングのショーがあり、いよいよコンテストの結果発表の時を迎えます。3位、2位と名前を発表されていきますが、まだ私の名前はありません。そしていよいよ1位の発表となり、その時のプレゼンターはObieさんでした。

表彰式開始直前の会場の様子

 彼はこう言いました。「それでは1位を発表します。私の手から、この演者に賞を与えることができることを誇りに思う。MO」

 この時、私は「よっしゃー!」と思わず日本語で叫んでしまいました(今思えばカッコいい反応ではなかったと感じています)。走って観客席を降りて、壇上へ上がり、Obieさんと握手を交わし、トロフィーが授与されました。もう何度も舞台上で興奮のあまり涙を流している私ですが、この時ばかりは堪えるのがやっとなくらい、こみ上げてくるものがありました。

表彰式

Obie O'brienさん、奥様のJoan Caeserさんと共に

 初めて1位を取ってから、国内大会でも、アジア大会でも優勝できないまま5年が経過して、ようやく掴みとった国際大会での優勝でした。それも、私の演技の価値を認めてくれた本人からのプレゼンテーションで、です。これだけ幸せな経験ができたのだから、もう未練はない。ようやく、これでコンテストとのけじめがつけられそうだな、とそう思いました。

冷静にこれまでを振り返った夜

 飲み会を経て、ホテルに戻り、トロフィーを眺めながら今までのことを思い返していました。中学生の頃、興味本位でマジックを始めた頃は、こんなことになるなんて到底想像していませんでした。ただ、手品が好きで、人よりも上手くなりたくて、自分にしかできない演技を作りたくて、そして形のある結果が欲しくて、とにかくもがいた手品人生でした。

 全体の時間に対して、心の底から気持ちいい、快感だった時間は合計してもほんの僅かだったと思います。周りから見た輝かしい受賞歴も、オリジナルの作品のDVDとしてのリリースも、舞台公演も、綺麗な面はほんの僅かでした。

 綺麗なものの舞台裏は、極めて泥臭い世界が広がっていました。その泥臭い下積みというか、なかなか実らない期間はどれだけ続くのか全く予想ができないものでした。あと1年頑張れば勝てるだろうかと思えば勝てなかったり、じっとこらえているうちに進むべき道を見失ってしまったり。このいつになれば抜け出せるのか分からない時間を乗り越えることができた人間だけが見ることができる景色が、世の中にはあるのだということをマジックの世界で身をもって知ることができました。非常に大げさに聞こえてしまうかもしれませんが、これが私の体験した事実そのものです。

優勝トロフィー

 もちろん、手品の世界にはここまで苦労をしなくても楽しい世界があります。気軽に自分が好きな手品を勉強してパーティー等のちょっとした場で披露したり、仲間内で見せ合ったり。楽しみ方は人それぞれであり、何もコンテストに出ないとダメだ、という世界ではありません。ただ、もっとこのマジックという芸能をしっかりと極めてみたいという想いが強くなればなるほど、険しい道のりにならざるを得ません。ただ、自分という演者なり自分のマジックと逃げることなく正面からに対峙できるというのはこういったコンテストの良いところだと私は感じています。

 少なくとも私の個人的な意見では、こうしてマジックに真摯に向き合ったことは自分の人格にも大きな影響を与えたと感じています。愚直にやればやるほど、苦労も多く、理不尽な目に遭うこともありますが、その過程での苦労とその先にある綺麗な景色はその人の生き様そのものであり、その生き様がその人を一回り成長させ、その人なりの哲学を生み、ユニークさになるのだと、そう思います。だからこそ、よく言われることですが「1つの物事を一生懸命突き詰めてごらんなさい」ということをおっしゃる方が多いのだと思います。

初めてのテレビ出演のオファー

 こうして一通りマジシャンとしての活動をやりきったと思っていた私に舞い降りて来たのが、テレビ出演のオファーです。それも、あのMr.マリックさんとマギー司郎さんが務める番組でした。

 実は、TMAで優勝したマジシャンが日本人であるという噂がマリックさんの耳に入り、実際にお会いさせていただく機会をいただいたことがきっかけでした。その際、かつて名古屋でお会いさせていただいた時のことを覚えてくださっていました(第9回参照)。そこでマジックを実際に披露させていただいたところ、ぜひオーディションを受けて欲しいという流れになり、後日オーディションを経て正式にオファーをいただいたのでした。

 これまでテレビでマジックを演じたことのない私にとってテレビでのマジックの演じ方というのは想像以上に難しいということを痛感することになるのでした。テレビでマジックを演じると言った時、私はカメラの角度さえ気にしていれば基本的には大丈夫なのではないか、そう考えていました。

 しかし、現実はそこまで甘い話ではありませんでした。最も難しいのは、テレビ番組でのマジックの場合、観客は2種類いるということでした。具体的には現場で目の前でマジックを見ている観客(芸能人の方)と、オンエアの際にテレビ越しに見ることになる一般の観客に向けて披露する必要があるということでした。言われてみれば当たり前すぎる話なのですが、これが私とっては大きな壁でした。

 私が主に得意としていたコンテスト演技は、大人数の観客を相手に中~遠距離で見せるスタイルが定着していたため、私の演技をカメラで撮りつつ観客はスクリーンに投射された演技を見るというのが通例でした。ですから、テーブルに着席した観客から本当に目と鼻の先で見られるということはありませんでした。

 ところが今回は本当に目の前に観客がいる状態でコンテスト演技を披露する必要があり、一つひとつのマジックの見せ方についてもテレビの前のお客様にとっても目の前のお客様の双方を考慮した見せ方をしなくてはなりませんでした。デリケートな演技ばかりを作って来た自分にとっては頭を悩ませる事態でした。

無事コンテストを終えて