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[ skill up-自己成長 ]

マジシャン大学生(21)テレビ出演で学んだこと
~舞台とは違うマジックの側面

森屋志政 authored by 森屋志政早稲田大学大学院
マジシャン大学生(21) テレビ出演で学んだこと~舞台とは違うマジックの側面

 テレビの収録という、マジックを始めて十数年経って初めての機会に胸が踊ると同時に慣れない環境に私は苦戦していました。具体的には、目の前の観客にも、テレビの前の観客にとっても魅力的な演技とするには見せ方を相当工夫する必要がありました。

カードの見せ方一つも大きく変わる

 例えば、トランプの数字・マーク1つを示すにしても違ってきます。見る相手がマジックに慣れ親しんだ方であれば、どんなカードを使うか、マジックの現象が起こる直前のカードの示し方(これをマジックでは改めと呼びます)はシンプルに行うケースが大多数です。あまりにも何度もカードを改めたりすると、くどくどしいと感じる観客も多いからです。こうしたマジックに慣れ親しんだ観客であれば、トランプやコインといったマジック道具は見慣れた存在であり、よほど特殊な道具でも使わない限り、それ自体に大きな関心を持つことはありません。

 ところが、これがマジックなんて見たことがない、あるいはそんなに見たことがないというマジックに不慣れな方からすると(そういう方が実際は大多数ですが)、トランプやコインといったマジック道具はある意味で新鮮に映る物体です。トランプという物自体は小さい頃に遊んだ経験がある方も多いので観客は知ってはいるものの、トランプで遊ぶということ自体そう頻繁にあるわけではないので、見慣れた存在とはなりにくいのです。この極めて当たり前なことこそが見せる時に最も念頭に置かなくてはならないことなのです。

Mr.マリックさん、マギー司郎さんと

見る人の認識速度をコントロールする

 こうした事情もあり、普段はササッと済ませてしまうようなカードを示す動作もじっくりと示し、マジックが起きる前に改めを挟むことで、見ている観客がしっかりとマジックについて来ることができるように観客の認識速度をコントロールする必要があるのです。これは簡単なように見えて実は非常に難しく、道具の示し方のみならず、複雑な手順はなるべく簡素化する、コンセプトが難解な手品はなるべく演目としてチョイスしない、といったように大きな変更が必要なケースもあるのです。これで大丈夫だろうと思って演じて見ると、それでも上手くいかないという場合すらあります。

 私の場合は、赤と黒というカードの色をコンセプトとしたカードの色変わりが主体の演目を演じてきていました。そもそも、次のような概念自体が既に難しいと言われてしまったのです。

①赤と黒というのはトランプの色から由来しているもの
②触れる色によってカードの図柄が変化する(赤に触れれば赤に変わり、黒に触れれば黒に変わるというコンセプト)

 マジックの世界ではカラーチェンジ(色が変化するマジックの総称)ほどセリフもいらない直感的に理解できるマジックはないと言われるほどでしたが、それでも見ている人にとっては理解が難しいということでした。

 おまけに私が大会で演じていた演技というのは音楽に合わせた演技だったため、音楽と手順がセットになっている都合上、一部分だけ手品を入れ替えるといったようなカスタマイズも不可能でした。手品を入れ替えてしまうと、音楽のリズムともズレてきたり、演技そのもののコンセプトがぼやけてしまうからです。

 そのまま演じるとコンセプトの理解が難しい、かといって手順を変えようにも変えるのは困難。まさか自分が長年作り上げてきた演技がこうした形で壁にぶつかるなどとは思いもしませんでした。

 幸いにも、この時の番組スタッフの方はマジックが大好きな方であり、過去にマジック番組の制作経験もある、知識をお持ちの方だったので一緒になって解決策を検討してくださいました。そこで、コンテストの演技を行う前までに赤と黒の世界というコンセプトを観客の脳内にインストールできるような運び方ができれば大丈夫かもしれないというアドバイスをいただきました。

 まず1枚のカードの色変わり手品を最初に演じ、そこから枚数を増やし、変化の回数も少しずつ増やす。その際、テーブルを赤と黒の2色でデザインすることによって、見ている観客の目の前に赤と黒という色の世界を演出するという方法をとる形となりました。これで、触れる色によってカードも変化するというコンセプトを最小限の説明で理解できるような全体構造を作ることができました。

 そしてその打ち合わせの後、私はなるべくシンプルで、かつ赤と黒の色の変化を繰り返し見せることができるような手順構成を作成しました。過去に自分で作ったマジックの作品の中で今回のようなケースで見栄えの良さそうなものを引っ張り出し、テレビの収録用にカスタマイズしたのです。幸いにも、マジックの現象自体は赤と黒ではなくても、手順の構造そのものは赤と黒のマジックにも応用が効くものがストックの中にあったおかげで無事に演目を固めることができました。

 最後に直前の日程でカメラのリハーサルを行いながら、撮り方をカメラマンの方と擦り合わせながら翌日収録本番を迎えました。

赤と黒のトランプマジック

収録本番を終えて

 収録は朝から夜までまる1日を通して、私を含めた5人のマジシャンが演技を行い、無事に終了となりました。コンテストにあれだけ出てきたのだから緊張なんてそこまでしないものだろうと思っていたものの、マリックさんやマギー司郎さんといったマジックの世界の大御所に加え、芸能人の方の目の前で自分の演技を披露するというのは想像以上のプレッシャーでした。その演技が後日テレビの前の視聴者の目にも触れるものとなれば、なおさらです。

 正直なところ、もっと上手く演じられたと思う箇所や、声の張り方やセリフ運びなど、言い出せばキリがないほどに自分の演技に対する反省はありました。ただ、マジックが好きな番組スタッフと悩みながらもこうして1つの番組を作り上げ、その中に自分が貢献できたというのが純粋に嬉しく思いました。

 実はこの番組のディレクターの方は、私が手品を始めるきっかけとなった中学生の頃に見ていたテレビ番組の製作者でもあったのです。まさか、自分がマジックをはじめるきっかけとなった番組をこの世に送り出した方と十数年後にTMA優勝をきっかけに出会い、今度は視聴者ではなく出演者としてマジックを演じることができたというのは今思い返して見てもドラマティックな展開だと感じます。本当に、世の中どういう形で自分の身の回りの出来事が繋がるか本当に分からないものだと思います。

過去に自分で作ったマジックをテレビの収録用にカスタマイズした

 ただ、Mr.マリックさんが仰っていた言葉を引用させていただけば、「経営は人なり。マジックもまた人なり」なのだと思います。どんなマジックを演じるかよりも、どんな人が演じるマジックなのかが重要であり、それこそが手先の技術を磨くことよりもとにかく大切であるということ。マジックを通して真摯に人と向き合ってきた人間の演技というものは、然るべきところで評価され、その人には次のチャンスが巡って来る。この言葉が全てだと今では感じています。

 正直なところ、テレビ出演をするまでは、もうマジックでやりたいことはやり尽くした上に、学ぶべきことも学んだつもりでした。自分の中でこうして言語化することもできたのでもう十分だ、そう思っていた面があったのも事実です。

 ただ、実際にテレビに出るという経験を通じて、自分がずっと戦ってきたフィールドとはまた違う世界を知り、あれだけ頑張ってきた自分でも中々簡単には思うようにはいかないという壁に今回は遭遇しました。これを辛いと捉えるかどうかは気持ち次第ですが、少なくとも残されたマジックを満喫できる時間の中で、こうしてコンテストとは違う世界から見たマジックという芸能を捉え、実際に演じる過程で自分のルーツとなった方々との出会いがあったことは非常に幸福な経験だったと考えています。