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マジシャン大学生(22)マジックの魅力に惹きつけられた理由

森屋志政 authored by 森屋志政早稲田大学大学院
マジシャン大学生(22) マジックの魅力に惹きつけられた理由

 かれこれ十数年間マジックという芸能と共に歩んできました。もちろん、世の中には私よりも遥かに長いマジック歴の方も多く存在するので、続けてきた年数自体は長いとも短いとも言えませんが、その密度は非常に濃かったと感じています。特に大学生になってからの6年間は本当に変化に富んでいたと感じます。これまでは私のマジシャンとしての体験をありのままにお伝えさせていただきました。そして一通りの原体験を振り返り、私個人として発信したいメッセージをお話させていただきたいと思います。

なぜここまで続けることができたのか

 なぜ、こんなにも長い間一つのことを突き詰めることができたのか。正直なところ、マジックが好きだからというだけではここまで長くは続けることはできなかったと感じています。マジックはもっと自分にとって根源的な存在といいましょうか、マジックというのは自分の居場所そのものだったと思います。

 こう表現してしまうと、やや内向きの印象を与えてしまうかもしれませんが、私にとって熱中できる対象としての物事というのは、自分にとっての居場所となるものだと考えています。別の表現をすれば、自分を自分たらしめる存在だと思います。

 どうもマジックについて考えたり、演じたり、練習したりしているときは頭が良く働くというか、不思議なほど集中力が高まるのです。ずっとその理由がうまく言語化できていませんでしたが、一通り振り返ってみると、なぜそこまで自分がマジックに惹きつけられたのかが次第に分かるようになってきました。シンプルに言うと、マジックがもつ「構造の美しさ」に私は心底惚れ込んでいたのだと思います。

マジックの構造というのは非常に美しい

 ご存知の通り、マジックにはタネ(仕掛け)があります。ですから、どれだけ不思議なマジックの裏側にも必ずタネがある、というのが世間一般の認識だと思います。しかし、このタネというマジックの裏側の部分にこそ面白さは潜んでいたのです。

 私の中でマジックとは、「不可能としか思えない現象を、極めて合理的に引き起こす術」だと考えています。物体が消える、変化するといった常識では考えられないような現象がマジックでは起こりますが、その裏側は極めて合理的に設計されているのです。単なる手先の器用さだけではなく、人の心理や認知といったソフトな面に至るまで全てです。

 例えば、物体が変化するという現象を観客に披露しようと考えるのであれば、どういう前提条件を観客の脳裏に刷り込む必要があるか。そのためにはどういったセリフ運びをするべきか、テクニックで全て解決するのか、それとも仕掛けを施す形がよいのか。物体が消失するというマジックの場合は、そもそも人が消えたと認識するのはどういう時かを物理的に解釈し、消えたと観客が認識するための条件を満たすような動作や技術を組み上げていきます。1つひとつのマジックの裏側にはそれを支えるだけのロジックが詰まっているのでした。

 全ては観客の脳裏に強烈なインパクトを与えるという目的のもとに、マジシャンは心理学や演劇、芸術といったありとあらゆる分野の知恵を生かしながら、今日に至るまでに様々なマジックを生み出してきました。中でも傑作と謳われるものは古典マジック作品としてバイブルとしてまとめられ、今でもなお多くのマジシャンによって演じられています。

 そうした古典マジックの歴史、考え方、思想を知れば知るほど、その思考の鋭さとマジックの体系としての美しさに惚れ惚れとしてしまったのです。皆目見当がつかない不思議なマジックほど、その裏側は「こんなことで人は騙されるのか!」と思ってしまうほど単純な仕掛けだったということもありました。しかしこういうマジックこそ、「最小の仕掛けで最大限の不思議を引き起こすお手本である」と学び、ますます虜になってしまったのでした。

古典の作品をもとに自分なりのマジックを作る面白さ

 こうして古典のマジックをある程度学ぶと知識も技術も一定のストックを得ることができます。ただ、私の場合、誰かが作ったマジックをそのまま演じるというのは違和感のあることでした。それは、マジックの細かな手順というのは、原案者にとっては最適でも、それが必ずしも普遍的なものとなっているとは限らないからです。もちろん、中にはもうこれ以上改案を作る必要もないほど無駄のない、洗練された手順として作られたものもあり、そうした手順はそのまま演じても違和感がありません。しかし、どうもしっくりこないという手順も数多く存在するのです。

私の代名詞である、赤と黒の演技のクライマックスの1コマ。この構図を作り上げ、演技として構築していくのに5年間ひたすら試行錯誤を繰り返しました

 結局のところ、人が作ったマジックをそのまま練習するだけでは私にとっては不十分で、原案の良さを理解しつつも、自分だったらどう演じるかを考えるのが最も面白い作業でした。例えば、次のような考えながら古典の作品を「料理」していきます。

・元の手順がとても長い場合→もう少し手数を減らしてコンパクトにできないか?
・様々な現象が起こる複雑なマジックの場合→最も強調したい現象に絞って、もっとシンプルに見せられないか?
・自分にとって馴染みのない分野のマジックの場合→そのマジックの構造自体はカードにも横展開できるのではないか? 実は素材を変えても成立するのではないか?

 こうして自分なりのマジックを作りながら、それを実際に演じる過程で反応を見ながら少しずつ研ぎ澄ませいくと自分にとって最適なマジックへと昇華することができます。型をインストールし、自分なりの解釈を加え、自分だけの型を作り上げていく。いわゆる日本古来の守破離の考え方と似ていますが、このプロセスそのものが楽しくて仕方がないのでした。

2度目の4Fでのクライマックスシーン

 そうして作り上げてきた作品は、結果的に第6回にあるようにDVDという形で商品化することができ、それをきっかけとして多くの海外のマジシャンとの繋がりを得ることができました。中にはそのDVDを見てカードマジックを学び始めたと仰ってくれる方もおり、非常に嬉しい体験をすることもできました。

 マジックの思想への惚れ込みと自分で自由に思考しながら組み立てられるという面白さの虜になったこと、それこそがここまで長く続けることができた大きな要因でした。