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[ skill up-自己成長 ]

マジシャン大学生(24)憧れを抱くことの大切さ
~自分のスタイルを見つけるには

森屋志政 authored by 森屋志政
マジシャン大学生(24) 憧れを抱くことの大切さ~自分のスタイルを見つけるには

憧れの存在を持つということ

 私の中で人の成長を後押しする要素は大きく分けると2つあると感じています。それは「嫉妬」と「憧れ」です。嫉妬と聞くと、ネガティブな印象を持つかもしれませんが、自分が羨ましいと感じる対象に対して、いつかはそれを超えてやろうとする姿勢こそ、悔しさをバネに努力をするという意味で私はポジティブなことだと解釈しています。また、憧れという意味では、なんて素晴らしいのだろう、あんな風に自分もなりたいと夢を持つことによってその目標に到達するべく努力する、という解釈です。

 自らが何かを極めようとする際に、「この人かっこいいな、素敵だな」と思える「憧れの存在」を自分の中で持っておくことがあります。憧れの存在と言える方を尊敬しながら、自らも研鑽を積むように行動すると、成長の方向性にメドを立てることができます。私の場合は日本国内に2人、今でも心から尊敬しているマジシャンがいます。海外のマジシャンを含めると5人程度になります。

私が最も尊敬するマジシャンの1人、桂川新平さん。クラシック音楽への造詣が深く、ピアノの旋律と合わせたカードの演技は全世界で大絶賛をされています

劣化コピーになってはいけない

 ただ、ここで間違ってはいけないのはこの人のようになりたいという気持ちが強すぎて、演じるマジックや身振り手振り、台詞回し、衣装など、その人のやっていること1つひとつ完璧に真似ていってはいけないということです。もちろん、はじめのうちは真似てみることによって学ぶことができるポイントもありますが、そこに終始してしまうと、行き着く先は自分の演技ではなく、憧れの対象の劣化コピーとなってしまう危険性があります。

 憧れの対象となる人がすでに築き上げてきたスタイルの二番煎じとなってしまってはならないのです。あくまでも、憧れの対象と自分は違う存在であるということを認識しながら、良いところ(手本となるところ)を学びながら自分に取り入れていくという姿勢が必要です。

なりたい自分像を想像するヒント

 私が実際に自分の演技スタイルを考える際に行なっていたことの1つに、自分の好きなマジシャンを並べてみて、それぞれ個別に好きなポイントを抜き出していくという作業がありました。マジックを始めたばかりの中学生の頃は、YouTubeのようなメジャーな動画配信サイトがまだ普及していなかったのですが、その後の急激なインターネットの拡大によって自宅のパソコンから海外の様々なマジシャンの演技を見ることができる環境になりました。

 私は観客の目の前でマジックを披露する、クロース・アップマジックという分野を専門としていました。しかし、よく参考にしていた演技はステージマジックという大勢の観客に対して披露するタイプのマジックでした。そして好きなマジシャンの動画はお気に入りリストにどんどんストックしていき、ほぼ毎日のように視聴していました。すると次第に、自分が好きなタイプと嫌いなタイプの演技の境界線が見えてきます。そして、なぜこの人の演技にそこまで惹きつけられるのだろうと素朴に考えてみるのです。

 すらっとした紳士的な佇まいに惹かれたのか、芸術品のような繊細さと儚さを兼ね備えた雰囲気なのか、アクロバティックな超絶技巧なのか。頭の中に好きな理由が羅列されてくると、自分が惹きつけられるマジックの条件とも言えるキーワードリストができあがります。そのリストの中から「これだ!」というものだけを取捨選択していくことで演技のスタイルの方向性が見えてくるわけですが、この選択のプロセスが肝になってきます。それが自分のパーソナリティとすり合わせるということです。

憧れの要素と自分のパーソナリティをすり合わせていく

 極端な例ですが、にこやかな表情できさくなジョークを挟みながら楽しいムードでマジックを演じるマジシャンが好きでも、自分の性格とはどうもマッチしないということもあり得ます。ジョークが面白いか否かはともかく、そもそもジョークが似合う人と似合わない人がいるように、演者という視点に自分の身を置いて考えると、どうもこのあたりは相当稽古をして役作りをしないと演じるのが難しそう、似合ってないと言われてしまいそうだ、ということが起こります。

 自分の性格の延長線上で無理のないキャラクターを演じるのか、それとも思い切ってキャラクターを変えて演じるのかはそれぞれ自由ですが、私は前者を選んで演技を作ることが大半でした。

 そして、テーブルで演じるというよりもステージで演じているという感覚で、かつ不思議さと共に美しさを表現したいということで、セリフのない、音楽と動きだけの演技(サイレントアクトと呼びます)を作り上げることにしました。結果的にはこれがマジックのコンテストのような大きな舞台に対して親和性があったと考えています。

 いきなりゼロベースで自分だけのスタイルを確立するというのは非常に難しい行為です。中には自分の直感だけを頼りに唯一無二の作品を作り上げてしまう人も存在しますが、必ずしも万人にできることではありません。どんな方向性にしようか唸りながら悩むよりも、とにかく試行錯誤を繰り返していく方が時間は要するものの、確実な方法ではないかというのが私の中での結論です。

 この人はすごい、素敵だな。そう自分が本音で思えるのであれば、よく観察しながらどこに自分が惹きつけられたのかを納得のいく形で持っておくことです。そして、まずは真似てみて、次第に自分の中に取り込むならどうするかを試行錯誤しながら技を盗んでいく。マジックの世界以外でも、この基本姿勢を大切に日々精進していきたい、そう感じています。