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[ liberal arts-大学生の常識 ]

入国制限で
シリコンバレーの青空を曇らすな

入国制限でシリコンバレーの青空を曇らすな

 よく晴れて気候はいいけれど、高い建物はあまりないし、退屈な場所に来てしまったのかなあ――。12年ほど前、駐在することになって訪れたシリコンバレーの第一印象はそんなふうだった。

 もちろん、とんでもない思い違いである。

 主な取材対象のIT(情報技術)業界で出会うのは、野心と能力に満ちた人たち。大企業の一員、あるいは起業家として「世界を変える」と叫ぶ彼らに接していると、知的好奇心をくすぐられた。

 そんなイノベーション文化を支えるのが移民だ。現地の調査によると、現在300万人のシリコンバレー人口のうち4割近くを外国生まれが占める。全米での比率が1割強なのと比べても、ダイバーシティー(多様性)が際立つ。

グーグル、ヤフーも移民が生んだ

 シリコンバレーに広がる青空は、国境を越えて人材を受け入れるオープンな風土のシンボルといえる。いま、それを曇らすような事態が起きている。

よく晴れたシリコンバレーの青空。オープンな文化の象徴だ

 「米国の企業、イノベーション、成長に著しい害を与える」。アップルやグーグル、フェイスブックなどIT大手を中心とする127社は2月初め、ドナルド・トランプ大統領が1月末に打ち出したイスラム圏7カ国からの入国制限措置に反対する書面をサンフランシスコ連邦控訴裁判所(高裁)に提出した。

 米国第一を掲げ、国境の内側の利益に拘泥するトランプ氏と、グローバル発想のIT産業の相性はそもそも良くない。昨年12月、トランプ氏はIT企業のトップを集めた会合で、「あなたがたがうまくやれるよう手助けする」と語ったが、歯車は逆の方向に回っている。

 入国制限を受け、IT企業では社員の配置や採用、出張などに支障をきたす実害が出た。だが、実務が混乱して困るという次元の話ではすまない。半世紀におよぶ歴史があるシリコンバレーのイノベーションの流れが滞りかねない。

 決して誇張ではない。少しおさらいしたい。

 高性能サーバーで一世を風靡した1982年設立のサン・マイクロシステムズ。4人の共同創業者のうち2人はインド、ドイツの出身。そのドイツ生まれのアンディー・ベクトルシャイム氏は、グーグル設立のころに資金提供したことでも知られる。グーグルは創業者のひとり、セルゲイ・ブリン氏が旧ソ連からやって来た。

 3代目の最高経営責任者(CEO)としてインテルを世界的な半導体会社に育てたアンディ・グローブ氏はハンガリーから。ネット企業の草分け、ヤフーの共同創業者ジェリー・ヤン氏は台湾からの移民だ。自らのアイデアや技術をビジネスにする機会を得やすく、成功すれば出自にかかわらず称賛される。そういう寛容さがシリコンバレーを形づくってきた。

 トランプ氏が執着する雇用の創出でも移民の貢献度は高い。ある調査によれば、企業価値が10億ドルを超える米国の有力スタートアップの半数以上は創業者が移民だ。平均で1社あたり760人の雇用を生んでいるという。

世界的な革新が停滞する懸念も

 一方で、世界にはシリコンバレーに負けずイノベーションハブ(中心地)になろうという国や地域がある。例えば、シリコンバレーに大量の人材を送り込んでいるインド、中国。それぞれバンガロール、深センといった都市を核に起業の機運は高い。フランスではものづくりベンチャーなどが勃興する「フレンチテック」の潮流がある。

 それでも、一足飛びにシリコンバレーと肩を並べられるわけではない。加速度的に技術が進化し、変化の激しい環境では、多彩な人材の交じり合いがますます重要になる。25~44歳の働き盛りでみると、シリコンバレーでコンピューターと数学に関係する仕事に就く人の74%は米国外の生まれ。米西海岸には位置していても「世界」と呼べるような人材のるつぼ感を持っていることが、この地域の強みだ。まねしようとしてすぐにできるものではない。

 健康、環境、安全などイノベーションで解決すべき課題が世の中には山積している。トランプ氏が国を閉ざす手法をとり続ければ、シリコンバレーの失速を招き、世界にとってマイナスだ。同氏が日々愛用するツイッターのような便利な仕組みも、きっと生まれにくくなるだろう。
(コメンテーター 村山恵一)[日経電子版2017年2月17日付]

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