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津和野から伝えたい言葉(3)海外でなく「地方留学」を選んだ理由

室賀元伸 authored by 室賀元伸
津和野から伝えたい言葉(3) 海外でなく「地方留学」を選んだ理由

 前回は、自分自身が教育や地方に関心をもった理由をまとめました。今回は、着任前の現地視察で感じたことと、地域おこし協力隊への参画を決めた理由についてお伝えします。

新宿から15時間、ファミレスもない町で

 2015年10月9日。新宿駅発の夜行バスに乗り新山口駅へ。そこからJRで2時間。片道計15時間をかけ、津和野に到着しました。山道を抜けた時、汽車の車窓から見えた町内の景色は、未だに覚えています。鯉が泳ぐメインストリートの殿町通りは観光客で賑わっており、「山陰の小京都」らしい情緒ある町並みに強烈な魅力を感じました。

空気が澄んだ晴れた日、町内を一望できる津和野城跡から見える景色は絶景です

 また、「山陰の小京都」津和野は、中山間地域でもあります。右を見れば、山。左を見ても、山。空気の澄んだ晴れた日は本当に過ごし易く、梅雨時などは重い空気が籠ります。思わず「俗世から外れたこの場所で、幼少の森鷗外や西周が思索に耽っていたのだな」と想像しました。そして、HAN-KOH見学へ向かいました。

 HAN-KOHは、今までの自分が知っている「塾」ではありませんでした。詰襟とセーラー服の生徒が、和室で英語を学び、部活の後で塾に通う。お腹がすいたら、町内の農家の方々から無償提供いただいたお米でおにぎりを握って食べる。授業が終われば、真っ暗な田んぼの横を通って家に帰る。津和野には、東京のように放課後に寄り道できるカフェもファミレスもありません。津和野の公営塾HAN-KOHは「地域の人財を地域で育てる」機能だけでなく、「生徒たちの居場所」としても機能していました。

藩校養老館跡。森鷗外や西周の他に、日本紡績業の父・山辺丈夫や、「君が代」の選定に携わった国学者・加部松園など、後に全国に名を馳せた人物が学びました

 公営塾というこの取り組みは、「地方の教育」における先進的取り組みとして注目を集めています。しかし、津和野の公営塾HAN-KOHの先進的挑戦の背景には、藩校養老館の歴史があります。木戸孝允を輩出した長州藩(36万石)や、西郷隆盛を輩出した薩摩藩(77万石)にも、藩校はありました。そのなかで、津和野藩は4万石の小藩にも関わらず、しかも飢饉に苦しんだ1786年、藩校養老館を創設しました。その教育の成果として、森鷗外や西周といった、近代日本を代表する文化人が育ちました。津和野には「教育を軸に据えて町をつくる」というDNAが息づいています。なので、津和野町の最高学府である津和野高校が危機に瀕した2014年、再びHAN-KOHが設立されたことは、決して偶然ではありませんでした。

 そして、HAN-KOHが町に届けた価値は、生徒や学校だけではありません。夜九時、津和野町は文字通りの夜闇に包まれます。そんな町の夜遅くに灯る、塾の灯り。すると、町中の方々から「あの塾は夜遅くまで灯りがついている」と注目が集まり、そして、他人事だった「教育」という話題が家庭の食卓に上がるのです。塾の灯りは都市では当たり前の光景ですが、HAN-KOHの灯りはそれ以上の価値を持っています。このように、HAN-KOHは、様々な価値や希望を背負っている塾でした。

「稼げる仕事」から「良い仕事」へ

「毎晩遅くまで電気がついていますよね。この時間まで勉強している姿を想像すると、本当に感心します」(HANKOHの前に居住している津和野高校卒業生の50代男性)

 「2015年における"稼げる仕事"は、2030年では稼げる仕事ではない。しかし、2015年における"良い仕事"は、2030年でも"良い仕事"だと思う。"良い仕事"は、普遍的な価値を持っている。大学生の君が学ぶべきは、後者だと思う」。これは私を津和野へ誘った言葉です。当時の自分は、IT系のベンチャーでインターンシップをしていましたが、とにかく「結果を残したい、成長したい」と焦り、勝手に疲弊していました。そして、せっかく与えていただいた仕事に対し、その仕事の本質的な価値など考えず、とにかく全てをビジネスライクに捉えていました。

しかし、「社会を良くする」とメディアで取り上げられているビジネスは、一面的にキラキラしているものが多すぎて、キラキラしているように見せるのが上手すぎると思うようになりました。そんな自分にとって津和野の公営塾は、「津和野町に生きる人たち」「輝きを取り戻したい他自治体」にとって、「希望」という普遍的な価値があるものに思え、強い魅力を感じました。

HAN-KOH1年目のスタッフたち。日本有数の「教育の町」津和野のHAN-KOHには、いまや日本各地の自治体から視察に訪れています

 実は地方留学(?)を考える以前、私は「成長したい」「知らない世界を見てみたい」という一心で、海外留学を志望していました。しかし、「留学して何を見につけたいのか」「何を学びたいのか」を自問しても、「...英語?」と、自分が納得する答えは胸に上がってきませんでした。しかし、違和感を押し殺して、留学費用を稼ぐため、「お金も稼げるし、成長もできる」と思い込み、先述したアルバイトやインターンを掛け持ちしていました。

 もちろん、海外へ行けば何らかの成長機会を得られると思います。それでもやはり、曖昧なモチベーションのまま、膨大な費用をかけて海外へ行くことに対する違和感は拭えませんでした。明確な目標や、学びたいこともないまま留学しても、その貴重な経験を無駄にしてしまうのではと。

2016年4月1日の着任式にて

 そんな時に、前作で書いた地方インターンシップの説明会に行き、「海外ではなく地方」という選択肢が生まれ、津和野と出会いました。そして、「津和野へ行けば、自分が問題意識として抱いてきた教育に関わるプロジェクトに参加できる」「自分だけでなく、生徒や町、他自治体にとって価値があることができる」という大きなモチベーションが生まれました。いつの間にか自分の胸中にあった違和感もなくなり、地域おこし協力隊として、大学を休学して津和野へ行くことを決めました。

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