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Road to マルチリンガル(1)なぜ日本人は英語を話せないのか?

秋山燿平 authored by 秋山燿平東京大学大学院
Road to マルチリンガル(1) なぜ日本人は英語を話せないのか?

 みなさんこんにちは。東京大学大学院の秋山燿平と申します。1年ほど前に「留学経験なしからのマルチリンガル」という連載記事を投稿させていただきましたが、その内容は「自分がどのような経緯でマルチリンガルになったか?」が中心でした。そこで本連載では「どうすれば留学経験なしでマルチリンガルになれるか?」に焦点を当てていきます。まずは「なぜ日本人は英語を話せないのか?」という問いに、言語学者でも先生でもない、独学のみで言語学習を行っている立場で回答するところから始めたいと思います。

日本という国は、言語学習において最大の「ぬるま湯」

 日本人が英語を話せない理由について、以下のようなことがよく取り上げられています。

・学校での英語教育の問題
・日本語と英語のが言語的な違い
・日本人の国民性

 しかし、私はもっと根本的なところに、日本人が英語を話せない本質的な理由があると考えています。それは「英語を話せなくても、不自由なく生きていける」ということです。みなさんがこれまで日本で生きてきて、英語が話せなくて人生損をしたことはありますか? 特別な職種に就いている一部の方を除いて、答えは「No」でしょう。英語ができなくても成功を収めている方はたくさんいます。英語を話せることは幸せな生活を送るための必要条件ではありません。

 「外国人と話せるようになりたい」という気持ちから英語を学ぶ人がいますが、在日外国人の多くは日本語を話せます。このような状況において英語を勉強するとどうなるでしょうか? 当然、学習中には多くの壁に遭遇します。その際、「別に英語が話せなくても今の生活に不自由してないし、こんなに大変ならやらなくてもいっか」という思考回路に極めてなりやすいのです。

 これがスイスのような国であれば話は全く違います。国の中に複数の公用語があるため、英語ができないと「同じ国の人とすら交流ができない」という負の状況が待っているのです。このような世界に身を置けば、壁を乗り越えられるほどのエネルギーを得られることでしょう。しかし日本にはそれがありません。少しでも大変なことがあれば、「話せなくても幸せに生きていける」という事実に逃げ込むことができます。

 日本という国自体が、言語学習において大きな「ぬるま湯」となっている。これが英語を話せない最大の理由だと考えています。

「将来必要だから英語を勉強する」では、絶対に挫折する

 上記を考えると、明確な理由もなく英語を勉強するのは無謀だといえます。一見もっともらしい理由にも、日本で生活しながら英語を勉強する理由になっていないかもしれません。

 例えば「なぜ英語を勉強しているのですか?」という質問に対して「将来必要だと思うから」と答える方は少なくないでしょう。あえてスタンスを取って言うと、その理由では「絶対に途中で挫折」します。理由は簡単で、必ずしも必要ではないからです。日本という国には、英語力を必要としない幸せな人生の選択肢が山ほどあります。その強力な「ぬるま湯」を前にして、上記の理由は意味をなさないのです。

 「なんとなく痩せた方が良いと思うから」程度の理由でダイエットを始めたばかりの人が、大好物の食べ物を目の前にしている状態を想像してください。「別に痩せなくても死ぬわけじゃないし、まあいっか」と、結局食べてしまう人は少なくないでしょう。日本における英語学習とは、本質的にはそのようなものだと思います。

 「英語を話せないと、人生損をする環境」を自ら作ること

 では、日本にいながら英語を話せるにはどうすれば良いか? 答えは簡単です。「英語が話せないと、明確に何か損をしてしまう環境を自分で作り出すこと」。日本という国がその環境を提供してくれないのであれば、自分自身で作ってしまえば良いのです。上のダイエットの例に戻ると、「どうしても付き合いたい片思いの相手が、痩せてる人が好き」という事実があれば、大好物を前にしても我慢出来る可能性は高まるでしょう。

 英語学習においても、そのような状況を自分で設定することが大切です。しばしば「外国人と恋愛をすることは、言語学習に有効だ」といわれますが、「英語を話せないと、大好きな人に自分の思いを伝えられず、別れるリスクが生じる」という、明確な損を招く環境構築という意味ではまさに正しいと思っています。

 何もこのような環境は恋愛に限ったことではありません。英語を話せることが必要条件になる環境であれば、何でも構わないのです。日本語を話せない外国人が多く訪れる場所、例えば成田空港の外貨両替所などでアルバイトをするなども方法の1つかもしれません。そのゴールを前にして、自分が英語を話せない状態を想像してみてください。逃げ出したくなるほどの負の感情が芽生えるでしょうか? このような強烈な危機感を生じさせるほどの環境に自らを置くことこそが、英語を勉強する上で最も大切なことだと私は考えているのです。

「どう勉強するか」以前に「なぜ勉強するか」ですでに勝負が決まっている

 最近、「どうすればたくさんの言語を話せるようになりますか?」と聞かれることが多いのですが、まず私はこう問い返すようにしています。

「なぜ、たくさんの言語を話せるようになりたいのですか?」

 すぐに手段を求めるのは、一見合理的な方法のようにも思えます。しかし上述した日本という国の背景から、勉強するための理由が強くないと必ず挫折してしまうのです。もしかしたら言語学習の方法を質問しているその時点で、もう勝負はついてしまっているかもしれません。絶対に挫折をしない環境を自分で作り、自らをそこに置くこと。

 実際に勉強を始める前のここに時間を割くことは一見遠回りに見えますが、実は言語習得において最も重要なステップだと思うのです。毎日単語帳を必死に覚えている方も、一旦原点に戻って「なぜ勉強しているのか?」を考えてみてください。その理由の深さが1日で覚えられる単語の数を大きく左右しているかもしれません。