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liberal arts-大学生の常識

育てAI人材
ロボ五輪常連、追手門中の超実践授業

育てAI人材ロボ五輪常連、追手門中の超実践授業

 人工知能(AI)やロボットの技術が急進展するなか、技術を使いこなせる人材の不足が懸念されている。とりわけ日本はAIなどの基礎になるプログラミングやデータ分析の知識をもつ人材が他の先進国などと比べて大幅に少なく、若い世代からの教育の拡充が急務だ。追手門学院大手前中学校(大阪市中央区)は正規の授業や課外活動にロボット教育を積極的に取り入れ、ロボットコンテスト世界大会への出場でも常連校。ロボットを通じて何を学ばせようとしているのか、取材した。

「ミッションは火星探査」 実践通じプログラミング学習

 「ミッション(任務)は火星の岩石を採取し、地球に運ぶことです。この1時間でどこまでできるかな」。指導する土谷啓介教諭が切り出すと、30人の生徒が2人1組になって一斉にパソコンに向かい、真剣な表情でプログラムを組み始めた。授業で使うのはデンマーク・レゴ社製のブロックを組み立ててつくるロボットで、パソコン上でアイコンを操作したり数値を入力したりしてプログラムを組む。生徒たちは前回の授業でプログラミングの基礎を学び、この日は2時間目だ。

 同校は総合学習の一環として、各学年で年5、6時間をロボット授業に割り当てている。1年生は簡単なロボットの製作、2年生はプログラミングと操作、3年生は理科の授業で習う「エネルギーと熱量」といった知識をロボットの操作を通じて実践的に学ぶ。この日は2年生の授業。中学の正規の授業にロボット教育を取り入れている例は全国でもほとんどないという。

 授業開始から20分ほどたつと、卓球台より一回り大きなテーブルを宇宙空間に見立てた実験フィールドで、ロボットを動かすチームが出始めた。生徒たちがロボットを置くと予期せぬ方向に走り出したり、障害物にぶつかったりして、思うように進まない。「プログラムの走行秒数の数字を大きくしてみたら」。指導教諭が助言すると、すぐにパソコンに戻ってプログラムをつくり直していく。

 50分間の授業終了より少し前、すべてのチームがテスト走行を終えた。達成状況を採点すると、全15チーム中8チームが中間目標である「火星の岩石を採取」を達成し、まずまずのできだ。「次回の授業は競技会形式で進めます。ロボットを上手に動かすだけでなく、どこを工夫したかなどを発表してもらいます。その内容も考えてくるように」。教諭がこう伝え、授業が終わった。

プログラミング能力だけではない授業の目標

宇宙空間に見立てたテーブルでロボットを動かす(大阪市中央区の追手門学院大手前中学で)

 同校のロボット授業は福田哲也教頭が企画・立案し、2013年度から始めた。福田教頭はその前年春まで奈良教育大学付属中学で理科を教え、課外活動で科学部を指導。ロボットコンテストの世界大会にたびたび出場させた。特長ある教育を打ち出そうとしていた追手門学院が福田氏を教頭に招き、試行錯誤しながら授業内容を詰めてきた。

 「プログラムを学び、ロボットを操作することだけが授業の目的ではない。答えがひとつでない課題を与え、それを解決する過程で創造力を育む。チームで取り組み、コミュニケーション力を育てることも目的だ」と福田教頭は話す。

 この日の授業でも福田教頭はまず生徒たちに問い掛けた。「宇宙飛行士になるのに最も必要な資質は何かな?」。生徒たちは「勉強ができること」「身体能力が高いこと」などと口々に答えたが、福田教頭は首を横に振った。「いちばん大事なのは同僚とコミュニケーションできること。宇宙飛行士の最終試験は狭い部屋で一緒に働いてもらい、協調性を試すんです」

 プログラミングや操作を2人1組で当たらせるのも、チームワークを育てるためだ。3人以上だとリーダー格が現れ、ひとりで進めがちになる。2人ならば対話が絶えず、授業中に集中力を途切れさせる生徒は見かけなかった。

 生徒たちの評判も上々だ。校外での体験を含めてロボットを初めて動かしたという神田さくらさんは「次は違うロボットも操作してみたい」と目を輝かせた。

ロボット大会でインドやタイに後れを取る日本の実情

2人で相談しながらプログラムを書く(大阪市中央区の追手門学院大手前中学で)

 日本はロボット先進国とされるが、教育現場でのロボット活用は世界的にみて遅れている。プログラミングについては、文部科学省が12年度に学習指導要領を改訂し、中学の技術・家庭科で必修になった。だが「ほとんどの学校では形式的に年数時間を割り当てている程度」(教育関係者)とされる。福田教頭も「ロボットの世界大会に出場すると、インドやタイなどが日本よりはるかに進んでいる」と実感を漏らす。

 こうした状況を受け、文科省は20年度から小学校でのプログラミング教育の必修化を検討している。だが授業時間をどの程度割り当てられるかや、何を教えるかなどをめぐって論議が続いている。

聴衆の前でわかりやすく説明する力を養う

世界大会に出場したロボットの前で説明する生徒(大阪市中央区の追手門学院大手前中学で)

 放課後、ロボットサイエンス部の活動も見せてもらった。同校は中高一貫で、ロボットサイエンス部には中学から25人、高校から9人の計34人が所属する。16年のロボットコンテスト「ワールド・ロボット・オリンピアード(WRO)」では、中学オープン部門で国内予選を勝ち抜き、11月にインドで開かれた世界大会に3年連続の出場を果たした。このときの出場作品は「ウッドカッターロボ」。木に登って枝打ちをするロボットと、落とした枝を割り箸に加工するロボット工場の2種類からなる。

 中学2年の辰巳瑛くんと、矢城優哉くんがロボットを操作しながら、コンテストさながらに実演してくれた。

 「私たちは日本のリサイクル社会がなぜ衰退したかを調べ、リサイクル社会を取り戻す手助けとなる2つのロボットをつくりました」。製作の狙いを説明するとともに、「木が少しでも傾いているとロボットがすぐに落下してしまうことがわかり、改良を重ねました」などと体験談も加える。

 そのロボットが社会でなぜ必要なのかを考え、背景を調べ、試行錯誤を繰り返して問題を解決する。さらに聴衆の前で、わかりやすい言葉で説明する。福田教頭が訴える「ロボットを教材に考えを深め、それを周囲に伝える力を養う」という教育の理念を実感できた。

個人の熱意が支える独自教育 公的な支援が課題

ロボット授業を企画した福田哲也教頭(大阪市中央区の追手門学院大手前中学で)

 同様の授業をほかの学校でも取り入れ、広めていくことはできるのか。

 追手門学院中のロボット授業は評判を呼び、全国から年15組程度の視察があるという。ただ、これを参考にしてロボット授業を始めた例はほとんどない。「教師が多忙なうえ、ロボット授業の経験やノウハウをもつ教え手がほとんどいない。ロボットを買うための教材費をどう確保するかも、乗り越えなければならないハードルだ」と福田教頭は打ち明ける。

 福田教頭自身がロボット教育に関心をもったのは、奈良教育大学付属中で教えていた02年ごろ。それまではロボット教育と無縁だったが、奈良を訪ねてきた米国人教師から、1986年の米スペースシャトル・チャレンジャー号爆発事故で亡くなった高校教師クリスタ・マコーリフさんのことを聞いた。マコーリフさんはシャトルから宇宙授業を計画するなど理科教育に情熱を注いだことで知られる。福田教頭はその志に打たれ、マコーリフさんの遺志を継いで設立された教育基金に応募し、教材費などをまかなった。

 学習指導要領などにない独自の教育を進めている学校の多くは、福田教頭のような個人の熱意や労力によって支えられているのが現状だ。AI・ロボット人材を育てるには授業時間を増やすだけではなく、教え手になる人材の育成や教材費の確保など、国や自治体などによる制度的な支援も必要になりそうだ。
(編集委員 久保田啓介)[日経電子版2017年1月23日付]

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