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[ career-働き方 ]

「トイレおたく」女子、
ただ今ケニアで奮闘中
LIXIL ソーシャルトイレット部
山上遊さん(上)

「トイレおたく」女子、ただ今ケニアで奮闘中LIXIL ソーシャルトイレット部山上遊さん(上)

 2015年に発表された世界保健機関(WHO)と国連児童基金(ユニセフ)の共同監査プログラム年次報告書によると、世界人口の3人に1人、つまり約24億人がいまだ安全で衛生的なトイレを利用できない環境に置かれている。そのうち約9億5000万人は屋外で排せつしなければならない生活を強いられているという。そんな中、ケニアに赴任し、「循環型無水トイレシステム」の実証実験と事業化に取り組んでいるのが、住宅設備大手LIXILソーシャルトイレット部の山上遊さんだ。自称「トイレおたく」はなぜ、はるばるケニアへと渡ることになったのか。

◇   ◇   ◇

 ケニアにいると、鍵がどんどん増えていくんです。ゲート、オフィス、倉庫、それとこっちはアパートの鍵ですけれど、部屋に入るまでに3つの鍵を開けなければいけない。

 最近は首都ナイロビで暮らす日本人もだいぶ増えてきました。日系企業の投資先として、アフリカ大陸の中で南アフリカの次に注目されているのがケニア。現地で暮らす他国の人たちを見ていても、ケニアが特別に危険だという感覚は持っていないと思います。ケニアもまた、世界の中にある国のひとつとしか思っていないようです。

トイレおたくなのに世界を知らなかった恥ずかしさが原点

LIXIL ソーシャルトイレット部 山上遊さん

 私が「循環型無水トイレシステム」、つまり水を使わずに排せつ物を処理して堆肥化し自然界に戻すエコシステムの普及を目指し、初めてケニアのナイロビへと向かったのは2013年のことでした。それまではずっと日本に住んでいて、海外旅行をしたことはあっても、海外で暮らした経験は一度もありませんでした。ただ、いつかは海外で働いてみたいと漠然と考えていたので、英語の勉強だけはコツコツ続けていました。

 自称「トイレおたく」。社内外でそう公言していましたから、私のおたくぶりは有名でした。外出先ではまず、トイレを探す。子供のころに頻尿で苦しんだ経験があり、トイレが見つからないと手が震えちゃうくらい不安になるんです。私もそうなんですが、泣きたくなったらトイレに行くっていう女の人、多いのではないんでしょうか? トイレは本来、それくらい安全で安心な場所であるべきなのに、その安全な避難場所がないってことは、ものすごくつらいことなんです。

 トイレが好きで会社に入り、ずっとトイレの開発者になりたいと思っていました。入社して10年近く工場で生産管理の仕事に携わっていたのですが、そのころ、とにかく私が思っていたのは「日本のトイレが一番だ」ということ。だから、それを世界で売るにはどうすればいいかっていうことばかりを、ひたすら考えていました。

 そんなある時、NPO法人が主催する「大ナゴヤ大学」で、トイレについての授業をさせてもらえる機会を得ました。人前で話すのなら、日本のことばかりではなく、世界のトイレについても知らないといけないだろうと思い、改めていろいろと調べました。恥ずかしながら、その時に初めて、世界中で推定24億人もの人々が安全で衛生的なトイレを使えない状況に置かれていることを知ったのです。

 24億人といえば、世界人口の約3分の1です。しかも、そのうち約9億5000万人が屋外で排せつしている。トイレを愛することでは誰にも負けないと思っていた私としては、「これは大変だ、放っておけない。どうしよう」という気持ちになりました。

 世間に対して「トイレ好き」を公言しているのに、こんなことも知らなかったのか、言っていることとやっていることが違うじゃないか、と自分で自分のことが恥ずかしくなり、この問題を解決するために非政府組織(NGO)やNPOに転職すべきじゃないかということも、じつは真剣に考えました。

 もんもんと悩みながらインターネットを検索していたら、ある日、LIXILが発展途上国で循環型の無水トイレシステムを普及させるための実証実験をしているという情報を発見しました。灯台下暗しじゃないですが、「うちの会社って、こんなこともやってたの!?」と驚きました。もちろん、社内報などを見れば載っていたんでしょうけれども、全然、目に入っていなかったんです。

あふれるトイレ愛で「ありえない」異動を勝ち取る

「ケニアでは自然体で振る舞えるからかえって楽なんです」

 会社がそんな取り組みをしているのなら、わざわざNGOやNPOに転職しなくても社会貢献できる。なおかつ、メーカーがビジネスとして手がけた方がインパクトは大きいはず。それに、これは会社の将来にとっても絶対にいいことだと確信しましたから、実証実験を手がけている研究所や当時の上司に「ぜひ、この事業に携わらせてほしい」と直談判しました。

 生産部門の人間が研究開発部門に異動になることは当時は珍しいことでしたが、タイミングも良かったと思います。2013年2月、その年の6月に横浜市で開かれる「アフリカ開発会議(TICAD)」を目前に控え、会社としても発展途上国におけるトイレ普及を真剣に検討しないといけないなという機運が盛り上がり、そのための人員を補充したいと考えていた時期でした。

 ある日面談で、所属していた生産部門の上司に、こう言われました。

 「僕はこの事業に山上さんを推薦したいと思っている。だけど、ケニアです。あなたの人生もいろいろあるでしょう。結婚や出産、それと親御さんの考えもある。すぐ返事をする必要はないから、ゆっくり考えてください」

 考えるもなにも、すでに心は決まっていました。海外で暮らすのは初めてでしたけれど、怖さも何も感じませんでした。それよりも、「これでようやく、やりたかったことができる」といううれしさの方が大きくて。ずっとため込んでいた「トイレ愛」が一気に爆発した。

 実際にケニアへ行ってみると、意外と適応能力も高かったんです。ホームシックにもまったくかかりません。よく「たくましいね」と言われますが、自分ではそのたくましさがよくわからない。

 ケニアの場合、女性が働くのは当たり前ですし、上級管理職の女性も多いですから、特別視されることもない。仕事をしていてもヘンに気合を入れる必要はなくて、自然体で振る舞えるからかえって楽なんです。それに日本人女性がケニアに行くと、ものすごくモテるんです。日本で働いているとどんどん強く、男っぽくなっていく感じでしたが、ケニアで暮らすようになってからは逆で、ちょっと女性らしくなりました(笑)。

山上遊氏(やまかみ・ゆう)
1978年東京都生まれ。2003年東京都立大学(現首都大学東京)大学院工学研究科修了、INAX(現LIXIL)入社。愛知県知多市の工場で生産管理に従事した後、13年にLIXIL総合研究所に異動、ケニアでの循環型無水トイレシステムの事業化へ向けて実証実験に取り組む。16年、組織改編で「ソーシャルトイレット部」に。

(ライター 曲沼美恵)[日経電子版2017年2月9日付]

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