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[ liberal arts-大学生の常識 ]

生産現場の「ロボハラ」防げ

生産現場の「ロボハラ」防げ
(写真はイメージ)

 労働力としてロボットが採用される分野・業種の拡大が見込まれるなか、人と共に働く「協調型ロボット」に注目が集まっている。効率化が期待される一方で、人の五感や経験に基づく現場での柔軟な対応などをロボットが阻む「ロボットハラスメント(ロボハラ)」の問題も指摘される。ロボットとの共生社会を研究する慶応義塾大学の永島晃特任教授に、課題や打開策を聞いた。

 ――ロボットの産業利用が急速に進んでいます。

永島 晃(ながしま・あきら)氏、1971年東工大院制御工学科修了、横河電機入社。プロセス制御システムの研究開発を担当後、94年同社取締役。2006年計測自動制御学会長。08年東北大院光学研究科博士課程修了。09年横河電機退社。14年から現職。

 「1970年代にマイクロコンピューターが登場した。安川電機が『メカトロニクス』という言葉を生み出し"装置"としての機械が世界に広がったのがはじまりだ。2000年代に入ると経験と勘で技術を磨いてきた『現場の匠』とよばれる世代が定年退職などで急減したこともあり、装置の活用が広まったことで、同じ腕前をもつ後継者が育たなくなってしまった」

 「新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)によると、15年に1兆6000億円だったロボット産業の市場規模は35年に9兆7000億円まで拡大する。とりわけ、サービス分野と農林水産分野での割合が高まる。人を介さないサービス業はなく、農産物の形状は不規則だ。いずれも人手は必要であり、ロボットとの分業ではなく人との協調が不可欠になる」

 ――課題とされていることはありますか。

 「人とロボットがうまく調和できない環境で、人間の行動範囲や能力が制限されたり商品を破損させたりする「ロボハラ」が現場の質を下げてしまう問題がある。人間の存在を前提とせずにロボットが動く職場で起こりやすい。現場の主体がロボットに代わると、人間は『今日はこれだけの仕事をした』と実感が持てなくなり、労働現場に必要な主体感が損なわれる」

 「食品に有害物質が混入する問題が発生した工場に監視装置が設けられたケースも主体感の欠落をよく示している。不正監視用に人間の手元を映し続けるカメラに装置としての絶対的な信頼が移れば、人間は不良品発生の要因の一つになってしまう。協調型ロボットも人間の不規則な動きに対応できずにぶつかって作業停止を繰り返して生産性が落ちれば、現場では人間側の失敗と認識されてしまい、人間の主体感を奪う」

 ――ビジネス上の不利益にもつながりますか。

 「ロボハラの対象は人だけでなくモノにも広がる。たとえば幅3センチのイチゴをつかみ、90度動かしパックに詰める作業をロボットで進めるとする。ただ、2センチや5センチのイチゴは珍しくなく、それぞれに商品価値もある。それでも一括制御のロボットでは5センチあるイチゴを潰してしまったり、2センチのイチゴをつかめなかったりする。一定の数値以外のイチゴの商品価値を判断できずに破壊する問題点がある。農業で導入する場合には注意が必要だ」

 「ロボハラは即時に不利益とわかる『急性』と、時間がたってから発覚する『慢性』に分類できる。イチゴだけでなく、人間の存在を感知しないまま動き続けて人間を傷つけるケースはその場で状況がわかるので急性だ。慢性ロボハラとはその場の危害がないために後になって発覚するケースだ。災害現場で処理すべき物質を『例外』とみなしてそのままにしておけば、後に二次災害を引き起こす原因になる。見込んだ生産性が得られなかったり、思わぬ事故でコスト増につながるリスクもある」

 ――ハラスメントを防ぐにはどのようなロボットが必要になりますか。

 「触れただけで対象物の固さを感知し力加減を調整できる『力触覚』が必要だ。人間はものに触れれば対象が鉄のような固さか、スポンジのような柔らかさか、弾力の有無なども当然のように即座に感じ取ることができる。対象物を傷めたり落としたりすることなく適度な力加減でつかみ、置くことができる機能がロボットに加われば、特に急性ロボハラへの効果がみられそうだ」

 ――力触覚を認知する仕組みと応用できる技術について教えてください。

 「従来のロボットの動きをコミュニケーションにたとえれば、対象物や人間を相手とした『一人称コミュニケーション』だ。そこに人間が最新情報を入力し改善を図れば『1.5人称』となる。力触覚で実現できるのは、触れることで対象物の変化をリアルタイムで感じつつ自らの行為を適応させる『二人称コミュニケーション』だ。人と人が会話をするように即時に反応する意思疎通のことだ」

 「人にぶつかれば皮膚の柔らかさを認知して動きを弱め、つかんだ農産物を潰さずに移動できるようになる。農場や災害現場、土木現場、人体内など秩序立っていない環境で瞬時の反応が必要な場合に役立つ」

 「対象物の位置ずれや大きさの誤差はバネで吸収できる。圧力センサーなどの各種センサーでは動作環境を測定できる。最近では現場の動画像を高速解析する手法も普及しつつある」

 ――「現場の匠」が減るなかで、競争力の維持にもつながりますか。

 「接触動作をロボットに任せることができれば、これまでは職人にしかわからなかった力加減や触感がデータとして残しやすくなる。高齢化で熟練者が引退しても技術の継承はしやすくなりそうだ」

 「ロボットは将来的に、特定の作業だけでなく一体で多様な作業がこなせる存在になると期待されている。用途に合わせてアプリのように『行為コンテンツ』をインストールする『手足のついたスマートフォン』のようになるだろう」
(聞き手は企業報道部 川崎なつ美)[日経産業新聞2017年3月7日付、日経電子版から転載]

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