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脱・痛勤 快適さ、金払っても

脱・痛勤 快適さ、金払っても

 電車は遅れるし、すし詰めで、会社に着くとぐったり。共働き社会で忙しさが増し、満員電車への不満が高まっている。ラッシュのストレスは働く意欲を減退させ、働き方改革にもつながる問題だ。人々がモノよりも心のゆとりを重視するようになったことや、東京都の小池百合子知事が「満員電車ゼロ」を公約に掲げたのを機に、個人や企業が脱「痛勤」に向けて発車オーライ。

620円、自腹で特急通勤

通勤ラッシュ(東京都江戸川区)

 2月上旬午後6時45分。小田急電鉄の新宿駅で藤沢行きの「特急ロマンスカー」はほぼ満席だった。リクライニングシートに身を委ね、体を癒やすスーツ姿の男性が目立つ。「プシュッ」。ビールの缶を開ける小気味良い音が車内に響きわたる。

 「共働きだから家に帰ったら家事をしないといけない。窮屈な電車で疲れ果ててからだとつらい」。神奈川県藤沢市の会社員男性(35)は切実な表情でこう話す。藤沢までの約1時間、休んで体力を温存するという。

 普通列車で通勤していたが、1年ほど前にロマンスカーに変えた。特急料金620円は自腹だが「肉体的にも精神的にも楽になった。価値はある」と実感を込める。

 「一日を振り返るには最適。明日のいい仕事にもつながる」と話すのは神奈川県鎌倉市の会社員男性(46)。週1~2回ほどロマンスカーを使う。同僚と缶ビールで一杯を楽しむこともある。

小田急ロマンスカーで帰宅する鎌倉市内在住の会社員男性

 "ロマンスカー通勤族"が増えている。特急料金と運賃をあわせると2倍の負担となるが、最近はほとんど席が埋まる。

 同社は通勤時間帯のロマンスカーの運行本数を増やしてきているが、「複々線化」が完成する2018年3月には35本とさらに5本増やす。西武鉄道や東京地下鉄(東京メトロ)などが手を組み、3月下旬から有料指定座席列車の運行を始める。

 有料指定座席ニーズの高まりから浮かび上がるのは「もう耐えられない」という通勤者の叫び。社会のイライラは増しており、リュックすら後ろに背負えない。

 そもそも「朝早くオフィスに行く必要があるのか?」。東京急行電鉄は「通勤スタイル」を変えてもらおうと考えた。

 オフィス代わりに使えるシェアオフィス「ニューワーク」の設置を進め、今春までに郊外の沿線の駅周辺など50カ所に設ける計画。出勤前に仕事をこなすといった利用を想定。朝の通勤ピークを平準化する狙いもある。

 横浜市の30代の女性会社員はあざみ野駅から渋谷駅に通うが、週2回ほどニューワークを使う。会社から同オフィスでの勤務を認められた。40社が東急と契約、月に1000人が利用する。

 同社は田園都市線で朝のラッシュ時に系列バスを使ってもらう実験も始めた。電車の定期券があれば追加の料金無しでバスに乗れる。昨年7月から始めたところ今では350人が利用。3月末まで続けることにした。

 東京メトロは東西線で早朝に電車に乗ると、最大2万円分の商品券が当たるキャンペーンを展開中。今回で11回目だが「参加者が増えてきた」という。起床時間を変えるのは大変だが、混雑を避けたいという思いが強まっているようだ。

自転車シェアで働き方改革

 脱「痛勤」の手段として可能性を秘めているのが、自転車をシェアする「バイクシェアリング」。ドコモとソフトバンクが普及に本腰を入れ、年内にも都内に600近い貸し出し拠点が張り巡らされる。電車と組み合わせるなど、賢い消費者はもう使っている。

点検の客回りに自転車を使う富士ゼロックス東京の中里淳洋氏(都内)

 平日夕方。会社員の女性(24)は赤坂見附駅の近くにあるオフィスを後にすると、目の前の電動アシスト付き自転車の貸し出し拠点に向かった。

 あらかじめ予約を入れた自転車に4桁の暗証番号を入力するとカギが自動で外れる。10分ほどかけて四ツ谷駅近くに到着。自転車を返し、JRで自宅のある中野駅に行く。「地下鉄のよどんだ空気より気持ちいい。自宅そばに拠点ができたら家まで自転車で帰ってみたい」。仕事帰りに買い物を楽しむ時も使う。

 ドコモは千代田区などで自治体と組み電動アシスト付き自転車のシェアリングサービスを提供する。30分150円(税別)や月2千円(同)払えば1回30分まで無料など複数プランがある。当初は日中の移動を想定していたが、ドコモ・バイクシェア(東京・墨田)の井上佳紀企画経理部長は「自宅近くで借りて会社近くで返して出社する人や自宅から最寄り駅まで使う人が多い」と話す。

 働き方改革につなげようという企業もある。富士ゼロックス東京(東京・新宿)の中里淳洋さん(33)は午前9時すぎに麹町駅近くのオフィスを飛び出すと貸出所に向かい、20分ほどのところにある取引先に向かった。

 富士ゼロックス首都圏(東京・新宿)が旗振り役となり、昨年から保守を担うカスタマーエンジニアの移動の一部に活用。同社のソリューション・サービス計画部の久我敦夫部長は「真の狙いは働き方改革だ」と明かす。保守員が修理部品を持ち運ばなくていいように相手先に配送して身軽に移動できるようにしたり、背負えるバッグも支給したりと、自転車を軸に働く環境を整える。将来はオフィスに立ち寄らずに自転車で客先に直接向かうことも検討する。「スマートな移動で社員の生産性を引き上げたい」(久我部長)

自転車シェアリングサービスを利用する都内在住の女性(東京都千代田区)

 ソフトバンクも駐車場予約サイトのシェアリングサービス(東京・新宿)と昨年11月から中野区で貸し出しを始めた。

 スマホは人口減で需要は先細る。あらゆるモノがネットにつながる「IoT」の技術で携帯網につながる機器を増やして通信収入を増やす。これがドコモとソフトバンクの狙いだ。

 米ニューヨークや英ロンドンでは1日に延べ4万人以上が利用しているという。ドコモは住宅街にも拠点を広げて配備する自転車を現在の3500台超から3月までに4000台に増やす。ソフトバンクなどは現在の約10カ所から年末までに200カ所に増やす。

◇           ◇

95%が電車でイライラ

 国土交通省の調べによると、2015年度の東京圏の主な区間(31区間)の平均混雑率は164%だった。肩や体が触れ合うが、新聞は読める程度といえる。体が触れ合い相当圧迫感がある200%程度であった1989年度に比べれば混雑は改善してきている。

 だが、マクロミル(東京・港)が東京都内と大阪府内に通勤通学している2000人を対象に昨年秋に実施した調査では、95%は「電車で何らかのストレスを感じている」と回答し、46%が「満員電車・混雑」がストレスとしている。

 回答者の70%強は40~50代。この世代は、90年代に今より過酷な満員電車に耐えてきたはずだが、通勤ラッシュは毎日の状況が予想できないため順応できない。国土交通政策研究所の報告書によると、混雑がストレスの度合いや判断力などの認知機能にも影響を及ぼしている可能性がある。

 調査では、半数以上が通勤通学に「片道1時間以上」かけていると回答。週休2日としても週に10時間。これだけの時間を満員電車で過ごせば仕事の生産性も下がってしまう。だが、ここ数年は輸送力の向上は頭打ちで混雑率の緩和も限界にきている。都内への人口流入は続いており、再び混雑率が悪化しかねない。

 小池知事は総2階建て電車の導入を掲げるが、ホームの大幅改良など「実現の壁は高い」(東京都)。足元では、鉄道会社などと連携して都内の通勤者に時差出勤などの働き方改革を促す。
(新沼大、大和田尚孝)[日経MJ2017年2月27日付、日経電子版から転載]

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