上司のおじさんに言われた 「就社じゃない、就職だ。」
ケータイ大好き!(3)
こんにちは。UPQの中澤優子です。第2回では、就職活動の様子と「カシオ」に入社し、ケータイをつくるという夢の扉をたたくまでをお話しました。今回は私がメーカーに入社し、初めての上司の「おじさん」からもらった言葉についてお話します。
「おじさん」たちへ。心から愛を込めて
私はいつもメーカー時代の先輩たちを「おじさん」と呼んでいますが、当時20代だった私にとって、40代や50代の男性が「おじさん」にあたるからという理由ではありません。たくさんの感謝や尊敬の念を込めて、愛称としてあえて「おじさん」なんです。この先もたくさんの「おじさん」が登場するので、はじめに、このことをお伝えしておきます。
YOUは、何しに"メーカー"へ?
2007年4月。2週間の本社新人研修のあと、いよいよケータイ部門での日々が始まった。仕事場は東京の東大和市。カシオ創業時の本社があった場所で、当時はカシオ日立モバイルコミュニケーションズ株式会社としてカシオブランドと日立ブランドの携帯電話の開発をしていた。
初出社日、朝8時半。来客用入り口から古めかしい応接室に通された。建物の真横の街道をトラックが走るたびに廊下が大きく縦に揺れ、窓がミシミシと軋んだ。歴史を感じつつも、最先端の通信機器である携帯電話がこんな場所でつくられているのか、と驚いた。
しばらく待つと、細身で少し猫背、少しよれっとしたポロシャツを着た父親くらいの年齢のおじさんが「ようっ」と笑顔で入ってきた。渡された名刺にあった肩書は「新規事業部 営業部 部長」。それまでの凝り固まった私の頭では、"営業"の服装は、いつでもどこでもビシッとスーツだと思い込んでいたので、正直驚いた。さらに、開口一番問いかけられた言葉に心底戸惑った。
「なあ優子。なんでまあ、こんな時代にメーカーなんかに来たの? 辛いぜぇ~」
就社じゃない、「就職」だ。
人は新しい職場に向かうとき、少なからず夢や希望、期待の類いを抱いてやってくるものだと思う。新卒ならば、なおさらだ。あの日の私だってそうだった。これからどんな人たちとどんな仕事をしていくのだろうと、それまでの人生史上1番ワクワクして初出勤したわけだが、たったひと言で鳩尾をしこたま殴られたような気分にさせられた。きっと私の顔にもハッキリ戸惑いが出ていたと思うが、そのまま部長は言葉を続けた。
「別に意地悪で言っているわけじゃなくて、格好つけても仕方がないので言うんだけど、本当に今の時代、メーカーは厳しいよ。特に通信業界で生きる道は険しい。オレみたいなのはあと10年くらいで定年退職かもしれないが、優子たちが定年になるまで、メーカーが"今のままのメーカー"である保証はない。わかる?」
さらに続く。
「一生懸命この氷河期に"就職"活動をしてきたんだろう? 優子がしたのは、就社じゃなく『就職』だよ。技術屋だけじゃなく、営業だって手に『職』をつけることができるんだから、常に前向いて、知恵絞って楽しめよ」
あの時言われたこの言葉を、10年経った今もはっきりと覚えている。今振り返るとあの時は、この「おじさん」の言う5%も理解できていなかったと思うが、当時の私の心に何よりも響いた言葉だったのだ。
「職に就く」ということ
あれから10年経った今でも100%理解できていないかもしれない。それでも、私がこの10年で解釈できたこの言葉の意味を、私の後ろを走ってくる人たち皆に伝えたい。
私自身、「企業に入ること」がゴールになりがちな世代である。私は先人たちが築き上げてきた様々な業界や企業のカラーを見比べ、参画したいと思う業界、企業を探す就職活動を当たり前のようにしてきたわけだ。これは、企業にとってはゼロからイチでも、イチから10でもなく、10を100や1000にするフェーズである。
「職に就く」ということは、大人になって考えるものだと思って学生時代を過ごしてきた。その経緯と奮闘については第1回でも書いた通りだが、さらに「入社=職に就けた」だと暗黙のうちに思い込んでいたことに、この配属初日に気付かされたのだ。
「優子たちが定年になるまで、メーカーが"今のままのメーカー"である保証はない」
「優子がしたのは、就社じゃなく『就職』だよ。技術屋だけじゃなく、営業だって手に『職』をつけることができるんだから、常に前向いて、知恵絞って楽しめよ」
私だって、壁にぶつからないわけじゃない。ぶつかったら思い切り壊してきただけである。そして、この言葉たちがなかったら、壊せなかった壁はたくさんあったと思う。
この数カ月後、世の中一般的に「営業は替えがきく」と言われるがために、通り一遍に「人脈」にすがる営業マンたちの姿と現実を見て悲しい思いをした。女は茶でも汲んでろと言われたこともある。アイデアが枯れたと言う企画メンバーに憤怒しながら、一人徹夜で企画書や仕様書を作り替えたこともある。そして、必死で見つけ、ようやく掴んだ「ケータイをつくる」という仕事が、たった5年で事業ごと消滅する。
走り続けるから出逢える景色がある
壁にぶつかる度に思った。
壁をぶち壊すために、知恵を絞り、スキルを付けよう。
何より、誰よりも強く居よう。
この壁を壊せないなら、私に夢や未来を語る資格はない、と。
文系だから? 女だから? 新人だから? 結婚したから? 子供を産んだから? 言い訳はいくらでもできるし、立ち止まるのは簡単。いつでもできる。一方で苦しいけれども走り続けるからこそ見ることができる景色があることをこの10年で学んだ。根性で諦めないのではない。苦しんで知恵を絞り続けるからこそ、出逢える景色が必ずある。
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