オンライン学習はなぜ 挫折してしまうのか
人生を経済学で考えよう(2)
こんにちは。慶應義塾大学中室牧子ゼミナールです。私たちは、「人はなぜ結婚するのか」「どういう勉強が一番効果が上がるか」など、人生や社会で感じるさまざまな疑問を、経済学の手法で明らかにしようと勉強しています。皆さんも、私たちと一緒に考えてみてください。今回は、「オンライン学習はなぜ挫折するのか」を検証したいと思います。
「ICT (情報通信技術)教育」とか「EdTech(EducationとTechnologyの造語)」という言葉を聞いたことがある人も少なくないでしょう。ICTは今、あらゆるシーンで教育のあり方を変え、可能性を広げています。映像授業やオンライン英会話、単語暗記アプリなど、既に実際に使ったことがあるという人も多いのではないでしょうか。
中でも、時間や場所を選ばずに自分のペースで自由に教育を受けることができるeラーニングやオンライン学習は、様々な制約を取り払い、教育を受けることのコストを下げ、より個人に適合した教育の提供を可能にしました。
その先駆けとなったのは、2012年にアメリカで生まれたMOOCです。これはオンラインで一流大学の授業等を無料で受講できるサービスで、現在では東京大学でも導入されており、世界中で 普及してきています。こうした流れを受けて、日本でも義務教育でのICT活用が検討されているほか、塾や予備校、オンライン英会話など既に多くのオンライン学習教材が普及しつつあります。
便利だけど、続かない!?
確かにオンライン学習の便利さというメリットは大きいのですが、一方で重要な課題も抱えています。それは、受講者のモチベーション維持が難しいということです。このため、途中で脱落する人が多く、継続率が悪いことが指摘されています。オンライン学習は、自分の都合のよい時間にいつでも学習できるという自由度の高さがメリットであると同時に、「今でなくてもいいや」と思ってやらずに先送りしてしまい、結局続けられずにやめてしまうという人が多いのです。
こう考えると、全部をオンライン学習に置き換えようというのは、やや乱暴な考え方のようです。おそらく意志が弱かったり、先送りする傾向の強い人は、オンライン学習に向かないので、そういう人を落ちこぼれさせてしまう可能性があるからです。
それでは、大学の授業はどうするのが理想的なのでしょうか。教員と対面型の授業とオンライン授業のどちらがよいのでしょうか。既にこのことを調べた研究が存在しています。
ただ、こうした研究を行う際には注意しなければならないことがあります。それは、経済学でいうところの「セレクション・バイアス」という問題です。
オンライン授業を選択する人はアルバイトなどで時間がなくて、もともと余り勉強に関心がないという人なのかもしれません。それに対して、対面授業は時間があって、勉強に意欲的な人だとすると、オンライン授業を受講した大学生と対面授業を受講した大学生だと、おのずと対面授業を受講した大学生のほうが成績がよくなることが予想されます。
学習効果を高める方法
でもこれをもって、オンライン授業よりも対面授業のほうが効果的だとはいえません。そこでアメリカで行われた研究では、授業の受講者を抽選で、対面授業とオンライン授業に割り当てて、対面授業の受講者とオンライン授業の受講者の成績の比較を行ったのです。この結果、オンライン授業のほうが対面授業よりも継続率が低く、最終的な成績も低いという結果が得られたのです。
こんな風に考えてみると、大学でオンライン授業を取り入れることにはどうも慎重にすべきのように思えます。しかし、アメリカで行われた別の研究では、対面でのやり取りを2週間に1度程度行う対面とオンラインをミックスした学習であれば、対面授業と同等の効果があげられることを明らかにしています。
つまり、オンライン学習のメリットを享受しつつ、一定の学習成果を保つためには、学習状況の管理を行うアドバイザーやカウンセラーのようなスタッフの存在が必要だということなのでしょう。
私たちの研究室では、オンライン学習教材「すらら」を運営する株式会社「すららネット」と協働し、オンライン学習の効果を高めるために、学習管理を行うアドバイザーの役割をAI(人工知能)が担うシステムに一部委託した場合に、効果があるかどうかの実験を行っています。
人間よりAIの励ましが有効?
このシステムは、受講生のレッスンの進み具合によって、オリジナルキャラクターが声をかけるシステムで小中学生を対象に約半年間のトライアルが行われました。声かけには、単なる雑談、褒める声かけ(「すごいね!」など)、努力を促す声かけ(「もっとがんばろう!」など)の3つがあり、小中学生は無作為に3つのうちのいずれか1つの声かけをするAIが割り当てられました。
その結果、オリジナルキャラクターから、努力を促す声かけをされた子どもたちは学習量を大幅に増やすことがわかったのです。アドバイザーやスタッフが学習管理を行うよりも、システムの声かけの方が、コストが低く抑えられ、さらには継続的・即時的に学習状況を把握することができるという点も魅力的です。
特に、もともと「やり抜く力」 が弱い子どもたちに、AIの声かけは学習を持続させる効果があったことから、システムを導入することで格差是正にも繋がるとも考えられます。
オンライン学習を始めとするICT教育は、非常に大きな可能性を秘めていることは間違いありませんが、新しい技術が全ての問題を解決してくれるというわけではありません。システムによる代替が進む中で、どこまでをICTが担い、どこまでを人間が担うことが効果的なのか――そのことを適宜検証しながら、ベストミックスを見つけ出していく努力が必要になるのでしょう。
(中室牧子・山越梨沙子)
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