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[ career-働き方 ]

求む経営の名参謀、
データサイエンティスト

求む経営の名参謀、データサイエンティスト

 「21世紀で最もセクシー」と呼ばれている職業は何かご存じだろうか。答えはデータサイエンティスト。統計学や情報工学を駆使してデータを解析、経営に役立つ知見を導く人たちだ。米グーグルの検索精度向上に貢献するなど、米IT(情報技術)業界隆盛の立役者ともいわれる。だが、日本にはこうした人材が少ない。追いつくための動きが出始めている。

 「先頭打者が出塁しました。送りバントとヒットエンドランのどちらが得点の確率が高いと思いますか」「過去のデータを分析すると、有意差はありません。この分析手法はCMの有効性についても応用できます」

 2月14日午後に東京・紀尾井町のヤフー本社で開かれたデータサイエンティスト育成のための社内セミナー。講師が身近な話題を使って統計学の考え方を解説する。集まった約100人のヤフーの社員たちはノートをとりながら耳を傾けていた。

分野横断の知見

 ヤフーの志立正嗣・データ&サイエンスソリューション統括本部長は「データを横断的に理解できる人材が求められている」と語る。

 ヤフーの検索サイトでは、画像を探す人が増えている。目当ての画像をネットから正確に速く提示するには、これまで以上に大量のデータを迅速に処理しなければならない。さらにヤフーは消費者がネットで見ている広告や、商品の購買履歴を分析し、どのようなサービスが求められているのかを探ろうとしている。

 ヤフーはデータサイエンティスト育成のための社内セミナーを月1回程度開いている。自社の研究所では、東京大学とはスマートフォンのアプリの位置情報を使った人の行動パターンの解析、奈良先端科学技術大学院大学とは、個人投資家がどのような金融情報に関心を持ち、それが投資行動にどう結びついているのかを研究する。

 SNS(交流サイト)で情報を発信する人が増え、あらゆるモノがネットにつながる「IoT」も普及し、大量のデータを集めやすくなった。だが、集めただけでは何の価値も生まない。それらを分析し、意味のある知見を見つけるのがデータサイエンティストだ。

 だが、日本の産業界の状況は厳しい。情報処理推進機構の「IT人材白書2016」によると、IT人材に占めるデータ分析技術者の割合は1%に満たず、実数でも1万人に届かない。

 予備軍も少ない。文部科学省の科学技術白書(16年版)は、データ分析の訓練を受けた大学卒業生が米国では年に2万4730人いて世界1位になっているのに対し、日本には3400人(同11位)しかいないことを指摘している。

 「このままではグーグルや米アマゾン・ドット・コムに事業を全部持っていかれる」。データ分析人材の育成を後押しする産学連携組織、データサイエンティスト協会の橋本武彦事務局長は危機感を隠さない。

 日本でも、人材を先んじて確保している企業は成果をあげている。

 コンサルティング大手のアクセンチュア(東京・港)は全世界で約1300人のデータサイエンティストを擁する。小売店でのPOS(販売時点情報管理)のデータにとどまらず、SNSの投稿内容を分析、売れ筋商品を予測したり、販売促進策を企画したりする。

 アクセンチュアの工藤卓哉マネージングディレクターは「データサイエンティストがいるからこそ、広い視点で説得力のある経営改善策を提示できる」と話している。

 「あー、爪がかけちゃった」「あの部品に触ったらビリッときた。ちょっとした感電事故だな」

 2016年春、トーマツにデータサイエンティストの「卵」6人が入った。無党派層の投票行動や口コミの購買への影響などを大学で学んだ人材で、公認会計士はいない。彼らが研修で最初に経験したのは、統計やプログラミングの講習ではなく、パソコンの組み立て。2人1組になってマザーボード(主基板)にハードディスクやメモリー、CPU(中央演算処理装置)などをつなげる。

 データをハードディスクから直接読み込むか、いったんメモリーに移すのか、容量が限られるメモリーをどう使うのが最適か――。こうしたことを考えさせると、データサイエンティストに必須なデータの処理のノウハウが身につくという。

 会計を巡る不祥事が相次ぎ、監査法人は監査精度向上を迫られている。財務データの分析をデータサイエンティストによる全量調査に置き換えることで、経験と勘による監査から脱却を図る。

 トーマツを含む日本のデロイトトーマツグループの専門職1万1000人のうち、データ分析の専門知識を持つ人材は約300人。データサイエンティストのサポートによって、トーマツに3300人いる会計士は不正が起きる可能性が高い取引の監査に集中できる。

 SOMPOホールディングスは4月からデータサイエンティストを育成する。データ解析や人工知能(AI)に素養がある人材を社内外から募集し、3カ月間の教育プログラムを提供する。

 SOMPOホールディングスは傘下の企業を通じて自動車のドライブレコーダーから得たデータで加減速やハンドル操作などの安全面を評価し、運転手に運転手法をアドバイスしている。食生活を分析して生活習慣病になる確率を伝えるサービスも準備している。

 保険はこれまで自動車事故や体の病気などの事態発生後のサポートが主体だった。今後は運転や健康のデータを駆使した危機予防にビジネスチャンスを求める。

東大全体底上げ

 企業に人材を送り込む大学も動き出した。

 東京大学2月1日、数理・情報教育研究センターを開設した。東大は17年度から大学院を含むすべての学生のデータ分析知識の底上げに踏み切る。同センターが教育の中心となる。データ分析に必要な数学や統計と、実際の解析作業に必要なソフトの活用やシステム構築の2つが柱だ。

 文科省は16年12月、データサイエンス系教育・研究を推進するプロジェクトの拠点校に東大のほか、京都大学や九州大学など6校を選んだ。6校が蓄積したノウハウは他の大学と共有する。

 膨大なデータから有益な情報を見いだすには知識と経験が必要だ。一朝一夕の教育では人材確保は難しい。しかも、AIが発達すればデータ分析が自動化されてデータサイエンティストが不要になるとの見方さえある。

 せっかく育てたのに無駄だった――。こんなことが起きないようにするには、将来を見据えたデータサイエンティストの育成のあり方を考えなければならない。

 ▼データサイエンティスト 不定形なデータを分類して特徴やパターンをつかんだり、有用な情報を抽出したりする専門家を指す。製造業の場合、データをより「見える化」することで品質の欠陥を起こす原因を突き止め、生産性向上につなげられる。
 みずほ情報総研によると、国内にはデータサイエンティストを含む先端IT人材が2016年には約9万7000人いるが、20年には約4万8000人不足するという。人材育成で先行する米国でさえ、18年には14万~19万人不足するとのデータもある。

(流合研士郎、森国司)[日経産業新聞2017年2月23日付、日経電子版から転載]

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