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[ career-働き方 ]

食の訪問記(1) オークスハート(上)「飲むお酢」はどうやって造るのか?

平井幸奈 authored by 平井幸奈株式会社フォルスタイル代表取締役CEO
食の訪問記(1) オークスハート(上) 「飲むお酢」はどうやって造るのか?

 ブリュレフレンチトースト、黄金比グラノーラ、ドラフトコーヒー......。美味しいを生み出す食のプロデューサー、株式会社フォルスタイル代表取締役平井幸奈です。本企画は私が日頃から注目している日本の食の老舗ブランドを訪問し、体当たりでインタビューする企画です。長く愛される"日本の一流の食"の秘訣、伝統の守り方、育て方、そして新たなる挑戦と描いている未来についてじっくりとお話を聞いていきます。

 第1回目の訪問先はオークスハートです。岐阜県八百津町で140年以上続く老舗の内堀醸造が製造するお酢を販売し、新しい酢の文化を発信している日本初のお酢の専門店。"酢の美味しさ新発見"をコンセプトに、2003年に誕生しました。代表取締役の内堀光康さんは自ら「デザートビネガー®」を考案。調味料であった酢を、飲み物の一つとしての市場を作り上げた、酢の文化を創造する専門会社です。

代表取締役の内堀光康さん
会社概要
オークスハート株式会社
事業内容:酢の製造・販売。飲み物の1つとしての酢の使用を作り上げた専門会社。
設立:2003年創業、2013年法人設立

訪問のきっかけ

 私が百貨店で自社のフォル・グラノーラを販売していたとき、目の前の売り場がオークスハートでした。オークスハートを目がけて続々とお客さんが押し寄せ、飛ぶように売れていくデザートビネガー®。その商品力に驚きました。ある日営業を終えて閉店後に、「余ったからどうぞ」と感じのいい店員さんがデザートビネガー®を一杯くださったのですが、その味が忘れられません。どっと疲れていた心と身体に染み入りました。テレビなどメディアでも大活躍、「酢ムリエ®」でもあるオークスハート代表取締役の内堀光康さんにお話をお伺いしました。

平井 八百津町は初めてきましたが、大自然に囲まれていて空気の澄んだ素敵な場所ですね。

内堀 この内堀醸造の工場見学は、八百津にお越しになった時点で終わりと言っても過言ではありません。ここに来て山を見て、川を見て、深呼吸をしていただくことが一番です。酢を作るのに必要な酢酸菌は、綺麗な空気と澄んだ水があるところでなければ生きられません。私がどれだけ残業しても酢はできないわけでございます。

入り口にある「酢造りは酒造りから」

 つまり酢酸菌が元気に働けるように環境を整えてあげることが、酢造りにおいて最も重要なことだと考えています。変えてはならない伝統的な考え方と、科学的方法の実践、技術革新への積極的な対応を行っておりますが、酢酸菌を元気に働かせるために私たちは、24時間酢酸菌の健康管理に目を光らせています。

酢の原料はお酒

平井 「酢造りは酒造りから」と入り口に大きく掲げられていましたが、その背景を教えてください。

内堀 酢を造るのは酢酸菌でございますが、その原料はお酒です。お酒のアルコール分を酢酸菌が酸化させて酢ができあがります。そこで、飲んで美味しい酒じゃなくて、酢にして美味しい酒を造るのです。つまり初めから酸っぱい酒を作るわけです。これはお酢屋さんなければ造れない。

 お客さんによく「お酒が古くなると酢になるのよね」と言われるのですが、それは違います。我々は最初から酢にすることを目的としてお酒を作っています。そのお酒を沸かせる仕事をする酵母も、やはり綺麗な空気が必要です。いい空気と、低温で酵母が活躍し始める環境を作ると。なので温度調整の難しい夏場は米酢のプレミアムシリーズはあまり造りません。

平井 そのお酒の原料は何でしょうか。

内堀 酵母が何に反応すると酒ができるかというと、それは糖分なんです。ということは酢にするためのお酒の甘みをどうやって作るかということに全精力をそそぎ出すわけです。

醸造中の酢

お酢を試飲

平井 糖分があれば何でも酢を作ることができるのですか。

内堀 そうなのです。中でも世界にアピールしたいのは麹菌。麹菌は日本醸造協会により国菌に認定されました。アメリカ人には「米にカビを生やして、甘くしたようなものを食べてもいいのか」と不安がられました。2005年には麹菌(Aspergillus oryzae)の全遺伝子配列が明らかにされ、安全性について高い確証を得ることができました。麹菌がお米に働いて、できあがった甘い糖分は湿度のある日本の環境独自のものです。このカビがお米を甘くするというのは日本にしかないんですよ。この麹菌とお米から造られるのが米酢です。

手間がかかる割に単価が低い

平井 酢を作るのには、麹菌とカビと酵母を使わなければならないのですね。

内堀 そうです。一般に微生物産業というのは3つの微生物を扱います。一般生菌とカビと酵母の3つです。例えばヨーグルトは菌、ビールは酵母、日本酒はカビと酵母、というようにどれも1つか2つは使う。しかし、酢は菌とカビと酵母の全てを使わなければ成り立たない産業なんです。その割に単価が低く、商圏も400億円程度しかない。

内堀さんと記念撮影

平井 とてつもない手間がかかっているにも関わらず、単価が圧倒的に低いのですね。

内堀 はい。そして根本的に、酢は短期間で造って売ることができない商品です。糖分を用意して、お酒を用意して、酢酸発酵させて、酢ができて、このできたてのお酢はすぐ売った方がいい味か、それとも寝かせて熟成させた方がいいか検討しなくてはならない。

 つまり先に造っておいてしか売ることができないということです。引き出しにどんな酢があって、どれが面白いストーリーを持っているかという、自分の懐から出さなければならない。新しい酢を造るときは、売れるのかどうか考えるのではなく、まず造ると。(つづく)

樽から酢を取り出す内堀さん