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[ skill up-自己成長 ]

「世の中を変えるのは映画だけじゃない」
芸大で気づく (下)

「世の中を変えるのは映画だけじゃない」芸大で気づく (下)

 俳優、映画監督業のかたわら、社会起業家として活躍する伊勢谷友介氏(40)が語る、東京芸術大学時代の思い出。芸大時代に映画の面白さに目覚めた伊勢谷氏は、映画監督への道を始める。だが、それが自分の最終目的でないことに気付き、今度は、社会起業家を目指し始めた。

<<前回「デザイナーになりたかった~伊勢谷友介氏の芸大時代」から読む>>

◇  ◇  ◇

大学院に進み、本格的に映画を撮り始めた。

 大学院に進んだのは、一人親だった母親の意向もあります。母は昭和初期の人間なので、学業が身を助けるという信念があり、子供たちには大学院まで出てほしいという希望を持っていました。

 幸い、私はモデルの仕事でためたお金があり、母に甘えずに授業料も払うことができたので、大学院に進むことにしました。

 大学院では本格的に映画づくりに取り組みました。一般の大学では修士号論文にあたる作品も、映画。在学中に実際に制作したのは短編ばかりでしたが、大学院を卒業するころには、上映時間2時間の劇場公開作品のプロジェクトにも取りかかっていました。

「美校」と呼ばれる芸大美術学部の正門。「音校」と呼ばれる音楽学部と道を挟んで向かい合っている=東京都台東区

 そのころは、私の将来ビジョンも明確で、何をやりたいのかと聞かれたら、映画監督をやりたいと、いつも言っていました。

 ところが、ある時、自分の目的は映画監督になることではないと気付いたのです。

 2作目の脚本を、代々木公園のベンチで書いていた時です。昼間でしたが、ベンチに寝そべっていたら、頭上に月が出ていました。ぼんやりと月を眺めながら、「そもそも俺は、そして人間は、何のために生きているんだろう」とふと思ったのです。誰もが一度は自問自答する問題だと思いますが、そう考えた瞬間、自分の中で何かが変わりました。

 それまでは、映画監督になることが自分の目的だと思っていましたが、実はそうではなく、映画監督は、自分の作品を見た人の人生が少しでも変わる、その結果、世の中が少しずつ変わっていく、あくまでそのための手段にすぎないと思ったのです。

8年前、32歳の時に、リバースプロジェクトを立ち上げた。

 人間が生きる意味は何だろう。そう自分に問いかけて出した答えは、種として生き残ること。そして、そのためには、人間が生存し続けていける地球を残さなくてはいけない、未来を創造していかなければならない。その目的のために自分の命を使いきろう。そう思いました。

 それは27歳くらいのときでした。そこから目的達成のために何をすべきかいろいろと考え、32歳の時にリバース(rebirth)プロジェクトを設立しました。

 私は、リバースプロジェクト自体が、私のアート作品だと考えています。アートという言葉はもともと、技術を意味するアルスから来ています。その技術はどんな技術かというと、人が生きるための技術。つまり、アートは、人が生きるための未来を創造する役割を担っているのです。リバースプロジェクトの目的も未来の創造にあります。ですから、リバースプロジェクトは、私にとってアートであるわけです。

新ブランド発表の会見で大塚家具の大塚久美子社長(左)と握手を交わした(2月9日、東京都江東区)

 では、具体的に事業として何をしているかというと、例えば現在は、大塚家具とのコラボでアップサイクル家具ブランド「Un-TIQUE NEWTIQUE」を立ち上げ、アップサイクル商品の普及に努めています。

 アップサイクルとは、古い商品を単にリサイクルするのではなく、職人やアーティストの力を借りてリメークし、さらに付加価値を付けた商品のこと。Un-TIQUE NEWTIQUE は、大塚家具が下取りした古い家具をリメークした商品で、骨董品とも違うから、あえてアンティークのアンを An ではなく Un としました。

 地球の限りある資源を有効活用するアップサイクル市場が拡大すれば、環境問題への一つの解決策にもなり、ひいては気候変動への影響を抑えることができる。人類が生存し続けることができるための地球環境を残すというリバースプロジェクトのミッションにもかないます。

これからも、映画関係の仕事と実業家の二足のわらじを履いて活動する。

 事業の手ごたえはこれからですね。現在、リバースプロジェクトのスタッフは約20人。私たちの掲げる考え方やコンセプトに賛同し、実践してくれる人をもっと増やしていくためには、まだ力不足です。世の中を変えるほどの影響力を持つためには、会社をもっと大きくしなければいけないと考えています。

 自分の俳優としての知名度は、そのためのメリットになるのかなと思っています。ただ、映画の仕事は、けっして事業を大きくするためにやっているわけではありません。映画は映画で、楽しんでやっています。

「考えの出発点になっているのは芸大で過ごした日々」と話す

 先ほど、リバースプロジェクトはアートだと言いましたが、それはまた、映画の制作ともよく似ています。どういうことかと言うと、企業活動を通じて世の中を変えて行くためには、例えば、人工知能(AI)やクラウドファンディングなど、最先端のテクノロジーや経営技術を駆使してプロジェクトを効果的に展開していくことが必要です。映画も同じです。新しい撮影技術や映像技術を使うことで、見る人の心の中に感動を呼び起こし、その人の人生観や価値観に影響を与えることができるのです。

 振り返ってみると、そもそも、こうした私の考えの出発点となっているのは、芸大で、同じくアーティストを目指す多くの人たちと出会い、その中で、アートって何だろうと自分なりに考えながら過ごした日々にあると思います。

 そんな中で、映画の面白さにはまり、映画監督を目指し、その結果、世の中を変えることができるのは映画だけじゃないと気付いた。それが、今の私にとって、芸大での一番の収穫だったのではないでしょうか。
(ライター 猪瀬聖)[日経電子版2017年3月20日付]

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