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[ skill up-自己成長 ]

教科書は街おこし(7)経営者で大学講師の父より
息子への10の進言(下) 学外編

久米信行 authored by 久米信行久米繊維工業会長
教科書は街おこし(7) 経営者で大学講師の父より息子への10の進言(下) 学外編
撮影協力:神田外語大学

 経営者で大学講師の父より息子への10の進言の後編です。前回の1~5は主に大学内での生活中心に書きました。今回は主に大学の外の世界に目を転じた進言です。

6 1日1回は運動と瞑想をして心をリセットする

 履修科目を自由に選べる大学生は、毎日定時に始まって終わる高校生に比べて、生活が不規則になりがちです。恥ずかしながら、私もなるべく朝一番の講義を選ばずに寝坊を決め込み、夕方以降は友人たちとダラダラ過ごしていました。部活やゼミ活動などの後で深夜に飲食という不健康な日々を送りがちでした。さらに大学生活では心の健康も危うくなりがちでした。なぜか講義では、人口爆発、環境破壊、水や食糧不足、新興国による経済力逆転など、来たるべき未来の不安をあおられたからです。もともと将来には悲観的で危うかった私の精神が、さらにおかしくなりかけたのです。もしも元気で楽観的なゼミの恩師、平野先生に出会わなかったら、悲しいほど暗い大人になっていたでしょう。

 つまり、大学生活では今まで以上に「自分で自分の身心の健康を管理する」意識と習慣を持つことが大切です。それはきっと社会人になっても役立ちます。働き始めれば、仕事に追われて自由時間も少なくなり、もっと強烈で現実的なストレスに晒されます。自分自身で健康管理を工夫する必要に迫られるのです。

 私も50代になって「健康こそが地位や資産に勝る一番の財産」だと実感しています。人生の最盛期を迎えて、実現したい夢とやりたい仕事が明確になり、それを実現できる能力や条件が整ってきました。それなのに、体が昔のように動かず、根気もなくなるとしたら寂しくて情けないとは思いませんか? 残念ながら、自分の性格・体質・ライフスタイルに最適な身心の鍛え方、保ちは、大学の講義でも企業の研修でも教えてはくれません。自分で自分の体や心と相談しながら、色々な方法を試しながら編み出すしかないのです。

 私が20代に会社勤めをしている時に、苦手な上司が着任し、部門内がギクシャクしたり、一部の同僚からも浮いて孤立したことがありました。今考えれば、どんな企業でもありがちな環境でしたが、初めてのことで戸惑いました。厳しいゼミ生活や、飛び込みセールスで鍛えられたはずの私も、さすがに精神を病みかけて、顔面が無意識にピクピクして止まらなくなりました。

 もちろんお医者さんに行って治る類いのものではありませんでした。いろいろ試して至った私なりの結論は「心の悩みは体を動かすことでしか解決しない」ということです。具体的には、自転車やジョギングなどゆるい有酸素運動を仕事の後に30分以上続け、ナチュラルハイになって頭を空っぽにするのです。また、入浴後、寝る前に、ゆったり呼吸をしながら体を気持ちよく伸ばすヨガのようなストレッチをすれば、熟睡できることにも気づきました。頭のメモリにゴミのように残っているストレス要因がクリア、リセットされるのでしょう。

 実は、もともと10代の頃から私は鬱気味で不眠症だったのですが、それ以来、すぐ眠れる体質に変わりました。人生も後半に入った10年ほど前から、ありがたいことに経営者の本業以外にも忙しくなりました。講師、執筆、地域おこし、NPO活動などの依頼が増えたのです。その結果、体調管理のための運動時間がなくなってしまい、片道1時間の自転車通勤を始めました。本が読めなくなるのは残念ですが、ラッシュアワーの電車に乗った後、閉鎖空間のジムで走るよりは、季節の移り変わりや街の息吹も感じられて、身も心もリセットできます。寝る前のストレッチに体幹トレーニングを加えるなど工夫もしました。工夫をすれば、お金と時間をかけずに体を鍛えることもできるのです。

 かつては、太りやすい体質に生まれたことを残念に思いましたが、今は逆に感謝しています。太らない普通の人たちよりも、食生活や運動に関して勉強をして、日々努力する習慣が身に付いたからです。もし何を食べても太らない人だったら、毎日、体組成計に乗って、体重、筋肉、体脂肪などを見る楽しみも味わえなかったでしょう。

 もともとストレスに弱かった悲観しがちな精神にも、今は感謝しています。藁をもすがるつもりで世界中の瞑想法を試しているうちに、自分流の瞑想ができるようになったからです。今では、ありがたいことに、仕事をしながらも半分は瞑想状態でいられるので、思いがけずアイディアがひらめくことも日常茶飯事となりました。

 古今東西、瞑想の基本は似通っています。

1)調身=背筋を伸ばして肩の力を抜いてリラックス
2)調息=吐く息を中心にゆったり深呼吸
3)調心=何かに集中して心を空っぽにすること

 自分にあった瞑想法を、自分で色々試してみてください。誰の身心にも眠っている潜在力を発揮するカギは、日々の瞑想にあると考えています。

7 生涯楽しめるオタク的美意識を拡張しながら磨きあげる

 「21世紀はオタクが切り拓く」というのが私の持論です。この10年間、私の明治大学の講義で完走する学生たちは「これだけは誰よりも好きで詳しい」モノやコトを持つオタクばかりだったからです。大学時代は、オタク的美意識を拡張しつつ磨く、人生で最良の期間です。自分で時間をコントロールできますし、オタクの王とも言える大学の名物先生はもちろん、オタク仲間の先輩、親友を見つけて交流することもできるからです。

 私の理想は、生涯をかけてタモリさんのような「幸せな人」になることです。ブラタモリを見ればわかる通り、タモリさんは、地形や地層、鉄道、歴史的な文物......、眼に映るものすべてに関心を抱き、驚くほど深い造詣を持っています。それだけではありません。タモリ倶楽部に登場するような、各界のちょっと変わった無名の達人たちや、クセのある芸人たちにも敬意を表し、心を通わすことができるのです。NHKゴールデンアワーの知的番組から深夜のサブカル番組まで、素のままでカバーできるのはタモリさんぐらいでしょう。

 タモリさんのように、興味の対象が幅広く、眼に映るどんなものを見ても面白がることができる人は「脳のパラボラ力」が高いと言えます。60数個のパラボラアンテナで宇宙の果てまで見ようとするアルマ望遠鏡のように、脳の中にたくさんのパラボラアンテナを有しているようなイメージです。

 同時に、タモリさんは一瞬だけ面白がって終わりではなく、誰よりもじっと見つめて、さらに深く味わう達人だと思います。言わば「心のズーム力」も高いのです。宇宙空間に浮かぶ巨大なズームレンズ、ハッブル望遠鏡のように、興味のある一点を凝視し続ける特別な好奇心を持っているわけです。

 脳のパラボラ力と心のズーム力は、行動時間と範囲の自由度が高くて、学生割引も使える大学生時代にこそ鍛えたいものです。それは社会に出てから生涯役立つ力であり、幸福を感じ取る力、新しい仕事を産み出し変革していく力にもつながります。ぜひとも、未知のジャンルや苦手なテーマも選り好みせず、パラボラアンテナとズームレンズを増やして行きましょう。

 21世紀の日本では「観光地域づくり」が産業の要になります。アジアはもちろん世界中の人たちが、日本を訪ねたい、働きたい、暮らしたいと思う国にすれば、少子高齢化の問題もクリアできるでしょう。そのためには日本でしかご当地でしか味わえない文化・芸術への深い造詣が必要です。その上、最先端の技術にも詳しく、古いものと新しいものを自在に組み合わせられる人財が求められます。温故知新の精神で商品やサービスを創造しなければなりません。

 残念ながら、日本の教育システムは、そんな人財を育てるようにはできていません。だからこそ、学内での講義や読書はもちろんのこと、キャンパスを飛び出して映画、美術、音楽などを手当たり次第に味わい尽くしましょう。君には、古典or現代作品、文系or理系、ハードorソフト、美術or科学、仕事or遊び、東洋or西洋といった二分法を超えてクロスオーバーに発想できる人財になってもらいたいのです。

8 バイトやインターンで様々な現場と人に出会う

 情報や知恵は現場に蓄積されています。ビジネスのヒントやチャンスも現場で見つかるものです。大学生は、様々な業種や職種の現場を知るチャンスに恵まれています。バイトやインターンを通じて、現場の最前線で何が起きているか、誰がどんな気持ちで仕事に取り組んでいるか学んで欲しいのです。

 私も高校大学時代には、レタス畑の収穫から競馬場のガードマンまで50種類ぐらいの現場でバイトをしました。短時間でたくさんのバイト代を稼げる仕事を渡り歩いたので、引っ越しや調理場清掃まで、キツイ肉体労働もたくさん経験しました。その経験を通じて判ったのですが、私にとって一番辛かったのは、一見すると楽そうなガードマンや交通量調査員でした。とにかく時間が長く感じられ、時計をチラチラ見ながら過ごしたことを思い出します。収穫が進んだり現場が片付いたり、眼に見えて仕事が進んで達成感が味わえる肉体労働の方が、充実した時間を送れることも知りました。

 思い切って住込みでスキーのインストラクターのバイトに挑戦したことも、良い経験になりました。たとえバイトとはいえ、お客様気分でお金を出して教わるのと、プロの教師としてお金をいただいて教えるのでは厳しさが違います。スキー技術や教え方はもちろん、お客様方とのコミュニケーションスキルなど何から何まで勉強になりました。

 教科書もマニュアルもないので、叱られながら、真似して盗むしかありません。机上の空論で頭でっかちの人よりも、現場で長年経験を積んで来た人の方が偉大で尊敬に値すると思い知ったのです。学生時代には想像もしませんでしたが、私は企業研修や経営者向けの講師を勤めることになり、大学でも教えるようになりました。年上で格上のビジネスパーソンから、年下で人生初心者の学生まで、未熟な私が教えなくてはならないのです。この時、スキースクールのバイト経験が大いに役立ちました。一方通行でスキー技術を教えるのではなく、想像力とコミュニケーション力を働かせて相手が望みを探り出し、その時「最良の言葉」を見つけて投げかけるのです。

 またうらやましいことに、君はインターンという私たちの学生時代にはなかったチャンスを活かすことができます。私たちの会社でもインターンを受け入れたことがあります。実際に企業の現場に入って、経営幹部からスタッフまで身近に接しながら仕事ができるのは、昔なら考えられないほど恵まれたチャンスでしょう。そこでは、企業が直面している課題を学生の目線で解決するようなワークショップも開かれるはずです。

 現場でスタッフのみなさんと対話しながら課題を見つめ、経営者の気持ちで方策を練る経験から、大学では学べない何かが得られるでしょう。ぜひとも、大学の教室に縛られず、バイトやインターンを通じて現場での学びの機会を見つけてください。

9 留学支援制度を活かして海外から日本を見る

 残念ながら、私は留学の経験を積むことができませんでした。しかし、もし今一度、学生生活を送ることができるなら、真っ先に留学を考えるでしょう。とは言え、単なる語学研修のために、留学を勧めているわけではありません。視野を広げて、世界と自分を見つめ直す好機にしてほしいのです。明治大学ベンチャービジネス論を受講してくれた過去10年の印象的な学生たちを思い出すと、海外からの留学生が多いことに気づきます。また日本人でも優秀でやる気のあるのは留学経験のある学生が多かったのです。

 わざわざ海外に留学してまで学びたいという学生たちは、志の高さが違うのでしょう。留学した学生は、好むと好まざるとに関わらず、留学先と自国の文化の違いを実感することになるでしょう。まさに「よそ者、若者、馬鹿者」として、留学した国の美点と欠点を、同時に自国の長短所を考えることになるのです。

 おそらくは、どちらの国も好きになった上で、それぞれの課題が見つかるはずです。その課題解決が、将来の天職やライフワーク探しにつながるかもしれません。寂しいことに、就職人気ランキングや給料・福利厚生などの処遇や、指導教官や先輩の薦めを盲信して就職先を決める学生は少なくありません。しかし、留学で世界に飛び出せば、きっと進むべき道も違ってくるでしょう。

 これからは世界の中心が、アジアや環太平洋地域にシフトします。さらに日本から中国、台湾、韓国などへ日帰り出張が当たり前の時代になったのです。そんな新時代だからこそ、ご近所の国々から来た留学生たちと仲良くするだけでなく、ぜひ君も興味のある国を見つけて留学してほしいと思います。幸か不幸か、留学制度がますます充実しているにも関わらず、留学を希望する学生は減っているそうです。ぜひこのチャンスを活かして、世界の中の日本を外からも見つめ、世界と日本に貢献できる人財になることを目指してください。

10 月に1度は、NPO 活動で社会にお返しする

 今この時代に日本に生まれ、大学で学べるということは、世界中の大多数の人たちよりも、はるかに恵まれているということを忘れてはなりません。残念ながら、大学で学んだ知識や、そこで得られる職業や地位を、自分のためや身内のためだけに使おうという人も少なくありません。もちろん、多くの同級生よりも精進して得られた成果ですから、応分の報酬を得るのは当然でしょう。しかしながら、自分が恵まれていることに感謝をして、社会にお返しできる人になってほしいのです。

 私の祖父は、引退後、業界の組合や職業訓練校、地元の氏神さまの氏子総代などの公職で奉仕をしました。私の父は、生涯現役ながら、地元の消防団体の役員を勤める他、新日本フィルハーモニー交響楽団などの支援を続けました。私も、今は亡き2人に習って、地元の観光地域づくりの他、各種NPO の活動を微力ながら応援しています。

 その経験から、君にも大学生時代から月に1度でも良いから、できる範囲でNPO等の社会貢献活動に参加してほしいと願っています。それも、父ゆかりのものではなく、自分自身で選んでほしいのです。専攻や部活などに関連するテーマでも良いでしょう。

 例えば、日本財団の団体情報データベースCANPANなどを活用すれば、地元で、それも関心のあるテーマで活動するNPO を調べることができます。まずは、その団体のイベントなどに参加しているうちに、自分が参加したいNPOも見つかるはずです。

 NPO活動に参加すれば、志が高い大人にたくさん出会うことができるでしょう。本業だけでも忙しいのに自由時間を削り、お金にならないどころかお金を寄付してまで、社会貢献活動に尽力する人たちです。利己ではなく利他のため利害関係抜きで働く姿は、きっと輝いて見えるはずです。

 NPOの理事など幹部の中には、学生生活でも社会人生活でもなかなか出会うことができない、各界で活躍しているキーパーソンも多いはずです。そんな年長の達人たちと、同じ志を持って一緒に汗を流す経験は大変貴重です。ひょっとしたら、その中に師匠と呼べる人生の先輩がいらっしゃるかもしれません。多くのNPOは人財が不足しています。新しい企画を実現しようにも人手が足りないのです。学生が得意とするようなインターネットやSNS を活用したプロモーションや業務改革には手つかずのNPO も多いはずです。だからこそ「私がやります!」と手を挙げれば、その場でプロジェクトリーダーになれそうです。

 企業の中では10年、20年と経験を積むまで体験できないリーダーシップとプロジェクトマネジメントを、学生時代に実体験できるチャンスもあるのです。留学と同様にNPOでの体験も、社会課題やライフラークを見つける好機になるでしょう。企業や職業の選択、商品や事業の開発に役立つ気づきにも恵まれるはずです。

 「人は何のために生きるか?」「自分の天命と天職は何か?」。大学の内外で学び、多くの人に出会いながら、君がこの根本的な問いかけの答えを、あるいはそのヒントを自分自身で見つけてくれたら、父としてこんなに嬉しいことはありません。

 私は父から家業の後継者になることを運命づけられていましたが、君の未来は君のものであり、自由自在に決めてくれてかまいません。明治大学の教え子たちにも「両親や教師が勧める就職先は、時代遅れであることが多い」ので、あまり参考にしないようにと言っています。むしろ人気企業ランキングや、周囲の大人たちから勧められないような企業や団体を探しだした方が良いでしょう。

 大きな変革期にある今ほど、大学生として学び、自分の道を自分で選ぶ面白さと喜びに満ちた時はありません。これから君が輝かしくも楽しい未来を迎えられることを確信しています。どうぞ有意義な大学生活を、面白おかしく送ってください。