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[ skill up-自己成長 ]

実践デモクラティックラーニング(1)街を起点とし、民主主義を考え実践する
岡山大学での授業

原田謙介 authored by 原田謙介NPO法人YouthCreate代表
実践デモクラティックラーニング(1) 街を起点とし、民主主義を考え実践する岡山大学での授業

 私が非常勤講師を務める岡山大学で2017年度の授業が始まった。学生は文系理系が入り混じった1年生から大学院生まで。さらには行政職員である卒業生もいるという多様な人が集う授業だ。

 「若者と政治をつなぐ」がコンセプトのNPO法人YouthCreateの代表である自分が、非常勤講師を始めたのは2016年度から。大学関係者のみならず、岡山に関わりのある多くの人の協力を得ながら1年間授業をやり切り、2年目も継続ということになった。

授業を始めた2つの理由

 授業を始めた理由は2つ。1つは若者と政治をつなぐための担い手づくりのため。授業のさまざまなコンテンツを通じて、大学生自身が受け身ではなく主体的に政治参画について考え、議論し、行動し、当事者意識を持ち、政治参画に取り組んでいく、という流れを作る。もう1つは、岡山を若者参画の進んだ街としていくため。この授業には大学生以外にも高校生・行政関係者・政治家・地域の方などなどに関わっていただいている。授業の場を基軸として、街全体が政治参画についての意識を高めてもらえればと思っている。

問いと意見を大事にする双方向型の授業

 そして、授業の講師は自分以外にもう一人、岡山大学地域総合研究センター助教の岩淵泰先生がいる。世界各国の参加民主主義に詳しく、岡山の街づくりの研究も進めている岩淵さんの知見と、YouthCreateでの様々な実践をしている自分の経験を混ぜ合わせる形の授業となっている。岩淵さん発案の「"実践"デモクラティック"ラーニング"」という、授業の名前にもこの意図を込めている。やや長ったらしい名前になったが、自分も気に入っている。

 岡山大学は現在4ターム制となっているため、各タームにつき1つのテーマを設定して今年度は授業を行うことにした。そのテーマは、1:民主主義とメディア 2:民主主義と行政 3:民主主義と教育 4:民主主義と若者である。4ターム目は全体のまとめも兼ねる形で大きなテーマ設定とした。各ターム120分の授業を4回ずつ行う。

 初回はオリエンテーションを兼ねた授業。ゼミに近い、10人ほどの少数の授業なので全員に簡単に自己紹介をお願いした。医療政策に関心のある医学部生や、自治体職員志望の大学院生や、なんとなく政治に関心あるから来てみたという1年生など、さまざまな学生が集まってくれた。その他、両教員の自己紹介や、問いと意見を大事にする双方向型の授業であることなどを共有した。

受講生の中には卒業生も

第4の権力としてのメディアの役割

 オリエンテーションが終了しての後半部分はさっそく授業。

 まずは岩淵さんから、こんな問いが飛んだ。

岩淵 「普段、どのように情報を集めているか?」

 学生からはやはり「Yahoo!」「google」といったインターネット検索サイトでのキーワード検索が出てきた。Twitterでのキーワード検索という人も何人かいた。学生からは「リアルタイム」「多くの人の口コミ」「小さな話題も拾える」あたりが利点としてあがった。そして、やはり新聞やテレビのニュースを1番にする人は少ない。

 次に民主主義社会におけるメディアの役割について考えてみた。立法・司法・行政が独立していたとしても、メディアの影響力は見逃せない。そもそも「ジャーナリズム」は何かを確認するために、思想家の鶴見俊輔氏の本から一節を紹介した。

各タームにつき1つのテーマを設定

 『「ジャーナリズムとは、単に新聞をさすものではなく、同時代を記録し、その意味について批判する仕事を全体としてさす(鶴見俊輔『ジャーナリズムの思想』筑摩書房)』

民主主義社会において、「伝える力」だけあってもダメで、政治に対してなんらかの評価や判断を加える機能が求められているのである。

同じ時間候補者の演説を報道することが中立!?

 自分からは中立性について聞いてみたく、こんな質問を投げかけてみた。

原田 「選挙の際に候補者についてどのように報道すれば中立となると思うか?」

 これに対して学生からは次のような意見が出てきた。

学生 「各候補の演説を同じ時間放送すること」

学生 「立候補者を平等に扱うこと」

原田 「ということは全候補者を取り上げないと中立ではないの?」

学生 「そうだ。同じ選挙に立候補しているのであれば全員取り扱うべきだ」

 これはテレビ報道などで出演者数や露出時間などの公平に扱う"量的公平性"の視点だ。これらのやりとりの後で、昨年の都知事選の例を示した。20人以上が立候補した選挙だ。

原田 「テレビ・新聞などのメディアでは「主要候補」とされる数人がクローズアップをされた。全員の演説が同じ時間ずつテレビに映ることはなく、番組内の討論会にも数人の「主要候補」しか呼ばれていない」

第1回授業のレジュメ

学生 「時間的な限界があるからしょうがない」

学生 「だとしても誰が主要候補とそうでない人を選別するのか」

 次に、自分は報道内容の"質的公平性"についてもの視点での質問を投げかけた。

原田 「仮に、若者政策を切り口とした報道をする際に、若者政策に言及していない候補がいたらどうするのか」

学生 「その人は扱わなくてもしょうがない。何の政策を掲げるかについては各候補の自由なのだから」

学生 「できるだけ、より多くの候補が扱っている政策を中心にした報道をすべきなのでは」

学生 「でも、報道する側がその政策を詳しく掲げている特定の候補が有利になるような意図を持った報道をすることができるのでは?」

 これに対する答えとして、そして議論全体への自分なりのコメントを伝えた。

原田 「もちろん、特定の政策を扱う報道は可能である。重要な争点だと思えば特集を組むだろうが、全争点を当然伝えることができるわけではない。結果として、有利不利が出てくるかもしれないが、ジャーナリズムの機能として必要なことである。さらに、時間的制約などにより一部の候補者のみ、あるいは数個の政策しか扱えないこともあるだろう。その際に必要なのは、なぜそのような扱いにしたかの基準を持ち、説明できること。スポーツニュースでも全試合を同様には扱わないよね!? さらに、同時に政治家や候補者なども、どのように報道されるかを意識していて、うまく自分が有利なる報道をしてもらおうとする」

 選挙の際の報道の目的が投票行動の際の判断の助けになることや、各候補・政党の公約による社会の今後を明らかにしていくことだと考えられ、"質的公平性"が必要である。実際にBPO(放送倫理番組向上機構)も"質的公平性"が重要であることを表明している。

多様な人が集う授業

答えがないからみんながちょっとずつ考え、話し続けけること

 授業の最後にこんな話も伝えた。

 「僕ら一人ひとりがそのような多くの意図が働いて報道があることを意識し、多様な情報や意見に出合おうとできるのかを意識し続けなければならない」

 マスメディア・インターネットメディア・匿名実名問わず個人の発信など、多くの情報があふれる今だからこそ、ぜひ"みんな"で話してほしい。一人で多くの情報と対峙するのではなく、思ったことを学校でちょっと友達と話してみる。あえて、自分と興味や意見の違う政治家や有識者の発信を意識する。

 この連載がそんなきっかけとなるような内容にしてみたいと思う。