日本経済新聞 関連サイト

OK
[ career-働き方 ]

和歌山を輝かせる(1)不登校だった僕が高校生社長になるまで

小幡和輝 authored by 小幡和輝和歌山大学観光学部4年
和歌山を輝かせる(1) 不登校だった僕が高校生社長になるまで

 初めまして。小幡和輝(おばた・かずき)と申します(@nagomiobata)。タイトルのままですが、僕はもともと不登校で10年くらい学校に行ってませんでした。後で詳しく書きますが、ある転機があって、高校時代に地域活性化に関わる事業を起業。現在は和歌山大学観光学部4年生で、観光経営学を勉強しています。

 大学で知識として学びつつ、会社の事業として実践しています。4年生ですが就活はしておらず、このまま自分の会社を続けていくつもりです。この連載では、学生起業では特に珍しい「地方で起業」という選択肢。そして、僕の実体験を通じて楽しかったことや、苦労したことなどを伝えれたらと思っています。

どんなことをしているのか?

 会社は「和歌山を輝かせる!」をコンセプトに商品企画、イベントのプロデュース、プロモーション系の仕事をしています。和歌山を輝かせる! みなさん、このキャッチコピーの意味はわかりますか? ヒントは僕の名前にあります。

 いかがでしょうか? 改めまして。小幡「和輝」と申します。そうなんです。僕の名前は、"和"歌山を"輝"かせると書いて和輝と読むんです(笑)。自分の名前をそのままコンセプトに、和歌山を輝かせるため、さまざまな企画を立ち上げてきました。

 1つ具体例を紹介すると、和歌山の名産品や有名人などを絵柄に使った「わかやまトランプ」を製作しました。メディアでも結構話題になり、和歌山のお土産や学校の教材としても使っていただいてます。

「わかやまトランプ」

10年くらい不登校でした

 話は戻りますが、最初の自己紹介でも書いたように、僕は10年くらい不登校を経験しました。幼稚園のはじめからあまり好きではなくて(不登校ではなく不登園ですね。笑)、小学校2年生の途中までは行ったり行かなかったりの時期を繰り返し、小学校3年生から中学卒業までほとんど学校に行ってません。

 学校に行かなかった理由はいろいろあって、そもそも勉強が好きじゃなく、集団行動も苦手で、あとはいじめもありました。学校に行ってない時間はひたすらゲームをしてました。毎日が本当に楽しくなくて、ゲームの世界に現実逃避をしていたのかもしれません。ちなみにゲームは1日10時間以上。トータルで3万時間くらいやりました。

 中学まではそんな感じで、高校は夜間高校に行くことにしました。本当は嫌だったんですが、いとこが夜間高校に行きだしたりとか、僕が学校に行ってない間、いろいろ心配してくれた先生がその学校にいたり、いろいろ理由が重なって行くことにしました。

 最初は本当に嫌だったんですが、学校に行くと少しずつ人と出会い、話していく中で少しずつ人と関われるようになってきました。

人生を変えた出会い

 僕が高校2年生になったときに、たまたま出会った1つ年上の高校生がとにかくすごい人でした。学校に行って、部活をやって、生徒会をやって、アルバイトをやって、その上でバンドを組んで自分もライブを主催するようなスーパー高校生でした。

 彼と出会い、「自分もこんな風になりたい」と思うようになり、彼が誘ってくれたこともあってライブのお手伝いをするようになりました。それから1年くらいお手伝いをしていく中で、たくさんの人と出会い、人と関わること、社会に出て行くことが楽しくなって、今度は自分で何かやってみたい。今度は自分が周りの人に何か伝えられるようになりたい! と思うようになりました。

和歌山を輝かせようと思ったきっかけ

 「今度は自分で何かやってみたいなぁ」。そんな想いが出てきたとき、また1つきっかけがありました。県外の友人とお寿司屋さんに行ったとき、友人がこんなことを言いました。「そういえば、醤油っていつからあるんだろう?」。

 実は僕が生まれた湯浅町は醤油発祥の町で、僕の家から歩いて行けるところに創業何百年の醤油屋さんがあります。「僕の近所で発祥したよ」。当然のように僕は言いましたが、友人はとても驚いていました。

 それが単純に嬉しかったんです。意外と和歌山はすごいんじゃないか。僕はもっと和歌山のことを知りたくなりました。しかし、僕を含め和歌山の若者は地域の魅力をほとんど知りません。これはとてももったいない気がする。もっと同世代に和歌山の魅力を伝えれるような活動ができないかと思いました。

 それを高校の先生に相談したところ、意外なことが判明しました。その先生は大学時代に東日本大震災の復興支援団体を立ち上げた人でした。しかも、「来週、そのときの仲間と集まるよ。」とのことで、一緒について行かせてもらいたくさんの人と出会いました。

 その中で和歌山のまちづくり活動をしている人がいて、その人がいる団体の会議にも見学に行かせてもらいました。それがとにかく衝撃的でした。それまでの僕のイメージでは、まちおこしは行政の仕事だと思っていました。そこにはまちが大好きで、自分たちのまちを自分たちで盛り上げていこう!というかっこいい社会人がいっぱいいて、その人たちに僕はとても憧れました。

 でも、そのときに思ったのは若者が全然いないということでした。僕の次が30代前半くらいで、40代、50代の人がとても頑張っていて、これは若者も参加しないとダメだろうと思いました。若者から和歌山を盛り上げるような活動を作って、それがきっかけになってこの人たちと若者が繋がったら、和歌山はもっといいまちになると思いました。

初のイベント開催

 初めてのイベントは「和歌山の魅力を発掘しよう!」という高校生に向けたワークショップイベントを企画しました。まずは自分の生まれた地域の魅力を知ることからスタートだと考えたのですが、これがもう大失敗で......。

 和歌山市に企画を相談にいくと、とても賛同してもらえて10万円の補助金をいただけることになりました。集客目標は50人です。しかし、集まったのはなんと5人でした。当日は冷や汗がすごくてよく覚えていません。イベントの写真があればもっとイメージが伝わりやすいと思うのですが、その写真を撮るということすら頭にありませんでした。とにかくいろんな人に謝りました。

 反省点は2つ。まず、多くの高校生はそもそも和歌山のことに興味がないということ。だから企画を作ったわけですし、想定はしていたのですが、周りの高校生は予想以上に興味がなかった。確かに学校以外の時間にわざわざ参加するというのはかなりハードルが高いです。もう1つは告知不足。どうやって告知をしたかというと駅前でチラシを配ってました。「それで集まるか!」と、今では思いっきりツッコミたくなりますが(笑)。

このままでは終わりたくない

 いろんな人にもう一度だけ協力してほしいという想いを伝え、第2回目の開催が決まりました。次は失敗できません。まず、Twitterを始めました。和歌山の高校生らしきアカウントに片っ端からメッセージを送り、一緒に企画する仲間を集めました。多分、1000人くらいには送ったと思います。何回もアカウントが凍結しました。一人ひとりに会い、やりたい想いを説明して仲間を集めていきました。

 そして第2回目。目標の50人が無事に集まりました。なんともいえない達成感と、これをもっと続けていきたいと思いました。

2回目のイベントの様子

高校生社長へ

 続けるためには仕事にする必要があります。でもどうしたらいいかわかりませんでした。少なくとも就職先はなく、自分で作るしかないということはなんとなくわかりました。具体的なビジネスモデルはありません。「和歌山を輝かせたい」という想いしかありませんでした。

 できることはイベントを企画することしかなかったので、イベント制作会社ということで起業を決意しました。高校3年生の12月でした。それからは一瞬で、まずは「会社 作り方」で検索してある程度の情報を調べ、知り合いの行政書士さんにもサポートしてもらいつつ、約1カ月後には登記が完了していました。「高校生社長」と呼ばれるようになりました。

 もう4年以上の話になりますが、今でも想いはまったく変わっていません。「和歌山を輝かせる!」をコンセプトに引き続き頑張っていきたいと思います。次回は、仕事として成立しなかった暗黒時代。それからどうやって仕事になっていったのかを書きたいと思います。

Twitter @nagomiobata https://twitter.com/nagomiobata
小幡和輝 OfficialWebsite nagomiobata.com