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[ liberal arts-大学生の常識 ]

「They」は「私」
LGBTが変える英文法の常識

「They」は「私」 LGBTが変える英文法の常識

 「They」は「彼ら」「彼女ら」を意味する複数形の代名詞――。日本人なら誰でも中学校の英語の授業でこう教わってきた。ところが、米国でいま、性的に中立な単数形の代名詞としてTheyを使う動きが広がっている。英文法の"常識"を揺さぶるのは性的少数者、いわゆる「LGBT」の人々だ。

性的に中立な代名詞、「自分にぴったり」

 名門スタンフォード大学に通う韓国系米国人のホープ・イさん(22)もその1人。女性として生まれたが、心の性が男性と女性の間を揺れ動く「ジェンダーフルイッド」を自認する。

 イさんが自分を表す代名詞としてTheyを使うようになったのは昨年の冬。もともとは男性か女性かの二者択一を迫る社会への抗議を込めた「政治的メッセージ」だったが、使い始めてみると「男性的な自分と女性的な自分、その中間の自分すべてを包含したぴったりの表現だった」。

米タイム誌は3月27日号で、多様化するジェンダーアイデンティティーに関する特集を組んだ

 こうしたTheyの使い方は、まだ定着しているわけではない。イさんと接する教授陣の1人、スティーブン・マーフィー重松さんは「慣れるのにしばらくかかった」と話す。

 LGBTの歴史に詳しい南カリフォルニア大学のジョセフ・ホーキンズ教授によると、性的に中立な単数形代名詞としてTheyが使われ始めたのは10年ほど前。背景には男性と女性、同性愛者と異性愛者といった二元論ではくくれない「ジェンダーアイデンティティー(性に関する自己認識)の多様化」があるという。

 米国では15年の最高裁判決で、同性婚が全州で合法化されるなど、LGBTの権利保護が近年進んだ結果、自らの性についてオープンに語る人が増えた。現実社会では孤立しがちな性的少数者同士を結びつけ、発言の機会を広げたソーシャルメディアの役割も大きい。

「They」が性的に中立な単数形代名詞として使われるようになった背景に「ジェンダーアイデンティティーの多様化がある」と指摘する南カリフォルニア大学のホーキンズ教授

 米世論調査会社ハリスポールが実施した最近の調査では、自らを「厳密な意味でのストレート(異性愛者)ではない」「シスジェンダー(心と体の性が一致している人)ではない」と回答した人の割合はベビーブーム世代(52歳~71歳)で7%、ミレニアル世代(15~34歳)では20%に達した。

 「若い人々は自分たちの性について、以前より自由に表現するようになった。しかも、従来の二元論では表現しきれないケースが増えている」。調査を依頼したLGBTの支援団体GLAADのサラ・エリス代表はこう語る。

 こうした変化にいち早く対応したのが、世界で19億人近くが利用する交流サイト(SNS)最大手のフェイスブックだ。3年前、米国の利用者を対象に、プロフィルで設定する性別の選択肢を一気に約60種類に増やした。

AP通信の「スタイルブック」も条件付き容認

 伝統的なメディアも変化を受け入れ始めた。米AP通信は3月24日、Theyを性的に中立な単数形代名詞として使用することを条件付きで認めると発表した。記事を書く際の文体や表記法などをまとめたAP通信の「スタイルブック」は、多くの報道機関が採用しており、その影響力は大きい。

 「Beyond He or She(彼か彼女かを超えて)」。3月27日号の特集記事でこのテーマを取り上げた米タイム誌は、「大半の人が当たり前だと考えてきた(性の)二元論の崩壊は、スポーツ競技から裁判、軍、おもちゃ売り場、人間関係まで多くの(社会の)仕組みにとって極めて重要な意味を持つだろう」と指摘した。

 もちろん、すべての人がこうした変化に寛容なわけではない。キリスト教保守派を支持基盤とするトランプ政権は、オバマ政権が積極的に擁護したLGBTへの締め付けを強化。2月にはトランスジェンダー(心と体の性が一致しない人)の生徒らに自身の選んだ性別のトイレを使用させるよう公立学校に促した前政権の通達を撤回した。

 出生時と同じ性別の公共トイレを使用するよう義務付けて物議を醸したノースカロライナ州の通称「トイレ法」は、企業やスポーツ団体などの批判を受けて撤回されたが、今も複数の州で同様の法律の導入に向けた論争が続く。

 Theyの新しい使い方が象徴するジェンダーアイデンティティーの多様化も、人によっては激しい拒否反応を示す。だが、「社会を変えるディスラプション(破壊)とはそういうものだ」とホーキンズ教授はいう。大きな変化には揺り戻しがつきものだとすれば、生じる摩擦は、前に進んでいる証拠でもある。
(シリコンバレー支局 小川義也)[日経電子版2017年4月14日付]

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