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[ liberal arts-大学生の常識 ]

人生を経済学で考えよう(3)「スクールカースト」はなぜできるの?

authored by 慶應大学 中室牧子ゼミ
人生を経済学で考えよう(3) 「スクールカースト」はなぜできるの?

 こんにちは。慶應義塾大学中室牧子ゼミナールです。私たちは、「人はなぜ結婚するのか」「どういう勉強が一番効果が上がるか」など、人生や社会で感じるさまざまな疑問を、経済学の手法で明らかにしようと勉強しています。皆さんも、私たちと一緒に考えてみてください。今回は、「スクールカースト」について検証したいと思います。

 みなさんも「スクールカースト」という言葉を聞いたことがあるでしょう。カーストとは、インドの身分・階級制度のことです。もちろん、日本にはインドのようなカースト制度は存在しませんが、特に社会学の分野で、日本でも「スクールカースト」についての研究が進んできています。中学生や高校生が、学校の中で社会的なカテゴリーを作り出して、区別しているというわけです。みなさんの学校の中にも、異性にモテて人気があるグループや、「オタク」などと呼ばれてあまり人気のないグループがあったのではないでしょうか。

 日本では、スポーツができる子は総じて、上位のカーストにいることを明らかにした研究もあります。今回、私たちの研究では、こうした就学期のスクールカーストが、子どもたちのアイデンティティ(自分が何者であると思っているか、自意識)の形成にどのような影響を与えたのかを調べるために、インターネット調査のデータを用いた分析を行っています。

名前を呼ばれると、迷路が解けなくなる!?

慶應義塾大学中室牧子ゼミナールのメンバー(右から3人目が吉屋麻里)

 最近の経済学には、「アイデンティティの経済学」という新しい分野が生まれようとしています。2001年にノーベル経済学賞を受賞したカリフォルニア大学バークレー校のジョージ・アカロフらを中心とした動きです。これは、経済学が私たち個人は何らかの「アイデンティティ」を持っていることを、考慮するようになってきたということでもあります。

 アイデンティティは通常「自己同一性」などと訳されますが、人は自分の属性(大学生、テニスサークルに所属など)や立場(クラスの地味な集団のひとり、サークルでリーダー的存在など)を認識して、基本的には自分が社会の中でそこで期待されるように(「リーダーらしく」「後輩らしく」など)ふるまいます。

 アイデンティティを意識して、それによって自分がどのようにふるまうかを考えるというのはどういうことなのでしょうか。代表的な研究をいくつか紹介しましょう。

 インドで行われた有名な実験では、被験者は迷路を解くように言われます。迷路を解くと、金銭的な報酬が与えられます。こうした設定の下、ランダムに選ばれた一部の被験者は、自分の姓を呼ばれて座席を指定されました。インドでは、姓は自らの属するカースト(身分・階級)を表します。このため、自分の姓を呼ばれるということは、自分や他人の所属するカーストを意識することにつながります。

 この実験を行った結果、実験の時に姓を呼ばれた被験者のうち低いカーストの被験者は、姓を呼ばれずに適当に座席に座らされた被験者よりも、解けた迷路の数が少なかったことがわかったのです。これは、「カーストが低いと社会的に成功できない」というカーストにかかわるステレオタイプ(先入観、固定観念)に影響されたものだと考えられ、心理学や経済学ではこれを「ステレオタイプの脅威」と呼ぶことがあります。

「◯◯らしく」のワナ

 このように、性別、人種、民族などのアイデンティティを思いださせるような示唆を与えると、そのアイデンティティにふさわしいような行動を取ろうとしてその人の行動が変わってしまうということがいくつもの研究の中で示されています。

 そして、アイデンティティにふさわしいような行動を取ることで、その人の満足度が高くなることがあります。「◯◯大生らしく」「○○サークルの部長らしく」というアイデンティティにしたがって行動するということです。これは、社会的に望ましいと考えられる振る舞いだけではありません。

 例えば、自分が「不良集団」に属していると思えば、暴力的にふるまうことで自分が非難されたり、あるいは逮捕されるなど不利益を受けたとしても、それによって本人の満足度が高まるかもしれないのです。このようにアイデンティティに従って行動することで満足度が高くなる状態を、経済学では「アイデンティティ効用が高くなる」といいます。

 私たちの実証分析の結果によると、スクールカーストの上位にいる生徒は、アイデンティティにしたがって行動することで満足度が高くなる、つまり「アイデンティティ効用」が高くなる傾向があることが明らかになりました。つまり、スクールカーストがアイデンティティの形成に影響を与えていることが示唆されます。

 つまり、私たちは「自分がどの社会的カテゴリーに属しているか」ということを意識し、それによってアイデンティティを形成し、そのアイデンティティの持つ社会的なイメージに沿うように行動している可能性があるということです。

 一方でインドのカースト制度と異なり、日本のスクールカーストは法律や制度で決められているものではなく、自分たちで作り出したものです。重大な意思決定をするときには、「本当に自分がやりたいことなのか」それとも、「社会的なイメージに沿うように行動しているだけなのか」を自分に問いかけてみることが重要ではないでしょうか。
(中室牧子・吉屋麻里)

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