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東大法でも揺らぐキャリア形成
首席女子も悩む処方箋

東大法でも揺らぐキャリア形成首席女子も悩む処方箋

 東京大学法学部。スーパーエリート養成機関として君臨してきたが、東大文科1類から法学部に進学する際、2016年度に定員割れするなど異変が起きている。官僚や弁護士の人気が下がっているためだが、東大法復権の処方箋はあるのか。東大法を首席で卒業後、財務省に入省、弁護士を経てハーバード大学のロースクールに留学した山口真由さんのキャリアを参考に処方箋を探った。

東大法から首相が次々誕生していたが

 「東大時代の恩師が『法学部の人気が低迷していて頭が痛いよ』とぼやいていました」と話すのは、06年に東大法を首席で卒業した山口さんだ。東大文1のほとんどの学生(1~2年生)は、法学部に進学してきたが、教養学部(後期課程)など他の学部に進む学生が増えている。法学部によると、「定員は400人だが、16年度に定員割れを起こした。3月末時点で17年度は未確定だ」という。

山口真由さん

 東大受験専門塾「鉄緑会」の冨田賢太郎会長は「うちの生徒の8割近くが理系志望。『理高文低』が鮮明になっている」という。鉄緑会から17年は東大医学部に進学する理3の定員97人のうち60人の合格者を輩出した。もともと同塾は東大文1、理3の合格を目指して誕生したが、「文1の優位はなくなりつつある」という。東大法出身で経営共創基盤の冨山和彦最高経営責任者(CEO)は「僕らの時代は文1の人気が圧倒的だったが、合格最低点でも文2、文3とあまり差がつかなくなっている」と話す。

 今も法学部は東大の看板学部であり、国内の大学文系の最難関であることは変わらない。かつては東大法を卒業して官僚となり、政治家に転じて首相になるというのが日本の最高のキャリア像といわれた。

 戦後だけでも吉田茂、佐藤栄作、福田赳夫など東大法卒、官僚出身の首相がきら星のように続いた。しかし、1991年に首相になった宮沢喜一氏以降、東大法卒の首相は誕生していない。バブル経済崩壊後、大蔵省接待汚職事件が98年に発覚、「官僚の中の官僚」と呼ばれた大蔵官僚の地位が揺らぎ、同省は解体の憂き目に遭った。

月残業300時間は3割バッター

 山口さんは大蔵省が改変改称して発足した財務省に入ったが、当時も「他の省庁と違い、独自のオーラがありました。入省したときに企画官が『我々は命をかけて国家のために働く』と堂々と語っていた」。当時は月残業300時間は当たり前、むしろ「3割バッター」と称賛されたという。主税局に配属され、異常な忙しさが続いた。同省には職員用の風呂、通称「大蔵温泉」がある。「その頃は午前3時には閉まったが、それまでに仕事が終わらなかったときも1度や2度ではない」

 一方で省内は家族的な雰囲気に包まれていた。新人時代は先輩に何度も厳しく叱責されるが、昼飯、晩飯はすべて先輩のおごり。「財布は不要」で、体育会的なのりだった。山口さんは東大時代に1日19時間半の猛勉強をして司法試験に合格した。「眠らないように氷水を入れたバケツに足を突っ込んで勉強した」と根性は誰にも負けない。しかし、入省2年目のある日、心が折れた。

 「俺たち、本当につきあっているのかな」――。大量の書類をかき集め、上司に説明に向かう途中で当時の恋人からこんなメールが届いた。「もうこの忙しいときに」と思い、携帯の電源をブチッと切った。

彼が理解してくれない

東京大学

 同時に「私、一体何をやってるのだろう。これから40年間もこんな生活が続くのか」と自問した。その後、山口さんは弁護士に転じたが、結果的に「ほかの先輩たちのように自分は国家のために奉仕するという意識をしっかり持てなかった」と振り返る。

 ある東大法卒の財務省幹部は「キャリア官僚は受難の時代ですよ。昔とはだいぶ違いますが、やはり忙しい。労働時間と給与を比べたら全然割に合わない。天下りにも厳しい時代だしね」という。

 山口さんが東大法学部に在籍した頃は、官僚人気が下がり、弁護士など法曹界の志望者が増える時期だったという。しかし、暗転する。「司法試験改革は大失敗ですよ。後輩のなかには本当に食えない弁護士もいる」と東大法卒の弁護士は話す。司法試験改革により06年度まで1000人前後だった合格者の数は08年度から6年連続で2000人を突破、「弁護士間の競争が激しくなり、格差がつくようになった」と山口さんは話す。海外の弁護士資格を持つ人も増えた。山口さんもハーバード大のロースクールに留学した。

オバマ氏 ロースクールの典型的エリート

 「ハーバードでは成績の評価を巡り、とにかく激烈な戦いを演じる。人を押しのけても発言する人が評価される」。スピーキングが苦手だった山口さんは圧倒された。それでも持ち前の負けん気で勉強し、最終的にはオールAの成績で修了した。

 ハーバードのロースクールは独自の出世コースがある。その典型例が同スクール出身のオバマ前大統領だ。成績でトップクラスとなったオバマ氏は「ハーバード・ロー・レビュー」の編集長に、2年目にはプレジデント・オブ・ジャーナルの編集長に選ばれた。その後、法曹界でキャリアを積んで、大統領への道を歩んだ。「ただ前提となるのはロースクール時代の成績。まずトップ10%に入る必要がある。一方、東大法の学生はあまり勉強しないし、ちゃんと評価もされていない」と山口さんはいう。

ハーバードはアウトプット型

 山口さんは「ハーバードなど米欧のロースクールは自ら発言し、その表現力が問われる『アウトプット型』。一方、東大法など日本の大学は教授が講義しそれを聴く『インプット型』。それぞれメリット、デメリットはあるが、ハーバードのやり方はグローバル社会を考えたときにプラスになるかもしれない」と話す。

 大学側はインプット型の授業に、アクティブ・ラーニングなどの手法も取り入れて、学生をきちんと評価して社会に送り出すべきだというのが山口さんの考えだ。「ただ私自身もしゃべりが苦手だし、ハーバード方式がベストとは思いませんが」という。

 東大法3年生の男子学生は、「今は絵に描いたエリートコースってあるんでしょうか。官僚になるつもりでしたが、広告代理店に決めました。でも転職するかもしれない」という。官僚や法曹界の人気が下がり、外資系のコンサルタント会社や投資銀行の人気が一時的に上昇したが、「今や多様化し、いきなりベンチャーに入る人もいる」という。(関連記事「なぜ東大生はワークスアプリに集まるのか」 )

キャリア形成が見えない

 今春、東大文1に入学する都内の有名進学校出身者は「本当は医学部に行きたかったのですが、将来の職業はまだ未定です」という。東大法の学生や卒業生でもキャリア形成に揺らぐ。山口さんも「実は私自身がキャリアで迷走しています。官僚になり、弁護士になり、そして留学したけど、将来的には大学に戻りたいと考えています。しかし、博士号取得には時間もかかるし、どうなるか分かりません」と迷っている様子だ。東大法首席女子の悩みも当面つきそうもない。

山口真由氏
1983年札幌市生まれ。2006年東京大学法学部を卒業、財務省に入省。08年退官、09年から15年まで弁護士として弁護士事務所勤務。2016年ハーバード大ロースクール修了。著書に『ハーバードで喝采された日本の強み』(扶桑社)など。

(代慶達也)[日経電子版2017年4月1日付]

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