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liberal arts-大学生の常識

人生を経済学で考えよう(4)出産しても働き続けるには?

人生を経済学で考えよう(4) 出産しても働き続けるには?
authored by 慶應大学 中室牧子ゼミ

 こんにちは。慶應義塾大学中室牧子ゼミナールです。私たちは、「人はなぜ結婚するのか」「どういう勉強が一番効果が上がるか」など、人生や社会で感じるさまざまな疑問を、経済学の手法で明らかにしようと勉強しています。皆さんも、私たちと一緒に考えてみてください。

 皆さんは子どもが生まれても仕事を続けたいですか。これは、女性にとってはすぐに「はい」と答えることは難しい質問かもしれません。最近の厚生労働省の調査で、第1子出産前後の妻の就業継続率が始めて50%を超えたことが話題になりました。しかし、逆にいえば、なお50%の人は第1子出産を契機に勤めていた会社を辞めていることになるわけです。

保育所ができても働く母親は増えない!?

 大学生の時には、きっと自分は仕事にやりがいを感じ、子どもが生まれても働き続けたいはずだと思っていても、いざ子どもが生まれてみたら我が子がかわいくて、家で子どもと過ごしたいと考えるようになる女性も多いといわれています。子どもが生まれた後も働くかどうか――その意思決定に影響を与えるのは何なのでしょうか。

いちばん左が葛西慧子

 その理由としてみなさんが真っ先に思いつくのは、「保育所に入所できるかどうか」かもしれません。「保育園落ちた、日本死ね!」というフレーズが2016年のユーキャンの新語・流行語大賞にノミネートされたほどですから、待機児童にならずに保育所に入れるかどうかは重要な問題のはずです。しかし経済学者が調べたところ、「保育所を整備しても、母親の就業率はかならずしも上昇しない」という結果が得られているのです。

 これは私たちの直感に反します。保育所を整備すれば、母親は子どもを保育所に預けて働くようになりそうなものなのに、なぜそうならなかったのでしょうか。

 この研究によると、もともと働く意欲のある母親は、仮に保育所に子どもを預けられなくても、例えばベビーシッターを雇うとか祖父母に頼むなどして、働いたのではないかと考えられます。

 そのため保育所の増加は、このようなベビーシッターや祖父母に預けられていた保育を保育所に代替しただけで、もともと働く意欲のなかった母親までもが働くようになったわけではなかったので、保育所の整備が母親の就業率に影響しなかったといわれています。

 そうすると、やはり母親自身に働く意欲があるかどうかということは重要なようです。もちろん子どもの面倒を見てくれる人がいなくては働けませんが、そもそも母親自身が働きたいと思わなければ就労することなどありえないのですから。

 私たち自身がおこなった実証研究の中でも、母親の就労意欲は母親の就業と強い正の相関関係があることを発見しています。つまり、母親が働くようになるためには、保育所などの環境だけではなく、母親自身の就労意欲も無視することはできない重要な要因だと考えられます。

男女分業意識しだいで賃金に違い?

 私たちの研究では、母親が就業した場合の賃金の決定要因についても分析しています。学歴や経験年数など賃金に与える他の影響を制御したあとでも、母親が持つ価値観も賃金に影響することが明らかになっています。

 その代表的なものは、男女分業意識です。男女分業の意識とは、男は外で働いて、女は家で家事をする――そんな男女の役割分担の意識のことです。男女分業の意識が強い母親は賃金が低い傾向があることが示されたのです。

中室牧子・慶應義塾大学総合政策学部准教授は、教育経済学が専門。著書に『「学力」の経済学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)など。最新刊は写真の津川友介との共著『「原因と結果」の経済学 データから真実を見抜く思考法』(ダイヤモンド社)

 もちろん、男女分業の意識が強い人は、家庭を優先するので、あまり賃金の高くない仕事を積極的に選んでいるのかもしれませんが、賃金が能力や学歴だけでなく、母親自身の意欲や価値観などの影響を受けている可能性があることは心に留めておく必要があるでしょう。

 ただし、こうした意欲や価値観は、ずっと同じとは限りません。多くの人は結婚や出産などの大きなライフイベントによって、就業意欲や価値観が変化すると言われています。子どもが可愛くて仕事をやめたくなってしまうという例もあるでしょうし、逆に子育てが一段落し、社会に復帰したくなったという例もあるでしょう。

 そう考えると、保育園の増設などの従来の対策にとどまらず、女性の意欲や価値観の変化を踏まえて、柔軟な働き方ができるような制度設計を考えていく必要があるのではないでしょうか。
(中室牧子・葛西慧子)

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