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メールから談合の匂い察知
AI生かすのはコーチング

メールから談合の匂い察知 AI生かすのはコーチング

 世界中でいま、人間と人工知能(AI)との分業が始まっている。弁護士は証拠探しをゆだね、ファンドマネジャーは助言を受けている。ただ、AIにすべては任せられない。いち早く導入した現場では、使う人間の力量が問われていた。

100分の1まで特定

 「談合するために相手と会いましたよね」

 「いや、私はいっさい関わってない」

 東京都の自動車部品メーカー。会議室で、ベーカー&マッケンジー法律事務所(東京・港)の井上朗弁護士は、このメーカーの社員に問い詰めた。2015年のことだ。

 米国の司法省が、1990年代半ばから2012年ごろまで他社と価格を調整したと疑い、井上氏はメーカーの求めで社内を調べていた。社員は否定したが、井上氏はメールや会議録、手帳から証拠を見つけていた。15年9月、部品メーカーはカルテルを認めた。

 井上氏は国際カルテルの調査にかならずAIを使う。アソシエーツと呼ばれる若い弁護士たちが「会議室にこもってさがすより、証拠をはやく絞り込める」。

 国際カルテルでは、調査のために企業から持ち出すメールや会議録が1億件に及ぶことがある。これをAIで100万件に絞る。弁護士4人が1日1時間、AIの選択を確かめていく。かかる時間は1カ月だ。

 100万点に減らしたあと、ほんの数点の確かな証拠を見つけるのは弁護士の仕事。だが、作業はかなり楽になった。

 かつては1千万件を1万件にする作業すら、40人がかり。しかも3カ月、1日12時間働きづめだった。「人海戦術は夜中まで続き、入院する弁護士もいた」

 井上氏はAIを使って効率良く仕事をすすめる上で、人間の役割こそ欠かせないと語る。

 同法律事務所が使うAIは、証拠を絞っていく前に、探してほしい情報を最初に学ばせる必要がある。それは経験豊富なパートナークラスの弁護士にしかできない。

 メールに「飲みに行きましょう」とあっても、それが談合を誘う会合かどうかわからない。「個室を取りました」「他の人も誘いますか」といった言葉に、においをかぎとる。そのニュアンスまで覚えさせないと、AIは使いものにならない。

 同法律事務所の解析を請け負うAI企業のひとつがフロンテオだ。データから特徴を見つける機械学習の一種で、ランドスケーピングと名付けている独自のアルゴリズム(計算手法)を使う。

 このAIは、弁護士が最初に用意する怪しいメールを読みこんで、カルテルの事実をかぎ分ける基準となる言葉を学んでいく。そのあと全データを投げ込めば、基準に照らし、どれが怪しいメールか推論する。

 最初に教えるデータは作文では効果が小さい。実例が要る。ときにカルテル絡みの隠語を見抜いて、キーワードとして学ばせる必要もある。

経験の蓄積必要

 企業がこれから使うAIのなかには、先輩が後輩に仕事のやり方を教えるように、人間によるコーチングが欠かせない場合がある。コーチングはAIの質を決め、AIの質はビジネスの行方を決める。コーチングの役割は熟練者にふさわしい。

 オリック東京法律事務所(東京・港)の高取芳宏弁護士は、日米などにまたがるカルテル案件にかかわり、コストの利点が大きいAIを活用している。日本企業の実際の案件で、AIを使って200万件の文書を15万件に絞った際、2300万円の費用を削減した。

 高取氏はAIと分業する上で、人間に高いスキルがもとめられる点に同意している。

 「サブジェクトマターエキスパートと呼ぶ高いクオリティーを持つ弁護士が、ほしい文書の探し出し方を学習させている」。しかも、AIがはじく結果を見ながら、コーチングを繰り返して質を高めている。

 ホワイトカラーの中の高度な仕事でも、定型の内容はAIが代替している。ただ、前提として、暗黙知としての経験の蓄積が欠かせない。

 この事実からひとつの懸念が浮上する。

 井上氏は、AIがあまりに便利で「アソシエーツは昔に比べ、証拠を探すスキルを磨けなくなりつつある」と語っている。AIがあらゆる仕事に入り込み、浸透すると、弁護士としての基礎の力が落ちかねない。

 「いまはたたき上げの経験者がいて、AIの教師役になれる。だけど力の落ちたアソシエーツがパートナーとなったとき、AIをコーチングできないかもしれない」

 PwCあらた有限責任監査法人(東京・中央)はAIの導入を目指し、16年10月にAI監査研究所を設けた。辻村和之所長は「人間が見おとす異常値や不正を見つけられる」と期待する。大企業が1年間にあつかう会計データはときに数百万点にのぼり、監査に膨大な時間がかかる。

 公認会計士の業界も、スキルが消えるリスクに向き合うことを迫られる。ただ、いまのところ、分業をどう設計していくべきか答えはない。

 企業が人間より速く、安く、正確に作業するAIを使わない手はない。一方で、過度な依存は人間のスキル低下を招き、やがてAIを使いこなせなくなるおそれがある。こうした罠(わな)も踏まえ、新たな分業のノウハウをどう築くか。その中身次第で、長い目でみた競争力が左右される。
(渡辺伸)[日経産業新聞2017年3月30日付、日経電子版から転載]

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