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謎×経済=ナゾノミクス(1)賢く買う私が悪いの?

謎×経済=ナゾノミクス(1) 賢く買う私が悪いの?
東京都新宿区の伊勢丹新宿本店

 良いモノを安く買い、低い金利でローンを組む。病気になったら病院に行く。当たり前の日常生活が、日本経済の足かせになっている。「普通のことがおかしなこと」。こんな日本経済の謎、「ナゾノミクス」をのぞいてみる。1回目はモノが安く買える「デフレ」。

タイムセール開始のカウントダウンが安値買いの心に火をつける

 予定時刻は午後7時。福岡県に住む木戸祐太さん(仮名、30)は、仕事が終わると、ネットショッピングのタイムセールに目当ての商品が出てこないかチェックを始めた。スマートフォンから目を離して一言。「これから安くなるって分かっているのに、その前に定価で買う人なんていないですよね?」

 「今は買わなくていいや」を長い時間軸に置き換えると見えてくるのがデフレ(デフレーション)の構図です。日本は今、この「デフレ」と呼ばれる状態にあります。政府と日本銀行は一体となって、デフレから抜け出そうともがいています。しかし、日常で「モノを安く買う」のは賢い買い物です。デフレの何が悪いのでしょうか。

 モノやサービスの値段が下がり続ける世の中がデフレです。背景には「需給のずれ」があります。企業が自動車を100台作るとしましょう。90台しか売れなければ、残りの10台は値下げをしてでも売りさばきます。もともとの90台を買った人も、少し我慢すれば値下がりすると思うようになれば、企業は値下げせざるを得ません。

消費の市場が小さくなる

 苦しくなるのは企業だけではありません。ニッセイ基礎研究所の久我尚子さんが解説してくれました。「企業は期待したほど収益があがらなければ、従業員の給料を増やせません。給料が少ない人はできる限り安価なモノを買います。それが集まった日本経済は消費の市場が小さくなっていきます」。こうなると、弱い企業は倒産し、そこで働く社員は仕事を失うことになります。

 日本はどうしてデフレになってしまったのか。大和総研の小林俊介氏による解説はこうです。「日本は働く人が退職する一方で、毎年生まれる子供が減ってきました。このため1990年代初めごろから働き手(労働力人口)が増えにくくなりました。少子高齢化が進んでも、もともとある工場は急には減らないため、供給に対して需要が弱くなりました」

 好調だった日本経済は株や不動産などが実力以上に値上がりする「バブル経済」で頂点に達しましたが、バブルがはじけると株式や土地の価格が大きく値下がりし、損をした企業や財産を失った個人が守りに入りました。日本経済は傾斜を上り切ったジェットコースターのように転落していきます。

 この状況を後から振り返った言葉が「失われた20年」です。コースターの傾斜は緩やかになったとはいえ、再び上っていく勢いは見えていません。今では「失われた25年」あたりまで下り坂が延びています。

この25年は給料が増えなかった

 25年間を数字で振り返ってみると、企業で働く人の給料(所定内給与)の伸びは平均0.5%です。その前の15年間では平均5%近く伸びていましたから、違いの大きさが分かります。モノやサービスの価格(消費者物価)の上昇率も、15年間の平均で3%を超えていたところから、下り坂の25年間は平均0.24%の上昇でほぼ横ばいです。

 資産の価値も大きく下がりました。日経平均株価は89年に一時3万9000円に迫りましたが、今はまだ2万円に届きません。土地の値段(公示地価の商業地)もここ25年間は毎年平均で5%ずつ下がり続けました。土地を担保にとってお金を貸していた銀行はお金を回収できず、多額の焦げ付き(不良債権)に苦しみました。銀行から企業への貸し出しが細り、さらに景気が悪くなりました。

 今年の新入社員はほとんどが失われた時代に生まれ育った世代です。2016年度の世論調査を見ても、20~30代は「毎日の生活を楽しむ」より「貯蓄や投資で将来に備える」というほうが多い状況が10年も続いています。ニッセイの久我さんも「パートやアルバイトなど非正規の仕事だと給料が増えるとは思えない。正社員でも両親の世代ほど給料は増えない。将来の介護や医療にかかるお金のことを考えると、手元にお金をためておきたいという思いが強い」とみています。

 ホットペッパービューティーアカデミー主席研究員の猪狩裕喜子氏は、「おしゃれに目覚めて美容室に通っていた男子が理髪店に回帰する動きが多くなっている」と分析しています。美容室は少し高いと思っていた節約志向の男子が、サービスが良くて少し安価な理髪店を選んでいるとのことです。

 デフレから逃れるためには、「早く買った方がお得」というタイムセールの渦中に人々を引き込む必要があるといわれています。商品の値段はこれから上がるから、「いま買ったほうがお得だよ」というセールです。物価を安定させるのが仕事の日銀は今、毎年2%の安定した物価上昇を目指しています。

 どうすればモノやサービスの値段が上がるのか。日銀は金利をできる限り下げることで企業がお金を借りやすくし、さらにお金を大量に刷って市場に流通させています。特にお金の流通量は日銀の黒田東彦総裁が大きく増やして人々を驚かせたので「黒田バズーカ」とも呼ばれています。しかし、物価を継続的に上げるにはまだいたっていません。

 政府はあきらめずに二の矢、三の矢を放っています。人がモノを買ったり、サービスを使ったりしてお金を使うには、そもそも時間のゆとりが必要です。そこで、毎月の最終金曜日に早帰りを促す「プレミアムフライデー」を今年から導入しました。また、消費する人そのものを増やしたほうがいいということで、訪日外国人を積極的に呼び込んで日本で買い物や観光をしてもらおうと取り組んでいます。

未来は明るいと感じているか

 安倍晋三首相はもっと直接的に、企業に給料を上げるよう要請しています。首相が企業に賃上げをお願いするのは春の恒例行事です。

 こうした施策で足元の景気は回復基調にあります。日銀の黒田東彦総裁は4月27日の記者会見で、「需給のずれ」はなくなったとの見方を示しました。

 企業の収益が増えて賃金が上がり始めたときに、人々が将来に不安よりも期待を感じてお金を使うかどうか。日本経済が成長していくと期待し、「良いモノを安いうちに買う」動きが広がることが、デフレ脱却につながります。(経済部 平本信敬)[日経電子版2017年5月2日付]

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