ドラえもんの感情をつくるには、のび太が必要だった!
夢は青くて巨大な鉄の塊(1)
ドラえもんをつくる。
それは私が小学生の時に持った「夢」でした。最近、ある人の言葉をきっかけに「志」という言葉を使うようになりましたが、思いはずっと変わっていません。私は現在、大学院で研究しています。もちろんドラえもんを作るための研究です。
前の連載では、自分が力を入れている活動の1つである全脳アーキテクチャ若手の会ができた経緯や「ドラえもんを作りたい」と初めて口にしてから現在に至るまでの経緯をお話しさせていただきました。そして本連載では私が関わっている研究の話にお付き合いいただけたら嬉しいです。
何ができたらドラえもんか?
ドラえもんを作りたいと口にしたのは小学生の頃。当時は「何ができたらドラえもんか?」などといった疑問を持つことはありませんでした。ただ、「ドラえもんを作るのが自分以外の誰かだったらいやだな」という意地と、「ロボットを作るのが楽しい!」という純粋な好奇心があっただけでした。しかし、ドラえもんを作るための研究ともなれば、まずは「何ができたらドラえもんか」を定義することが必要です。
幸いなことに私は一度も「四次元ポケット」や「3mm浮いているという反重力装置」といったものにドラえもんの本質を感じたことがありませんでした。どちらかといえば、あの青くて巨大な鉄の塊が当然のように、のび太と生活空間を共有し、当たり前のように毎日を過ごすことにドラえもんの本質を感じました。
何ができたらドラえもんなのか。研究にはじめて触れた大学4年生のころ、その問いに対して私が出した答えが、「感情と記憶」でした。まずは、感情のお話からしたいと思います。
感情の研究はつまらない?
感情ができたらドラえもん。それはきっと多くの人にとって直感的でわかりやすい説明かなと思います。私自身も最初に思いついたドラえもんの重要な構成要素でした。
研究室に配属されて、いざ感情の研究をしようと思った時、まずは世の中では感情についてどのような研究がされているのかということを調べはじめました。実際にものを作ろうとする学問を"工学"と呼んだりするのですが、工学分野の感情の研究、つまり感情を作ろうとする研究は、自分が想像していたものとはかけ離れていました。
例えば、イメージとしては、「ロボットの興奮度合いをaとして、ロボットの快適度をbとしたら、喜びの感情はaとbを使ってこの式で表すとうまくいく」といった感じでした。確かに工学として簡単に作るための方法として妥当なのは理解できるのですが、はたしてそこまで作り込まれた感情をもったドラえもんに私たちは本当に魅力を感じるのだろうかと、疑問に思いました。調査をはじめてほんの1カ月もしないうちに、工学における感情の研究の魅力が自分の中で徐々に薄れているのを感じていました。
困った時は、人間に立ち返ってみる
私は工学分野でやられている研究に納得できないと、よく人間に立ち返ってものごとを整理したりします。例えば、人間の脳を解剖して調べる神経科学分野だったり、人間を外から観察して理解しようとする認知科学だったり。時には動物研究の知見が参考になることもあり、時によってまちまちです。
この時参考にしたのは、生物の進化でとても重要な「前適応」という概念でした。生物の能力が突然現れることは一般に難しいとされています。例えば生物にいきなり翼が生えて飛べるようになることは考えにくいです。鳥が空を飛べるのは、たまたま翼があったからで、翼はもともと体を温めるために成長したものだったと考えられています。体を温めるためにあった翼を、空を飛ぶことに応用した。このようにもともとあった機能を別の目的のために応用することを前適応と呼びます。
では、感情はどうでしょうか。はたまた、心は?
ヒントを与えてくれたのは、研究室に配属されて数カ月してから、研究の調査に疲れて気分転換に趣味で読んでいたとある一般向けの本でした。その本は、東京大学薬学部の池谷裕二先生の『単純な脳、複雑な「私」』というものでした。
本の一節を引用したいと思います。
私は正直この話に感動して、ワクワクがとまらなくなりました。
のび太がいて、はじめてドラえもん
他者がいなければ、今私たちがもっている心や感情は生まれなかった。そう解釈できると思います。つまり、私が目指していたドラえもんは、のび太の存在や、のび太との関わりを含めた世界観すべてだったのです。
ところが大学4年の当時、他者を考えることで自分の心が見えてくるという理論に触れたものの、研究として、工学としてどう落とし込んでいけばドラえもんができるのかというアイデアは私にはありませんでした。ですから研究は全く別の研究に取り組んでいました。
研究としてこの分野に飛び込んだのは、しばらく後のことです。大学院に進学して、しばらくたったある日、"Human-Agent Interaction"という分野に出会ったのがきっかけでした。この話はまた次回以降にしたいと思います。
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