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謎×経済=ナゾノミクス (4)長時間勤務、なぜダメなの?

謎×経済=ナゾノミクス (4) 長時間勤務、なぜダメなの?

 香川県の不動産会社で戸建て住宅の営業を担当する田中純一さん(仮名、29)の1日は多忙だ。朝7時半に出勤し、顧客への説明資料や契約書作成などに忙殺される。夕方まで物件の下見などをこなしてから、夜8時すぎまで電話営業し、帰宅はだいたい夜10時近くになる。土日も顧客の現場案内などに同伴し、丸1日休みを取れる日は月に2~3日あるかないかだ。就職して6年。一生で最も高額な買い物になることも多い住宅を売る仕事のやりがいは感じるが、少し疲れてきた。

1人当たり生産性は米国の6割

 「日本人は働き過ぎだ」。今、日本では多くの企業が「働き方改革」を進めています。今の働き方の何が問題で、どう変えようとしているのでしょうか。

 日本人は本当に働き過ぎなのでしょうか。経済協力開発機構(OECD)によると、日本人の1週間あたりの平均労働時間(土日を含む)は33時間29分と、フランス人(16時間41分)の2倍。ドイツ人(20時間46分)や米国人(26時間43分)よりも長く、OECD諸国で最長です。頑張って働いているからこそ、世界第3位の経済大国の地位を保っていられるんだと誇りに思う人もいるかもしれません。

長時間労働はなぜいけないのか(照明がともる都内のオフィスビル)

 しかし、効率よく働いているかどうかは別問題です。労働者が1人あたりどれだけの付加価値を生み出しているのかを示す指標に「労働生産性」があります。OECDのデータを見ると、日本の生産性は米国の6割です。頑張って働いているけど、いまいち成果が出ていないということでは、少しおかしなことになってきます。

 長時間労働の風土はいつ生まれたのか。古くは江戸時代、地方から出てきて武家の家に住み込んで働く奉公人の習慣が元になっているという説があります。主人のために身を削って働き、主人もそうした奉公人をかわいがる傾向があったようです。今でも夜遅くまで頑張って働いている、休日なのに急ぎの用事に対応してくれる部下を評価する上司は少なくありません。

自分の仕事の範囲が明確でない

 現代の日本で長時間労働になっている原因の一つとして、日本では自分が責任を持って取り組む仕事の範囲がきちんと定められていないことが挙げられます。欧米の企業では、入社するときに自分の仕事の範囲を規定する「職務記述書」が提示されることが普通です。日本企業ではそういったものはなく、どこまでが自分の仕事なのか分からない。作家・人事コンサルタントの城繁幸さんは「周りの人たちが残っているのに自分だけ帰るのは忍びないといった気持ちになりがち」と問題点を指摘します。

 長時間労働の弊害は多くあります。働く喜びを見失い、健康まで害してしまう人が後を絶ちません。政府が働き方改革に力を入れるきっかけとなったのも、大手広告会社の若い女性社員が月100時間以上の残業を続けて自殺してしまったことです。早稲田大学教授の黒田祥子さんは「1週間あたりの労働時間が50時間を超える人は、所定内の時間で働いている人に比べてメンタルヘルスが悪化する傾向がある」と指摘しています。いくらがんばって仕事をしても体を壊したら元も子もありません。企業にとっても貴重な人材を失えば大きな損失です。

 介護の問題もあります。戦後生まれで人口の多い「団塊の世代」と呼ばれる人たちが高齢者になります。働き盛りの人たちで両親の介護をする人が出てきますが、長時間労働では介護の時間が取れません。育児でも、長い時間働くことが普通の社会では子どもを育てる余裕がありません。

 政府は働き方改革の第一歩として、残業の上限を月45時間にすることを決めました。夜8時に会社の電灯を消す、朝食を無料にして朝型にシフトするといった取り組みをする会社も出てきています。

 黒田さんは「働き方の見直しをすることで優秀な人材が集まる企業は、生産性が高まる可能性がある」と分析します。頑張って働く従業員が、頑張っただけの成果を得られる職場をつくることが経営者の課題であり、日本経済の課題でもあります。
(経済部 古賀雄大)[日経電子版2017年5月5日付]

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