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[ skill up-自己成長 ]

夢は青くて巨大な鉄の塊(2)先生に教えられた
ドラえもんとのび太の心のループ

大澤正彦 authored by 大澤正彦全脳アーキテクチャ若手の会設立者・フェロー、慶應義塾大学大学院理工学研究科後期博士課程
夢は青くて巨大な鉄の塊(2) 先生に教えられたドラえもんとのび太の心のループ

 大学4年生で研究室に配属されたのち、ドラえもんの感情や心に興味を持った私は、「実は自分の感情や心を認識する能力は、他人の感情や心を読み取る力を、自分に向けて応用している」という理論に出会い感動しました。自分が思い描いていたドラえもんは、のび太をはじめとした人々との関わりや世界観を含めてドラえもんだったことに気付かされた瞬間でした。

イメージが研究に変わったのはある講演会がきっかけ

 ぼんやりと作ってみたいドラえもんの心や感情のイメージはあるけれど、実際に研究としてどのような分野に飛び込めばいいのかわからない、という日々をしばらく過ごしていました。

 そんな私に指針を与えてくれたのは、私が修士1年生の秋頃にたまたま参加した講演会でした。そこではテレビにもよく出演される石黒浩先生や、ドワンゴ人工知能研究所所長で、全脳アーキテクチャ若手の会立ち上げのときから現在までずっとお世話になっている山川宏先生を含む4人の先生による講演が行われていました。

 その中で、どうしようもなく自分の心に突き刺さった講演が1つありました。それは偶然にも、私の大学の同じ学科の、今井倫太先生の講演でした。

 演題は「インタラクションと知能」。当時の私は、インタラクションという言葉に対して正直偏見を抱いていました。今井先生は同じ学科の先生だったので、学部生のころに研究室見学に行ったこともありました。ですから、なんとなく今井先生がどのような研究をされているのかを知っているつもりでした。面白いロボットを作って、人がどう思うかを調べている。だいたいそれくらいだろうと思っていました。しかし、それは大きな間違いだったのです。講演をたった45分、先生の研究やその意義についてじっくりと聴くと、先生や、先生の研究に対するイメージがガラリと変わっていきました。

 講演では、ロボットを使ったさまざまな研究が紹介されていきました。表面的には学部生の頃に見たロボットのはずでした。でも、たった1年半ですが研究に触れて、研究の価値観を知り、「ドラえもんの心とは何か? 知能とは何か?」と自分に問い続けてきた自分には、まるで別物のように見えたのです。それは研究の意義が理解できるようになっていたからです。

 たとえば、私が学部生の時に見た、遠くにいる人がロボットを遠隔操作して、ロボットの近くにいる人々とコミュニケーションをとる研究がありました。当時の私は恥ずかしながら、この研究をおもちゃみたいだと思っていました。でも違ったのです。この研究には、遠隔操作する人の存在によってロボットに人と同じだけの社会的な価値を与えるという大きな意義がありました。外見は全く同じロボットでも、内部に人を感じるだけで、もはやロボットは人のようになれるのです。

 思えば、今の自分の考え方は、この日の今井先生の講演がきっかけに始まったように感じています。人は人との関わりの中で人になっていく。知能は決して脳だけがあればできるものではない。脳は、身体と一緒にあるから、環境と一緒にあるから知能としてなりたっている。そして人間の本質的な知能のほとんどは、他者と一緒に自己があるからなりたっている。そう考えていくと、世の中で扱われている人工知能の研究のように、知能の部分にだけ注目するのではなく、人と人とが関わり合う関係全体を捉えて研究していかないといけないし、もし本当の意味で人のようなロボットを作りたいとすれば、人とロボットが関わりあう関係全体を設計していく必要があったのです。

初めて聞く言葉「他者モデル」

 講演の中で私が無性に魅力を感じたキーワードがあります。それは、「他者モデル」。初めて聞く言葉でした。簡単に言えば、他者の心のモデルのようなものです。「彼を叩いたら、怒るだろう」「彼女に優しくしたら喜ぶだろう」。そういった相手に対して実際に行動を起こさなくてもある程度反応が予測できるのは、きっとこの他者モデルがあり、他者モデルを使っているからです。

 反対に、自分の心のモデルを「自己モデル」と呼んだりもします。つまり前回の記事でお話しした内容に立ち返れば、自分の心や感情は私たちが他者モデルを理解する仕組みを利用して、自己モデルを予想することでそれを実現しているとも考えられます。

 では、他者モデルはどのようにして作られるのでしょうか。その答えはきっと、私たちが「自分がやられて嫌なことは、人にもやってはいけません」と教えられてきたように、「自分だったら」という観点で予想しているのではないでしょうか。実際に、工学分野では他者モデルを、自分の心のモデル、つまり自己モデルを応用することで表現している研究が多々あります。

 ここで気づくのは、自己モデルと他者モデルという2つの概念を、お互いがサポートしあって、ぐるぐるとループを作っているということです。もし、このループを紐解くことができたら、私がドラえもんの本質を感じていた心や感情というものの本質が見えてくるかもしれない。私はそう期待しました。

 その答えを、今井先生の言うインタラクションに求めることにしたのです。

そして今の研究

 あの日の講演から2年弱が経っていますが、実は私は今、あの講演のスピーカーだった今井倫太先生の研究室で研究しています。先生からの時々投げかけられる無理難題に頭を悩ませながらも、いい先輩や後輩にも恵まれ、とても充実した研究室生活です。

 研究では常にロボットやソフトウエア上のキャラクターとともに人がいて、わいわいと楽しくやっています。でも2年前と違うのは、ただ楽しいだけではなくて、その先に本当に自分が目指すべきドラえもんの姿が見えていること。私たちとドラえもんが当たり前のように暮らす未来は、インタラクションという学問の先にあるでしょうか。私は、あると信じています。