日本は移民を受け入れるべき?
人生を経済学で考えよう(6)
トランプ大統領の強硬な移民政策が話題を集めています。シリア難民の受け入れ一時停止や、中東・アフリカ7カ国の人々の入国を禁止する大統領令に署名したからです。「移民の国」として知られたアメリカの大きな方向転換には、多くの異論も見られました。
一方で、日本在住の外国人は全体の約1.7%程度にすぎません。つまり、「移民」を受け入れることは国にとってそう簡単な決断ではないのもまた事実です。
移民が増えると失業が増える?それとも減る?
ここでは、このような世界の情勢を踏まえ、最近の研究を紐解きながら、「移民」がもたらす可能性について考えてみましょう。あまり知られていないことかもしれませんが、2016年にアメリカで科学・社会科学分野のノーベル賞を受賞した6人は、実は全員が移民です。それどころか、2000年以降にアメリカでノーベル賞を受賞した研究者のおよそ40%が移民です。
最近の経済学の研究では、大学の研究者や企業の技術者のような高技能移民と呼ばれるグループに限ってみれば、移民の流入によって生産性が向上し、経済全体にプラスの効果があることを明らかにしているものが主流です。
多くの人は、外国人が増加すると、自分たちの仕事が奪われてしまうのではないかと心配するのですが、過去の研究はそれを否定しています。それどころか、高技能移民が増加すると、雇用が増加し、むしろ国内の労働者の賃金が上昇したことを示す研究まであるのです。これ以外にも、移民は起業する確率が高いことや特許を出願する確率が高いことでも知られています。
日本の大学はなぜ外国人が増えないのか
アメリカには、大学にも外国人の教員や学生が大勢在籍しています。筆者らもアメリカの大学に籍を置いた経験がありますが、アメリカの大学の多様性は日本のそれとはまるで比べ物になりません。スター研究者と呼ばれる人の中には移民も多く、こうした研究者はアメリカの産業の成り立ちにも重要な影響を与えています。
ある研究によれば、バイオテクノロジー分野において、移民の研究者は、ただ単に研究が優れているだけでなく、バイオベンチャーの設立や起業にもより積極的に関わり、産業自体を作り上げていくことに貢献していることが示されています。
それでは、もっと日本の大学にも外国人の教員や研究者を増やせばいいのではないか、と思われるかもしれません。もちろん今日本の大学でも、その気運は高まりつつあります。しかし、過去の研究をみると、次のような点には注意が必要だと思われます。
アメリカで行われた研究が明らかにしたところによると、外国人の教員は確かに研究面では優れているものの、それは資質や才能の問題ではなく、アメリカ人の教員よりも研究に費やす時間が長いからだということがわかっています。
大学教員の仕事は研究だけではありません。もちろん、大学生や大学院生の教育は重要な仕事ですし、それ以外にも予算や入試といった事務的なこともあります。データをみると、どうもアメリカ人の教員のほうが、教育や事務的なことに熱心に関わっているようです。
一方、外国人の教員が研究面で優れていることは事実であるにもかかわらず、外国人の教員の給与は平均的に見て、アメリカ人の教員によりも低くなる傾向があります。ある研究によると、年間だいたい600~1,200ドル程度(=6~12万円程度)は低くなるとの推計もあります。
このような研究をみてみると、どうも単純に外国人の教員や研究者を増やせばよいというものではなくて、大学の重要な仕事でもある「教育」を外国人の教員にどのように担ってもらうのか、そして出身の国籍によらない公平な評価の制度を構築することができるのかなど、日本の大学が国際化を進めていく上での課題が浮き彫りになってきます。
アメリカは、日本はどうする?
大学の教員や研究者だけでなく、医療の分野でも、移民の重要性を指摘してする研究があります。ある研究では、アメリカの病院に入院した患者のデータを用いて分析したところ、海外で医学教育を受けた後、米国で医師免許を取得して働いている医師(以下、外国人医師)と米国で医学教育を受けた医師(以下、米国人医師)とでは、患者の入院後30日以内の死亡率が外国人医師のほうがかなり低いことを明らかにしています。
このようにみてみると、起業家、技術者、研究者、医師等、高い技術を要する移民がもたらす経済効果は小さいとはいえません。それがアメリカの発展の一部を担ってきたと見ることもできるでしょう。しかし、こうした高技能移民でも入国を禁止する方針を打ち出したアメリカの今後は、どのような道をたどるのでしょうか。
そして、このような米国の移民政策の大転換を前に、日本はどのように移民政策を考えるべきなのでしょうか。日本でも今後、アメリカのように移民を対象とした研究が進んでいくことが期待されます。
(中室牧子・宮城あずさ)
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。