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高専卒20歳の新人
探査ロボで挑む廃炉40年の闘い

高専卒20歳の新人探査ロボで挑む廃炉40年の闘い

 高等専門学校(高専)。中学3年の15歳でモノ作りの専門集団入りを決意し、多くが5年間の濃密な教育、実地研修を経て製造、研究開発などの現場に就く。理論に基づく技術力、それを実践する行動力。国内外から高専に熱視線が注がれる。「高専に任せろ」。若い力の源泉に迫る。

被災地のため 自ら行動

 「社会を動かし、貢献するための人間となります」。4月3日午前、日本原子力研究開発機構(JAEA)の新入職員歓迎式。大学、大学院などを巣立った約100人の新社会人の代表として宣誓したのは20歳の市井紗也加さん。この春、富山高専の電気制御システム工学科を卒業したばかりの女性が大役を任された。

JAEAで新入職員代表として宣誓する富山高専卒の市井さん(茨城県東海村)

 JAEAが掲げる使命は「原子力の未来を切り拓き、人類社会の福祉に貢献する」。だが現実は厳しい。児玉敏雄理事長は訓示で、原発事故への対応、原子力の安全性向上・核燃料サイクルの研究開発、放射性廃棄物処理・処分技術の開発を取り組むべき課題に挙げた。課題は山積する。

 市井さんがこの道を選んだ理由はただ1つ。「福島第1原子力発電所で起きた未曽有の事故に伴う廃炉作業に従事すること」。富山高専にはJAEAからの求人はなかったが自ら行動して、この道をこじ開けた。

 40年はかかるといわれる廃炉作業。しかし福島第1原発事故から6年が経過した今でも原子炉内の状況は把握できていない。

 大手企業や研究機関が高額な自走式ロボットで原子炉格納容器内の調査を行うが高い放射線量、がれきなどに阻まれて失敗の連続。帰還できないロボットもある。

 「新しいアイデアを」。文部科学省やJAEAなど廃炉に携わる関係者が秋波を送ったのが高専だった。今年30回を迎える「ロボコン」(アイデア対決・全国高等専門学校ロボットコンテスト)では毎回、奇抜なアイデアが専門家をうならせる。しかも低予算で。

 廃炉作業も「若者の発想を新たな技術開発につなげたい」(JAEA)として10代後半の若者の「技と知」に賭けた。名付けて「廃炉創造ロボコン」。

 競技内容は原子炉建屋内を想定した暗闇でコンクリートの厚い壁があって電波が届かない条件の下に2つのフィールド(モックアップ階段、ステップフィールド)のいずれかを選び、それぞれの課題を遂行する。製作費は20万円まで。市井さんも挑戦することにした。

涙ながらに訴え

 太平洋に面した原発事故現場と日本海側の富山高専。なぜ市井さんが廃炉と向き合うようになったのか。それはこんな出来事が発端だった。廃炉創造ロボコンに先立つ1年数カ月前の2015年秋、4年生の市井さんは知り合いの福島高専の学生と被災地を見て回った。そこで見た光景が原体験となる。

 住み慣れた場所を離れ避難生活を余儀なくされる人たち。風雨にさらされ朽ちている家屋。横転したままの自動車の数々。「いまだにこんな状況なのが信じられない」と絶句した。

 行動は早かった。就職担当の金子慎一郎准教授に涙ながらに訴えた。金子氏はその模様を鮮明に覚えている。「涙ながらに被災地の写真を見せてくれました。廃炉の仕事に就きたい」と。「単なる同情でないなら応援する」と背中を押した。

 卒業年次となる昨年春、再び転機が訪れる。金子氏から廃炉創造ロボコンの存在を聞き、参加を促される。金子氏の専門がロボット工学だったことも幸いした。子供のころから動くモノに興味を持ち、はんだ付けが得意で電子サイコロを作ったこともある市井さんだが、ロボットの製作は初めてだった。

 夏休みに廃炉ロボコン参加予定メンバーと福島第1原発や廃炉作業の研究拠点を視察したが、他の高専生はチームで参加。元祖「ロボコン」で名をはせた学生の姿も。たった一人の挑戦だ。

 ▼高等専門学校(高専) 戦後の高度成長期に産業界から実践的技術者を養成する高等教育機関の設立への強い要望があり、1962年に中学校卒業者を入学資格とする5年制の国立高専が全国に12校設立された。大半の学生は寮生活を送る。理論的な基礎の上に立っての実験、実習、実技を重視した教育システムが特徴。卒業研究はエンジニアとして自立できるよう応用能力を養うことを目的とし、大学生、大学院生に混じって学会で発表できる水準の研究も多い。これまでに国立高専だけで36万人超を輩出している。就職者の9割以上が技術者として就職する。ANAホールディングス傘下の航空機整備会社5社は今春、計128人の採用者のうち35人が高専出身者だった。

若い「技と知」覚悟の挑戦

 ロボット製作期間は実質、3カ月。金子氏の力を借りながらほぼ毎日、午後10時半ごろまで学校に残り、試行錯誤を繰り返す。

ロボットを遠隔操作する富山高専の市井さん(左)とサポートする金子慎一郎准教授

 まだ動きもしないロボットにこんな名前をつけた。「RITORNO(リトルノ)」。イタリア語で帰還を意味する。原子炉内の過酷な環境を乗り越え、ちゃんとミッションを終えて戻ってきてほしいという願いを込めた。12月3日の開催日の数日前はほぼ徹夜。実際にリトルノが操作通りに動いたのは開催当日朝、会場だった。

 果たして結果はどうだったのか。リトルノは残念ながら階段を1つも登ることなく競技を終えたが特別賞を受賞。原子炉建屋の電波の受信環境を考慮して搭載した複数の通信基地局を分離することで遠隔操作の距離を伸ばし、現場の撮影を可能にしたアイデアが評価された。ベアリングを2つ使い、ホイール部とLANケーブルドラムの回転を独立させ、実現した。

 13高専、15チームが挑んだ大会。放射線に弱い半導体を用いず機械的継電器の回路で制御したロボット、風船にヘリウムガスを注入しその浮力で前進するロボットなど、少ない予算で工夫する若い「技と知」が挑んだ。

 優秀賞を受賞した奈良高専の外山仁大さんは「自分たちが設計したロボットで、廃炉という問題に関心を持つようになることに意味がある」と廃炉創造ロボコンの意義を語る。外山さんは今春、キヤノングループの東芝メディカルシステムズに入社した。「市井さんのような覚悟を持っていつかは廃炉の仕事と向き合いたい」と力強く語る。

 高専出身者が企業などから注目されるのは、中学卒業後から5年一貫で専門教育をたたき込まれることによる質の高さがあるからだ。理論に加え、実験・実習を重視した教育で技術も磨かれる。日本のモノ作りが空洞化することへの危機感が募るなかで、高専生の技術、行動力と職業意識の高さが求められている。

 そして今、20歳が挑む40年の廃炉との闘いも始まる。
(編集委員 田中陽)[日経産業新聞2017年4月26日付、日経電子版から転載]

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