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[ career-働き方 ]

食の訪問記(14)たから島ファーム広島でしか手に入らない
まさに「お宝とまと」

平井幸奈 authored by 平井幸奈株式会社フォルスタイル代表取締役CEO
食の訪問記(14)たから島ファーム 広島でしか手に入らないまさに「お宝とまと」

 ブリュレフレンチトースト、フォル・グラノーラ、ドラフトコーヒー......。美味しいを生み出す食のプロデューサー、株式会社フォルスタイル代表取締役の平井幸奈です。本企画は私が日頃から注目している日本を代表する食のブランドを訪問し、体当たりでインタビューする企画です。愛される日本の食の秘訣、守り方・育て方、新しい食文化の作り方、そして新たなる挑戦と描いている未来についてじっくりとお話を聞いていきます。

会社概要 農事組合法人たから島ファーム 設立:1989年 生産量:360トン 売上高:年商1.9億円

 8カ所目の訪問先は、お宝とまとです。広島県倉橋島で作られているお宝とまと。基本的に広島県内でしか手に入らない希少なトマトは、倉橋島の奥地、瀬戸内海に面した温暖な気候の中でつくられています。2004年に「日本農業賞」優秀賞を受賞したことからも注目を集めたこのトマトの魅力に迫ります。農事組合法人たから島ファームの立花隼人さんに話を伺いました。

訪問のきっかけ

 毎年春先になると、祖母が広島から東京まで何箱も送ってくれる「お宝とまと」。私が好きなのは皮が厚くて小ぶりなお宝とまとです。中に甘みと旨味がぎゅっと詰まっていて絶品です。基本的には広島でしか手に入らないお宝とまとはまさに「お宝」。広島県倉橋島の奥地で作られている、お宝トマトが生まれた軌跡に迫ります。

たから島ファームの立花さん

中まで紅くて旨味が濃縮


平井 まずはお宝とまとの特徴を教えてください。

立花 濃い味わい、深い紅み、しっかり詰まった質感です。

平井 一般のトマトとは全く違う「濃い味わい」がありますよね。そして切ってみると中まで紅くて、旨味が濃縮されています。

立花 そうなんです。お宝とまとは「ハウス桃太郎」という品種ですが、ここ倉橋島で作っているこの品種のことを、僕たちはお宝とまとと名付けました。

平井 「お宝」その名前の由来を教えてください。東京ではなかなか手に入らないですし、ここまで来るときに、細い道を奥まで入ってきて、生産地もまさに「お宝」だな、なんて思ったんですけど。

立花 そうですね(笑)。でも元々の名前の由来は、この広島県倉橋島自体が「宝島倉橋」と呼ばれていたことです。その名前から「お宝」と付けました。

平井 この倉橋島で作られている理由を教えてください。

立花 倉橋の土壌は、水はけがとても良い砂質なので冬春トマトの栽培適地でなんです。さらにお宝とまとは冬をまたぐ作型なので、倉橋の温暖な気候は適しています。実はここ倉橋島は、広島県の最南端なんです。温暖で日射量が多いことも特徴で、冬でも暖房コストをあまりかけずに大きく育てることができます。

お宝とまと

冬~春が最も糖度や糖酸のバランスがいい

平井 一般にトマトの旬は夏というイメージがありますが「冬春トマト」である理由はなんでしょうか。

立花 実は冬~春のトマトが最も糖度や糖酸のバランスが優れています。なのでお宝とまとは、最も美味しい1月~7月に出荷しているのです。

平井 このお宝とまとはいつから作り始められたのですか。

立花 平成元年にこの品種を導入しました。元々倉橋は柑橘類が有名なのですが、実はその頃業績が急激に悪化して、このままでは食べていけないというピンチをむかえたんです。そんなときに柑橘類の代替えとしてお宝とまとを始めました。倉橋の気候と土壌はお宝とまとを作るのに適していると。初めは農家3軒でスタートしました。長年にわたって少しずつ工夫を重ねて、仲間を増やしながら現在にたどり着いたんです。今では農家9軒と1法人がお宝とまとを作っていて、約3.6ヘクタールの県内有数の冬春トマトの産地になっています。

トマトの苗

平井 どのようにして、この濃厚な甘みのお宝とまとができあがるのですか。

立花 まずこだわっているのは肥料です。自分たちの手で「ぼかし肥」という肥料を作っています。大豆、米ぬか、魚のカス、油粕など有機質のものに、水と菌を加え発酵させます。もちろん手間なのですが、自分たちの手で作るとより旨味の詰まった濃いトマトができるので、この一手間を惜しみません。何度も繰り返す中で、その配合を調整しています。

平井 その肥料を作られるのはいつ頃でしょうか。

立花 9月下旬に苗を植え付けてすぐに取り掛かり、1カ月くらい時間をかけて作ります。

平井 そして出荷は年末年始に始まるんですよね。

立花 そうです。年末年始~7月初旬くらいまで収穫をして、収穫を終えると急いで撤去し、更地にして、緑肥を植えます。8月は少し休めるのですが、9月からはフル稼働です。

製法は常に改善

「労働力や施設の問題もあり、なかなか流通量を増やすことができない」と話す立花さん

平井 製法は平成元年から全く変えていないのですか。

立花 いえ、品種は変えていないですが、製法は常に改善を心がけています。どうやったらより美味しく、高い品質のトマトができるかを考えています。

平井 具体的に教えてください。

立花 例えば、この伸びていくトマトの幹の巻きつけ方を工夫しています。これまでは単純に伸びればターンさせて巻きつけていく方法でした。しかしそれでは日照量の多い高い位置と日照量の少ない低い位置で生産量に大きく差ができてしまっていたんです。そこで、最近は上部にレールをつけ、そこから幹の先端をずらしていくことによって、常に成長する位置と収穫する位置が均一になるような製法に改善しました。

平井 美味しいトマトを作るために、常にノウハウをブラッシュアップされているのですね。新しい製法を試すとき、失敗やそれに対する不安はないのですか。

立花 もちろんあります。最もショックだったのは去年の2月、この新しい製法を導入した途端、春先にトマトの幹が全てしおれてしまった時ですね。冬をまたいで春に変わる時、日照量が急激に増えたのが理由です。絶望的でした。このままでは給料はなし、食べていけなくなってしまう、と。

平井 それは大変! どのように乗り越えられたのですか。

立花 時間と手間をかけてケアをしていくうちに復活をして、結果的にはなんとかまた幹が元気を取り戻しました。その年は苦労が多かったので、お客様に「美味しい」と言っていただくことがいつも以上にありがたく感じましたね。

平井 新しい挑戦の中でも一筋縄ではいかないことも多くあるのですね。「美味しい」というお客さんの言葉一言で報われるその感覚、よく分かります。

小ぶりのものは旨味が詰まっている

平井 お宝とまと、どのように食べるのがオススメですか。

立花 まずは、そのまま食べていただきたいです。もちろんトマトなので幅広い料理に使っていただけるのですが、そのまま旨味と深い味わいを感じていただきたいと思います。

平井 私もお宝とまとはそのまま食べるのが一番好きです! 特に小ぶりのものは旨味がギュッと詰まっていて美味しいですよね。料理に使ってしまうのはなんだかもったいなく思ってしまいます。

出荷されるお宝とまと

立花 そうですね。料理ですと、時々県内のスーパーでお宝とまとを使った料理教室などやっています。先日もパエリアやサラダなどの紹介をしました。

平井 県外への展開はされないのでしょうか。

立花 現状、需要と供給のバランスを考慮すると、広島県内での販売でも足りないくらいです。労働力や施設の問題もあり、なかなか流通量を増やすことができません。

平井 そうなのですね。もっと生産量が増える品種のトマトを作られないというところにこだわりを感じます。

立花 はい。確かにトマトの品種はたくさんあるんですよ。たくさん収穫できる品種に次々と変えていく生産者さんもいらっしゃいます。でも僕たちは作りやすさより味を重視しています。平成元年からこの品種一筋なんです。自分としては、この品種がなくならない限り、自分が60で定年になるまでお宝とまとを作り続けていきたいと思いますね。