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[ liberal arts-大学生の常識 ]

時すでにお寿司、
米でおきて破りメニュー続々

時すでにお寿司、米でおきて破りメニュー続々

 米国の小さな地方都市でもいまや必ず1軒は寿司(すし)屋がある。寿司は北米大陸でも文化の一部として現地に溶け込んでいる。寿司は海外で日本のソフトパワーを高めている最強の商品となった。ただ、現地化が進むとともに、日本の寿司とは似ても似つかぬおきて破りのメニューも続々誕生している。

「日本」から想起、寿司がトップ 米調査

 米国での寿司・和食ブームはとどまるところを知らない。米調査機関ピュー・リサーチセンターの2015年の調査では、米国人が日本と聞いて最初に思いつくものの首位は寿司・和食だった。日本貿易振興機構(ジェトロ)の13年の調査では、米国人が好きな海外料理で和食・寿司はインド料理を上回り、首位・中華料理とほぼ並ぶ2位だった。農林水産省の調査では北米の日本食レストランは13年からわずか2年間で1.5倍の約2万5千店に急増している。

 食文化は普及とともに現地の食材と組み合わされて土着化する。おきて破りのメニューも自然に登場するが、その中でも寿司の勢力拡大に貢献している人気店のメニューは特に文化的に注目に値するだろう。米レストラン評価アプリ「イェルプ」で5段階中4.5点以上、または他サイトで同等程度の評価を得ている超人気店の極北の寿司をみていくことにしよう。イェルプは日本における「食べログ」に相当する米国で最も一般的な評価サイトだ。

 まずは多国籍な創作メニューの宝庫ラスベガスから。「スシウエー(寿司道)」(イェルプ評価4.5)というストイックな名前の店に入り、寿司とナチョスを融合させたメニューと推察される「スシナチョス」を注文してみた。

 メニューを見た時点で「ナチョスシ」ではなく「スシナチョス」だということに気づくべきだった。なんのことはない、食べてみると単にマグロなどの寿司の具材を使い、ウナギ用の甘辛ソースを使い回しただけの変わり種ナチョスである。これは寿司ではない。やはり酢飯は寿司の必須要素であるとの思いを強める。

酢飯が生地代わりのピザ

 次に注文したのは「ジャパニーズピザ」。のり、酢飯の上にマグロなどを載せ、チーズをかけてオーブンで温める。いわば寿司を生地代わりにしたピザである。だが、食べるとチーズの味が勝ってしまい具材の特徴を消している。品名の通りピザであって寿司ではない。確かにメニューに偽りはない。

 ただ、意外だったのは酢飯の味でピザ用チーズのくどさがかなり緩和される点だ。惜しむらくはチーズに工夫がなさすぎる。完全に「寿司の道」を踏み外した店だが、寿司の新たな境地につながる可能性を感じて店を出た。

 酢飯とチーズの組み合わせを探るのは米カリフォルニア州サンディエゴの「ケン・スシ・ワークショップ(研究会)」(イェルプ評価4.5)も同じ。名前通り攻めたメニューも多い。ここでは「ウナギ盆栽」というシュールな名前の巻きずしを注文した。

 ウナギにクリームチーズ、アボカド、揚げたのりという、脂っぽいまったりした食材の組み合わせを、ハーブニンニクソース、ネギと、トウガラシを効かせたマグロで引き締めている。魚の生臭さとトウガラシの刺激を重層的な脂でくるんで食べる、という米西海岸で好まれる食の方程式が応用されている。土地柄、メキシコ料理の強い影響を感じさせるメニューだ。ひりひりする辛さで無理やり味をまとめているので繊細さには欠ける。

 巻きずしののりを先に揚げて天ぷらにしている点は土着化を強く感じさせる。米国では「クランチーさ(サクサク感)」を重視する傾向が強く、天ぷらを寿司と融合させたメニューは多い。

 この「ウナギ盆栽」はB級グルメとしての完成度は高い。だが、問題は1本20ドル(税チップ別で約2200円)という価格に納得できるかだろう。

サルサソースにリキュール、サワークリームも

 では、寿司に入れるチーズをクリームに替えてみるとどうだろうか。ラスベガスに匹敵する多国籍性を持つ、運河の国パナマ。ペルーに日系人が持ち込んだ日本料理を出す現地の人気高級レストラン「ZK」(グーグルのレストラン評価4.4)は寿司とクリームの組み合わせの可能性を探っている。店の名を冠した代表メニューの巻きずし「ZKロール」を注文してみた。

 エビの天ぷらやウナギの入った巻きずしの上にしょうゆを少し入れたサルサソースとフランスのリキュール、コアントローをかける。最後に火をつけてアルコールを飛ばす。甘くかんきつ系の香りがあるコアントローとしょうゆが融合しフルーティーな洋風タレに変化した。ウナギとは抜群の組み合わせになっている。しょうゆの色でタレの味が濃そうに見えるがそこまででもない。日本より巻きずしの直径が一回り大きい分、かろうじてソースの味が強くなりすぎずに済んだ感じだ。香り高いソースと、メキシコ料理でよく使われるあっさりしたサワークリームと酢飯の酸味がちょうど拮抗していい塩梅(あんばい)だ。

 ただし、北米のおきて破りメニューの大半で、寿司の重要な魅力の一つであるヘルシーさが失われてしまっているのが難点だ。

 その点、米国の若者の住みたい街上位の常連で、創作料理店も多いテキサス州オースティンの和食店「ウチコ」(イェルプ評価4.5)は一段洗練されている。注文した「アンチョビー巻き」はノリの代わりに乾燥湯葉でアンチョビーの酢漬け、ブリッコリーニを巻いた寿司。甘い西洋ネギソースで食べる。アンチョビーの突き刺すような酸っぱさをネギソースと湯葉が和らげる。シャリの最適な温度管理まではできていないが、酢を味わう楽しさを感じさせてくれるメニューだ。

 北米で土着化したメニューの多くは脂肪を含む食材をハーブかフルーツ、辛めのスパイスで調整して味付けるという米国料理の基本原則に従っている。だが、そこに酢飯が加わることで味が重層的になる。酢飯が入ることで明らかに米国の料理文化は豊かなものになっている。それが極北の寿司たちを味わう醍醐味の一つだ。

スシポリスより自浄作用

 昨年、日本で「スシポリス(寿司査察官)」という短編動画作品が放送された。邪道な寿司を出す店を取り締まる捜査官を主人公にした作品だ。06年に日本政府が導入しようとした海外の和食レストラン認証制度に着想を得て、皮肉をきかせたものだ。海外からの激しい反発で導入は見送られたが、農水省は諦めていない。昨年には海外の料理人の和食調理技能を認定するガイドラインをつくっている。「適切な」知識・技能を習得した海外料理人の育成と情報発信をうたう。

 だが、寿司の世界は急激に広がり、もはや日本政府が統制できる範囲をはるかに超えている。その規模と市場原理によってスシポリスが活躍するまでもなく、人気が定着する中で自然に自浄作用も働いている。

 寿司のおきて破りの現地化と並行して、米国の都市部では築地からネタを空輸するような本格派の寿司屋も増えている。サンフランシスコでもミシュランの星を取る本格的な寿司屋が増えた。日本食ブームが長期間続き、日本で本格的な寿司を食べる経験をした人が増えたのが背景にある。

 それを象徴するのが有名寿司店「すきやばし次郎」の職人、小野二郎氏の人気だ。ドキュメンタリー映画「二郎は鮨の夢を見る」は米国の料理好きの間でカルト的な人気を誇り、和食の話が出れば「ジローに行ったことがあるか」としょっちゅう聞かれる。14年のオバマ前米大統領の訪日時の会食場所に選ばれたのもこうした理由からだった。

メニューの米国化、中華料理と同様

 寿司は中華料理と同じ道をたどっている。19世紀後半に米国で移民排斥の流れが強まるなか、中国からの移民は米国の地方都市に次々と中華レストランを開業し仕事を自ら作り出していった。西洋料理と中華料理が並ぶメニューを作り、中華の食材を混ぜたメニューも徐々に増やしていく。その結果、肉、卵、野菜など雑多な具材をいため、とろみをつけた「チョップスイ」と呼ばれる米国化したメニューが生まれた。20世紀をまたいだ時期には大流行し、地方都市にも豪華な装飾を誇る高級な中華料理店ができた。

 その後ブームの終わりや、冷戦による冷却期間をへて1960年代から本国に近い本格派中華をジョニー・カン氏やセシリア・チャン氏が定着させていった。チャン氏は西海岸を代表する有名料理人アリス・ウォーターズ氏の師匠としても知られる。参入障壁が低い飲食産業の競争は激しい。熱心な料理人は常に他文化から知識や技能を自主的に学び取ってきた。文化的な正統性や適切さを政府が振りかざさなくても、市場が審判を下す。日本でしっかりとした修業経験がある料理人は引く手あまただ。米国ではいまや寿司もてんぷらもラーメンも出すような専門性のない和食店は、ネットで軒並み低評価で高い値段も取れない。

実験料理、寿司への入り口広げる

 この記事で紹介したメニューは確実にスシポリスの標的となる邪道なものばかりだ。考案した料理人が日本政府がいう適切な調理技能や知識を持っているかはかなり怪しい。確かに極北の寿司たちは、温度管理、シャリとネタの大きさのバランス、繊細な口当たりと香りなど長期の修練や綿密な下ごしらえによって可能になる多くの洗練の要素を欠いている。だが、全く別の実験料理として新たな組み合わせを探すという単純明快な市場価値を生み、寿司の世界の入り口を確実に広げている。そこに政府が日本から食材を輸出したいがために文化的な正統性を振りかざし、認定制度によって介入しようとするのは予算の無駄でしかないだろう。
(シリコンバレー支局・兼松雄一郎)[日経電子版2017年5月5日付]

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