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[ career-働き方 ]

撮れる女優もアリですか(1)映像をつくるフリーランスという選択

行平あい佳 authored by 行平あい佳映像制作・助監督、女優
撮れる女優もアリですか(1) 映像をつくるフリーランスという選択

 はじめまして。行平あい佳と申します。東京都出身、25歳。好きな食べ物は餃子です。早稲田大学卒業後、フリーランスの映像制作・助監督として活動し、様々な縁を結って現在は女優のひよっこをしています。ここに至るまでは、紆余曲折という言葉がよく似合います。それは自分の気持ち的にも、行動的にも。こうして書かせていただく間にも、色々なことを思い出します。

 今回から「撮れる女優もアリですか」と題して、この連載を始めさせていただくことになりました。就活や仕事、抱いていた夢を通して私が感じていた「縁」や、フリーランスの仕事をテーマにお話ししたいと思っています。記念すべき第1回は、今からさかのぼること4年。就活のお話です。拙い文章ではありますが、ぜひお付き合いくださいませ。

本当にやりたいこと

近影

 まず初めに、私の就職活動は惨憺(さんたん)たる有様でありました。理由はただ一つ。「就職する意味」を見いだせないでいたこと。「映画や映像を撮りたい」「演技をして映像に出たい」と思うだけで、それを叶える具体的な策は何一つないまま就活の流れに乗る体たらくを見せつけました。

 当時の私は、早稲田大学教育学部国語国文学科3年生。映画製作サークル所属。自分で脚本を書き、自分が演技できる場所を作り、仲間と一緒に撮影する。その繰り返しで日々は過ぎていきました。気付けば周りは就活ムード。いい大学と言われている手前、就職の流れには乗っていました。

 同じようなスーツに同じような髪形に、同じような態度。私は必要以上にそれに紛れ込むようにしていました。理由はちゃんと就活をしていると自分に思い込ませるためでした。見た目は必要以上に就活生でした。しかしその最中、ずっと「何のために就活しているんだろう?」と考えてしまうようになりました。

 正直、大学を出させてくれた母親のためにも就職すればよかったと思ったときもあります。それは次回以降のお話で触れたいと思っています。それからの就職は、嫌だ嫌だの連続。何をしていても、やっぱりやりたいことがある。本当にやりたいことは、「映像!!!!!」の一点張りでした。

サークルで撮影していたころ

映像をつくる=映像制作会社???

 さて、ここまで来て「いやいや、映像関係の会社に就職すればまるっと解決じゃん」と思った方もいらっしゃるでしょう。確かにそうです。今となってはその道が映像に「関わる」には確実だったと思います。でも、「撮ること」に重点を置くと、そうでもないのです。

 一昔前は映画会社に就職し、助監督になり、いずれは監督へ、というルートもありました。しかし現在では殆どといっていいほど、そのような募集はありません。総合職とあらば、何を任せてもらえるかは不明なのです。ましてやそれに加えて出るなんてもってのほか! 映画監督ってどうやったらなれるんだよ! という状態です。実際、フリーランスを何年かした今でも、その道は定かではありません。監督業は、いろいろな道を辿ってこられた猛者たちの巣窟です。

 そんなわけで、「関わりたい」のではなく「撮りたい・作りたい・出たい」の私が進みたいのは、就職ではなかったのです。受験や映像制作に見せた本気の本気を出すこともなく就活は終了。今思い出しても「何やってんだ私は」と思うことばかりです。就活が始まる前に、自分の考えていることをまとめて、母に話していればよかったなと思います。何も話さないことが原因で幾度か衝突してしまいました。私の考えや行動、すべてがあまちゃんで、就職しないという踏ん切りをつける度胸もなく、勝手にやさぐれていたのでした。

 しかし、就活をしてよかったと思うこともあります。あの特殊な空間を味わうこともそうですが、本当にやりたいことを考える時間にもなりました。人生の中で、経験しておいてよかったことの一つです。

就活直前の撮影中

高学歴ニート......!!

 2014年3月、単位の不足もなく無事に大学を卒業し、私は近所の和菓子屋さんでアルバイトをしていました。やりたいと思っていた映像とは、かけ離れた生活が始まったのです。自分が選んだ道とはいえど、今思い出してもなかなか難しい期間でした。本屋さんに寄ってはオーディション雑誌を見て、パソコンでは映像関係の仕事を検索する繰り返し。やりたいことに近づく糸口がなく、日々が過ぎている。同じ毎日を繰り返して全く進んでいない。そう思えば思うほど、焦っていたように思います。ニュースで不意に流れる「高学歴ニート」という言葉がやたらと耳につくようになります。

 そんな中、同じ映画サークル出身でフリーランスの映像制作・助監督をしていた先輩から声がかかります。「知り合いの監督が、専属の助監督を探しているみたいだから会ってみる? どうせ暇でしょ?」とのこと。最後の一文は心外ですが、こんなチャンスはない!!!!! そう思い、すぐさま連絡を返しました。「ぜひお会いしたいです。よろしくお願いします!」。

助監督時代の恩師からのプレゼント

 この一言から、フリーランスとして映像のそばで働く人生が始まりました。ここから、周りの皆さんのお力を借り、縁を結い、支えていただいて一歩ずつ進んでいきます。この連載を通して、読者の皆様が周りの方々から頂いている縁に気づくきっかけになったら幸いです。次回からは助監督時代のエピソードや惨憺たる給与問題について書いていこうと思っています。

 私もまだまだ道半ばの人間ですので、こうして自分の事を話していると偉そうに聞こえる点がないか心配です。拙い中に面白みを感じてもらえたら幸いです。最後まで読んでいただきありがとうございました。次回も楽しみにしていてください。