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[ career-働き方 ]

ベンチャー支えるU35弁護士
助言よりも当事者に

ベンチャー支えるU35弁護士助言よりも当事者に

 ベンチャー企業に飛びこんで活躍するU35(35歳以下)世代の若手弁護士が増殖中だ。主戦場は、人工知能(AI)やビッグデータ、シェアリングエコノミーなど既存の法律が想定していなかった新しいフィールド。企業が飛躍を目指すうえで避けて通れない法的な課題に、アドバイザーではなく当事者として取り組んでいる。

インドネシア大企業との提携で奔走

 指紋認証を使った決済サービスを手掛けるリキッド(東京・千代田、久田康弘社長)で経営管理部長を務めるのが、轟木博信弁護士(31)だ。今の仕事は会社の社内体制整備、対外交渉、資金調達など多岐にわたる。

 2016年にはインドネシアの大手複合企業、サリムグループとの提携を成功させるのに奔走した。企業規模は段違いだが、契約交渉では百戦錬磨の華僑を相手に「絶対にここは譲れない」というラインを設定、守れなければ破談も辞さないという覚悟で折衝を重ね、合弁企業設立にこぎ着けた。今夏をめどに同グループの従業員50万人向けの決済の運用が始まる。

リキッドの経営管理部長を務める轟木弁護士は国内外を飛び回る

 轟木氏は13年に柳田国際法律事務所に入所。訴訟など重い案件も若手に積極的に経験させてくれる事務所で、実務経験を積んだ。その中でインドネシアでの合弁解消案件にも携わり、この経験が提携交渉でも大きな助けになった。

 事務所の仕事も十分にやりがいを感じていたが、15年9月にリキッドに転じる。慶応義塾大学法学部でゼミの同期だった久田社長から、AIによって指紋を高速判別する同社の中核技術とサービスのアイデアを説かれ、「IDカードに頼らず、自分が自分であることを自分で証明できる技術」との説明がすとんと胸に落ちた。「前払いにしろ後払いにしろ、決済に絡むなら様々な法律が関係してくるな」。自分の力を生かせる局面が多いと確信した。

自らの決断がビジネス動かす

 実際、サービス展開ではいくつもの法的課題に突き当たり、弁護士の知見を生かして課題を克服してきた。例えば16年には、企業からの要望に応じて官庁側が法規制や運用を変更する経済産業省の「グレーゾーン解消制度」を活用した。旅館業法では訪日外国人はホテルにチェックインする度にパスポートを提示し、ホテル側はコピーを保管しなければならなかった。制度の活用で厚生労働省が法の運用を変更し、空港などで指紋とパスポート情報をクラウド上に一度登録すればホテルでは指紋認証するだけで済むという同社のサービスを実現した。

 ベンチャーに飛びこんで、「100%生の情報で会社の全体を見られ、自分自身の決断がビジネスを動かす醍醐味を感じている」。当然その決断にはリスクと責任が伴うが、それも面白い。「リキッドをグローバルのインフラに育てる」ため、やるべきことは山積みだ。

 U35弁護士は、2000年以降に成人になった「ミレニアル世代」。インターネットとともに育ち、IT(情報技術)の世界はごく身近にある。弁護士としての実務も身についたところで、新たな舞台で羽ばたいている。

シェアリングサービスの自主ルール作り

 石原遥平弁護士(32)は16年7月、空きスペースの時間貸し仲介などを手掛けるスペースマーケット(東京・新宿、重松大輔社長)に移った。弁護士法人淀屋橋・山上合同を休職し、インハウスとして出向している。期間は2年間で、大きなミッションは労務管理・人事体制整備など、将来の新規上場を目指すための準備と、シェアリングエコノミー業界全体に関わる制度づくりだ。

スペースマーケットの石原弁護士はセンバツ出場経験もある元球児だ

 スペースマーケットの重松社長は一般社団法人シェアリングエコノミー協会の代表理事も務めており、石原氏は現在、シェアリングサービス業界向けの認証制度作りの実務を担っている。弁護士ならば官公庁に出向する形でも法律作りには関われるが「新しいビジネス領域の自主ルール作りを任せられている今は、自分の責任も重いが、自由度や手応えもかなり大きい」という。

 自社のサービスも、利用数が伸びてくるとどうしてもトラブルが増えてくる。外部から事業に関わっている場合だと「内容証明が届いてからが仕事」になるが、内部で関わっていればSNS(交流サイト)のモニタリングなどで「炎上の種」を見つけられる。また当初のサービス設計ではスペースを貸すホスト側によるキャンセルを想定していなかったが、実際に事例が出てきたのに応じ、利用規約をすぐに改定するといった対応にもつなげられた。

 シェアリングサービスの事業者は多くはあくまでマッチングをするプラットフォームの立場で、取引の当事者は消費者同士だ。だが企業の内部から事業を見ることで、トラブルは不可避だということが分かり、一定の水準を満たす事業者にお墨付きを与える認証制度が必須だと感じている。「新しいサービスにはまず情報感度が高い層が乗っかってくれるが、リスクが残っていればより幅広い層に浸透するのは難しい」からだ。目先の責任回避ではなく、シェアリングエコノミービジネス全体の成長を促進できる仕組みをつくろうと意気込む。

センバツ出場経験も

 石原氏にはもう一つ、スポーツを支える弁護士としての顔もある。群馬県立前橋高校野球部のキャプテンとして02年の選抜高校野球大会(センバツ)にも出場した。プロ志望だったが、出場校のキャプテンらが集まる合宿で楽天の嶋基宏選手らと過ごすと、覚悟の差を実感し、志望を変えた。当時プロ野球の代理人として活躍する弁護士が出始めていたので、球児向けアンケートの将来の夢欄に「弁護士」と書き、実現させた。

 すでにスポーツ選手の紛争の代理人も多数経験した。その後、現在は公益財団法人の日本スポーツ仲裁機構に週1回勤務している。「ベンチャー、スポーツ、地方、という3つの柱を立てて弁護士としてのキャリア開拓をしていきたい」といい、着々と地歩を固めつつある。

社長直属の役員

 疾患別の医療情報提供サービスなどを手掛けるメドレー(東京・港、滝口浩平社長)の法務統括責任者、田丸雄太弁護士(32)は日本のベンチャーにはまれなゼネラルカウンセル(GC)だ。GCは米国などで最高経営責任者(CEO)や社長直属の役員として、最高執行責任者(COO)や最高財務責任者(CFO)などと経営の中枢を構成する法務担当トップを指す。

メドレーの田丸弁護士はゼネラルカウンセルとして経営者センスを磨く

 もともとグローバル志向があり、外資系法律事務所のポールヘイスティングスやホワイト&ケースに所属した。弁護士登録直後にリーマン・ショックが起き、新人時代から破産や身売りなどのM&A(合併・買収)案件を相次ぎ手掛けた。

 14年夏に三井物産に出向。M&Aを推進する中途採用者で組織する部署で各分野のプロフェッショナルたちとともに働くと、「習わぬ経を読む『門前の小僧』状態になり、法務だけではなく、より様々な観点から考えることが楽しいと感じた」。そんな姿を見た周囲にも「弁護士の仕事だけしているより向いているんじゃないか」と言われ、事業の内側から仕事をしてみたいという思いが膨らんだ。

 自ら何か事業をするか、それとも事業会社に転じるかと考えていた15年末、友人だったメドレーの滝口社長から「遠隔診療の法律的な手当てをしっかりやりたい」と連絡を受け、16年5月に正式に入社した。高校生で起業した滝口社長は契約書も読め、法務への理解が深い経営者だった。それでも医療や金融の業界は、一歩間違うとダメ-ジが大きい。安心して法務を任せたいということで契約書や規定、規約やビジネスモデルチェックなど基盤を整える役割を託された。

意思決定の当事者として

 16年2月に始めた遠隔診療サービス「CLINICS」の法的解釈の整理では大きな役割を果たしている。ネットで診察予約・問診、ビデオ診察、決済、処方箋の発送などができる仕組みで、15年に厚労省が遠隔診療の適用範囲を拡大して明確に適法になった。だがこの分野では本省の考えが全国各地の出先機関まで伝わりきっていないことも多い。ブログなどで詳細な解説を公開したほか、役所や医療機関からの疑問には法的な解釈を丁寧に伝えてきた。併せて学会でも発表するなど、全国的な浸透を図る。

 法律事務所時代にも「自分は単なるアドバイザーではない、と意識し『自分だったらこうします』と伝えていた。意思決定にかかわっていたつもりだった」と振り返る。最近では意思決定の当事者として「だんだんその速さと精度が上がってきた」と感じている。さらにゼネラルカウンセルとしてのセンスを磨いていく。
(児玉小百合)[日経電子版2017年5月10日付]

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