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ポテチ品薄 次は乳ショック
北海道、担い手疲弊

ポテチ品薄 次は乳ショック北海道、担い手疲弊

 ジャガイモの不作でポテトチップスが品薄になる「ポテチショック」。その陰で北海道発のもう1つの危機が忍び寄る。バターやチーズなど乳製品の原材料となる生乳の生産減少だ。乳製品メーカーが値上げを始めるなど、その影響は表面化しつつある。直接の理由は昨夏の荒天による牧草不作だが、担い手や乳牛も減少している。問題はジャガイモより、根深く、深刻だ。

 「確保できたエサはいつもの年の8割ほどしかない」――。北海道中心部の清水町で220頭の牛を飼う酪農家の大石幸徳さん(38)は例年より低い牧草の山を眺めてため息をついていた。

 清水町は16年夏に北海道を直撃した台風の影響を最も大きく受けた地域の1つだ。橋が流され、道路は寸断。多くの畑が土砂で埋まった。大石さんも牧草地に向かう道が流されて、多くの牧草が収穫できなかった。

 足りない分は輸入飼料で補っているが、すべてを代替できるわけではない。食べ慣れた餌が変われば、牛の乳の出方も変わる。加えて、輸入飼料は牧草より割高だ。「コストが大幅に増えて苦しい。(エサの量に合わせて)乳牛を減らすことも考えないと」と嘆く。

 14年冬から相次いで起こるバター不足。背景には国内の生乳生産減がある。これまで、特に顕著だったのは北海道を除く都府県での生産減だ。

 都府県の酪農家は北海道より規模が小さく、経営体力が弱い。牧草地も持たず、輸入飼料が中心で、円安による飼料価格高騰の影響も大きく、廃業が増えた。その結果、北海道の生乳生産シェアは00年の43%から、15年には53%まで高まった。

 都府県で生産する生乳は、多くが地域で飲まれる牛乳の原料になっている。これが不足すると、補うために遠く北海道から飲用牛乳に回る量が増えた。バター不足が叫ばれていた14、15年も北海道内から都府県向けに出荷される牛乳は年5~6%ずつ増加していた。

 乳価特有の仕組みも生乳が飲用牛乳に流れる一因だ。飲用牛乳の原料となる生乳は、バターやチーズなど加工品向け生乳より高く売れる。より割高な飲用向けに生乳が流れ、割を食ったのがバターという構図だった。

値上げラッシュ

 国産バターの北海道の生産シェアは8割以上。不足を解消するには、とにかく生乳の生産を増やすしかない。北海道の酪農家は生乳の生産増を最優先にしてきた。年齢を重ね、本来なら引退する高齢の牛も搾乳し続けるなどで、なんとか15年以降、前年を上回る生産量を保ってきた。

 16年夏の台風は、こうしたバター不足以降の努力を帳消しにしてしまった。牧草の不作を契機に、北海道の生乳生産量は減少に転じた。16年9月からは前年同月の実績を下回り続けている。

 生乳の供給不足から、道内生乳流通の98%を扱うホクレン農業協同組合連合会は4月、生乳の乳業メーカーへの販売価格を引き上げた。この影響で5月1日に雪印メグミルクはチーズの主力製品を2.5~4.3%、バターを1.1~1.2%値上げした。6月1日には明治と森永乳業もバターの値上げで追随する。北海道発の生乳不足の影響は家庭にもじわり広がり始めている。

 では、今年産の牧草にエサが置きかわる夏以降、問題は解決するのだろうか――。「生乳生産の減少は長期的に変わらない」(森永乳業の大貫陽一取締役)、「生乳価格の上昇を止めるのは難しい。価格の安定化はまだ先だ」(明治ホールディングスの塩崎浩一郎取締役)。乳業各社の見方は総じて悲観的だ。

 そのワケは夏に酪農地帯を自動車で走ると見えてくる。北海道を代表する酪農地帯の中標津町。夏になると広大な牧草地のなかに、白い花が広がっている場所が見えてくる。ソバの花だ。中標津町を含む根室地域で、ソバの作付面積は09年はほぼゼロだったが、16年は700ヘクタール超に急増した。酪農家が減り、エサを作っていた牧草地がソバ畑に取って代わられているのだ。

15年で3割減

 「自分が子どもの頃から乳搾りに追われていた母が『やめてよかった』と感謝してくれるんだ」。中標津町で200ヘクタールの土地にソバを栽培している上原安浩さん(53)は、数年前、酪農をやめた理由を目頭を押さえながら教えてくれた。

 酪農家の生活は厳しい。どんなに寒い朝でも乳搾りを怠れば、乳牛の乳房は張ってしまい病気になってしまう。「年がら年中、乳搾りに追われる。人間が酪農に縛られている」(上原さん)。ソバの栽培を中心にした今は、夏と正月に家を離れて旅行ができるようになった。生業を捨てることに悩んだが、後悔はしていないという。

 16年の道内酪農家戸数は6490戸。直近15年間で担い手は3分の2に減っている。

 さらにこの先、生乳不足に追い打ちをかけそうなのが数年後に搾乳を始める「未経産牛」の減少だ。乳牛が乳牛の子牛を産めば、生乳の生産は次世代へとつながる。だが、和牛人気の高まりを背景に肉牛の価格が高騰、多くの酪農家が乳牛に肉牛の子牛を産ませたため、乳牛の子牛が急減してしまった。

 担い手と次を担う子牛の不足。悲観論が強まる中で、酪農地帯では生産回復を試みる動きも始まっている。

酪農に自動化の動き

デラバルの「搾乳ロボット」。乳牛が入ると自動的に乳搾りできる(北海道江別市)

 肉牛生産と酪農で規模を拡大するノベルズ(北海道上士幌町、延与雄一郎社長)は、乳牛不足への対応で、オーストラリアから乳牛を輸入する検討を始めている。自社生産だけでは拡大を続けにくくなっているためだ。

 農協組織も動き出す。JA全農と全国酪農業協同組合連合会(全酪連)は2017年度に乳牛をオーストラリアから約1000頭輸入する。輸入は当面の供給体制を確保する手段になる。

 酪農家の負担を減らす「搾乳ロボット」の導入も広がり始めている。

 乳の張りを感じた乳牛が並び、中に入ると乳に自動搾乳機が吸着。人を介さず搾乳を終える――。世界大手デラバル社(本社スウェーデン)の機械の道内での販売予定台数が今年はすでに20台を超えた。00年の日本での販売開始から16年までの累計販売数の半分ほどに相当するという。

 北海道では酪農家が集まって事業を会社化する動きも増えている。熟練の酪農家でなくても作業できるように、自動化のニーズは高まっている。

 もっとも、北海道に市場が限定される酪農用資材で、国内メーカーの存在感は小さい。北欧から輸入する1台2500万~3500万円の高額搾乳機を導入できるのは、大規模化した一部の酪農家だけ。中小酪農家の離農を踏みとどめるには、より安く導入しやすい機器の開発も必要だ。

 北海道発祥の雪印メグミルク、西尾啓治社長は「酪農家の収益向上への支援を強化し、一体になって進みたい」と語る。国産バターやチーズが希少品になる前に、産業界の知恵も試されている。
(宇野沢晋一郎、服部良祐、札幌支社 鷹巣有希)[日経産業新聞2017年5月17日付、日経電子版から転載]

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