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[ career-働き方 ]

NASA体験が刺激
甲陽学院の落ちこぼれ、全国1位に
岡田光信・アストロスケールCEO
が語る(上)

NASA体験が刺激甲陽学院の落ちこぼれ、全国1位に岡田光信・アストロスケールCEOが語る(上)

 壊れた人工衛星など、宇宙ごみ(スペースデブリ)を掃除するという奇想天外なビジネスで脚光を浴びる、アストロスケール(本社シンガポール)の岡田光信CEO(最高経営責任者、44)。現在、人工衛星を開発中だ。事業のシードも、発想力も、行動力も、すべての源流は、中学高校6年間を過ごした私立甲陽学院(兵庫県西宮市)にあった。

成績が伸びず、灘校に行けなかった。

 兵庫県で生まれ育ち、中学受験で甲陽学院中学に入りました。もちろん全国有数の進学校である甲陽学院に合格したことはうれしかったのですが、それよりも、灘校に入れなかったという思いのほうが当時は強かった。関西では、やはりナンバーワンは灘校。私も灘校を目指していましたが、先生から、私のテストの成績では灘校は難しいと言われ、受験を断念しました。

アストロスケールの岡田光信CEO

 甲陽学院中学に入ってからの私は悲惨でした。テストは赤点ばかりで、中学3年の成績は180人中160番前後の「落ちこぼれ」でしたね。実は勉強はあまりせず、テニスばかりやっていました。おかげでテニスは団体戦で全国ベスト8に入ったこともあります。これは甲陽学院のテニス部としては歴史的快挙でした。ただ、テニスはやや言い訳で、やはり勉強する意欲が全然わいてこなかったのも事実です。

 親は勉強に関しては放任主義で、学校の成績についても何も言いませんでした。先生からは一応奮起を促されましたが、効果なし。何事も生徒の自主性に任せる校風だったので、それほど口うるさく言わなかったのだと思います。

 規律は厳しかった。中学時代、頭は丸刈りですし、カバンは学校が指定したカバンと、やはり学校指定の着替えなどを入れる風呂敷だけ。風呂敷片手に街中を歩くので、甲陽の生徒だとすぐにわかります。でも、規律さえ守れば、あとは生徒の自主性を尊重していました。残念ながら、当時の私には、その自主性が勉強に関してはほぼ皆無だったのです。

高校1年の時、米航空宇宙局(NASA)のスペースキャンプに参加

「何事も生徒の自主性に任せる校風だったが、規律は厳しかった」と話す

 両親は科学者ではありませんが、「21世紀は科学の力で悩みのない世紀になる」と子供の私に言っていたのを覚えています。私のためにと、ちょうど創刊された科学雑誌「ニュートン」の定期購読もしてくれました。私自身は科学に強い興味があったわけではありませんが、せっかく父が私のためにとってくれたので、小学生のころからずっと「ニュートン」を読んでいました。ただ、読むといっても、流し読みする程度でしたが。

 高1の時、いつものように「ニュートン」をめくっていたら、NASAが、全世界の子どもたちに、宇宙飛行士の疑似体験ができるプログラムを企画し、参加者を募集するという記事を見つけました。

 興味を抱き、40万円ほどの参加費を親に出してもらい、参加しました。場所はアラバマ州にあるNASAの訓練施設。期間は確か2週間くらいだったと記憶しています。

 初めて生で見たNASAのエンジニアは、青いジャンプスーツに身を包み、片手にコーラ、片手にバインダーを持ち、その姿が、日本から来た高校生の私にはものすごく光り輝いて見えました。

 管制局という、スペースシャトルの運用を行う場所があり、そこでチームに分かれて、模擬運用をする体験は興奮そのものでした。各持ち場に分かれてヘッドホン越しにチームで会話をするのですが、スペースシャトルが故障するプログラムになっているのです。その場でチームで議論して答えを出すという経験は初めてだったかもしれません。月に人を送り込んだり、スペースシャトルを造ったり、NASAのエンジニアって天才だと思いました。そして、その時、生まれて初めて、勉強することは格好いいことだと思ったのです。

アストロスケールが開発している人工衛星

 もう一つ感激したのが、当時NASAで訓練を受けていた毛利衛宇宙飛行士との出会いです。質問に何でも気さくに答えてくださり、「岡田光信君、宇宙は君達の活躍するところ」という手書きのメッセージまでいただき、とても感動しました。

全国模擬試験で1番になった。

 帰国してからの私は、それまでの自分が信じられないほど夢中で勉強しました。テニスは1週間に1日に減らし、平日は午後4時半ごろに家に着くと、そこから10時間ぐらい勉強。寝るのはいつも午前3時で、その4時間後には起きて学校に行くという生活になりました。死ぬほど勉強して日本で1番にならないとNASAのエンジニアには勝てない。別にNASAのエンジニアになろうとは思いませんでしたが、私の頭の中では彼らがライバルでした。それくらいNASAのエンジニアの格好いい姿が脳裏に焼き付いていたのです。

 中高一貫の甲陽学院は、科目によって高1から高2前半ぐらいまでで、高3までの授業をほぼ終え、あとはひたすら受験勉強です。私は高2の時にはあらかた受験勉強も終えていたので、高2の秋に、腕試しに高校3年生が受ける模擬試験を受けたら、全国で22位になりました。高3の最初の模擬試験では、全国1位をとりました。
(ライター 猪瀬聖)[日経電子版2017年6月5日付]

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