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[ liberal arts-大学生の常識 ]

14歳が火をつけた将棋ブーム
トップ棋士はお得?
将棋の中村太地六段に聞く

14歳が火をつけた将棋ブーム トップ棋士はお得? 将棋の中村太地六段に聞く

 空前の将棋ブームに火をつけた14歳の中学生、最年少プロ棋士の藤井聡太四段。将来はプロ棋士になりたいという子供も増えているが、そもそも棋士とはどんな職業なのか。早稲田実業学校中等部・高等部を経て早稲田大学政治経済学部を卒業した中村太地六段(29)に聞いた。

小学6年生で奨励会と早実の受験

 「将来はプロ棋士になりたい」。中村六段が親にそう打ち明けたのは小学校6年生の時だった。将棋は4歳のころから父親に教わり、めきめきと頭角を現した。だが両親は「気持ちは分かったが、とにかく大学には行きなさい」と諭した。将来に不安を感じただけではなく、将棋界にどっぷりつかり、人間として視野が狭くなることを恐れた。中村六段は当面、二足のわらじを履くことを決め、6年生の夏にプロ棋士の予備軍となる「奨励会」を受験して合格、半年後には早実にも挑戦して進学を果たした。米長邦雄永世棋聖門下として修業と勉学に励んだ。

中村太地六段

 プロ棋士になるのは至難の業だ。将棋人口は全国で400万~500万人ともいわれるが、奨励会は狭き門だ。会員は現在約140人。受験の倍率は3~4倍だという。師匠について将棋の修業をするが、「師匠のなかには、弟子をとるときに小学校時代の算数の成績だけは確認するという人もいます。優れた『理系脳』がないと強くなれないからです」(日本将棋連盟関係者)。プロ棋士になる人は成績優秀な優等生が少なくない。藤井四段も愛知県の進学校、名古屋大教育学部付属中学校に通っている。ただ将棋優先となるケースが多く、学業との両立が難しくなる。

 早実に通っていた中村六段は「やはり将棋が忙しいので、友人によくノートを借りていました」という。奨励会からプロ棋士になれるのは5人に1人といわれる。現役のプロ棋士は約160人だ。プロ棋士になるまでに次々脱落するが、その後、医師になったり、エンジニアや金融工学の専門家になったりする人もいるという。中村六段は17歳、高2の時に念願のプロ棋士になった。一方で勉学にも励み、早大の文系最難関、政経学部に内部進学が決まった。

 「大学は楽しかった。友人たちが3年生になり、就職活動を始めたとき、一瞬心が揺らぎました。将棋の世界は厳しく、勝てなければ、お金を稼ぐことはできないからです」(中村六段)。プロ棋士は四段からスタートして、勝てば九段まで昇段できる。むろん年功序列などなく、実力オンリーの世界だ。

「新人」の年収、300万~400万円

将棋ブームを起こした藤井四段

 現在トップ棋士の羽生善治三冠の年間獲得賞金額は1億円前後。タイトル戦と呼ばれる対局で最高の賞金が出るのは「竜王」戦で4320万円だ。人気棋士は対局のほか、各種イベントや勉強会に引っ張りだこになるため、収入はさらに増える。今回、29連勝した藤井四段はまだ中学3年生。新人としては破格の年収になりそうだ。「親御さんがちゃんと管理するでしょうが、以前は大金を手にして色々あった子もいました」(日本将棋連盟関係者)という。

 プロ棋士の年収は、四段クラスで300万~400万円といわれている。これは一流企業の若手社員とほぼ同じ水準だ。中村六段は「年収はバラバラだから分かりません。ただ、ベスト20クラスの棋士でも獲得金額は1千万円を超えるぐらいではないでしょうか。プロ野球などスポーツ選手と比較すると、全然高くないですね」と話す。

 しかし、スポーツ選手と違い、プロ棋士は高齢者になっても続けられる。先日引退した加藤一二三・九段は77歳だ。ただ「負け続けると、30代でも引退に追い込まれます」と中村六段。やはり勝負の世界は厳しい。

 ところでプロ棋士の日常は忙しいのだろうか。中村六段は「これも勝つか負けるかですね。強い棋士だと、年間90以上の対局をこなします。タイトル戦は2日にわたるケースもあるので、365日の3分の1近くを対局に費やすわけです。しかし、平均すると年間で40局ぐらいではないですか。まあ、週に1度ぐらい対局し、それ以外の日はイベントとか、勉強会に出たりとか、後はひたすら将棋の勉強ですね」という。

 将棋のマーケットは限られていたが、ここにもIT(情報技術)の波が押し寄せている。プロ棋士と将棋ソフトが対戦する「電王戦」。この出場者を決めるために行われてきた「叡王戦」がタイトル戦に昇格した。将棋界に7つあったタイトル戦は、34年ぶりに8つになった。この電王戦を主催するのは日本将棋連盟とドワンゴだ。

AIは棋士の脅威なのか

東京・千駄ケ谷にある将棋会館

 5月20日、記者会見でドワンゴの川上量生会長は「IT企業がタイトル戦を主催するのは初めてなので、ネット中継など見せるところで特色を出したい」と話した。インターネットテレビ「アベマTV」を共同運営するサイバーエージェントでは将棋の専門チャンネルを開設。IT企業が将棋ファンを増やすのに一役買っている。

 一方で人工知能(AI)を活用した将棋ソフトの台頭はプロ棋士の脅威にもなった。「今のプロ棋士は将棋ソフトを相手に腕を磨いていますが、AIの進化で人間が勝てなくなってきています」(中村六段)。AIに職場を奪われるという危機感は将棋界でも高まった。しかし、中村六段は「将棋ファンはAIが打つ将棋にはあまり興味を示さない。やはり羽生さんとか、人の打つ将棋に心を奪われるわけです。勝負の世界には人と人の様々な駆け引き、探り合い、心の葛藤が投影される、そこが面白いわけですから」という。

若手台頭、新ファンつかむ

 「貴公子」と呼ばれる中村六段。新たな試みにも挑戦している。関東の若手棋士の組織「東竜門」のリーダーとなり、イベントなどを仕掛けて女性や子供のファン層を広げようとしている。将棋をモチーフにした映画「3月のライオン」のイベントも開催。藤井四段はライバルではあるが、新世代の棋士の活躍は大歓迎だ。

 中村六段は現在、藤井四段には2勝1敗で勝ち越しているが、「藤井さんは日々強くなっていますからね。AIが進化するなか、有能な若手がどんどん出てくるでしょう」。関西中心に10~20代の新世代が次々台頭しているという。

 「藤井効果」でにわかに注目される将棋界。日本将棋連盟常務理事の鈴木大介九段は、「藤井さんの活躍は同じプロとしても驚きの一言です。14歳にして、すでに大きな弱点が見当たらず、完成されているとさえいえます。もちろん今後は各タイトル戦で将棋界をにぎわしてくれるでしょう」という。

 プロ棋士は「お得」なキャリアなのか。中村六段は「個人差があるでしょうけれど、好きなことを仕事にできるのは幸せなことではないでしょうか。普通会えないような人にも会えるし、楽しい仕事ですね」と語った。江戸時代から続く日本の伝統文化ともいわれる将棋。地味なイメージもあったが、新世代が棋士のキャリアに彩りを添えている。
(代慶達也)[日経電子版2017年7月1日付]

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