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ジュリアード@NYからの手紙(9)フィンランドの巨匠、指揮者エサ=ペッカ・サロネンにインタビュー

ジュリアード@NYからの手紙(9) フィンランドの巨匠、指揮者エサ=ペッカ・サロネンにインタビュー
authored by 廣津留すみれバイオリニスト

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 2017年8月、ジュリアードオーケストラのメンバー約40人がニューヨークから北欧に飛び立ちました。フィンランドの首都ヘルシンキにある音楽院、シベリウス・アカデミーの学生との合同オーケストラのツアーのためです。フィンランド独立100年を祝うこのツアーは、ヘルシンキ、スウェーデンの首都ストックホルム、最後にジュリアードの本拠地ニューヨークの3都市を周りました。フィンランドとアメリカの学生が、お互いの音楽や文化のことを良く知ることのできた最高の機会でした!

 さて、ツアーを率いたのは世界的に有名なフィンランド人指揮者のエサ=ペッカ・サロネン。今はロンドンやLAをベースに世界を股にかけて指揮棒を振る彼ですが、リハーサルではおちゃめな冗談を言ったり舞台袖でビール片手に学生を迎えたりと陽気な彼の性格が垣間見られました。そんなリハの合間をぬって、マエストロに若手のキャリア形成において大事なことや音楽業界の今後についてインタビューさせていただきました。

エサ=ペッカ・サロネン:指揮者であり作曲家でもあるサロネンは、ヘルシンキに生まれた。当地のシベリウス音楽院に学び、1979年、フィンランド放送交響楽団を指揮してデビュー。1985年から95年までの10年間は、スウェーデン放送交響楽団の首席指揮者、1995年と96年には、ヘルシンキ音楽祭の音楽監督を務めた。また、1992年から2009年まで、ロサンジェルス・フィルハーモニックの音楽監督を務め、2009年4月には、同楽団の桂冠指揮者の称号を授与された。現在はロンドンのフィルハーモニア・オーケストラの首席指揮者を務める

「音楽は世界共通言語」は本当

廣津留 今回のツアーは、国も文化もちがうジュリアード音楽院とシベリウス・アカデミーという2校の合同オーケストラでしたが、いかがでしたか?

サロネン 素晴らしかったです。「音楽に国境はなく、音楽は世界共通言語だ」と良く言われますが、それは本当のことで、どんな国・学校から来た人でも理解できる「記号(=音楽)」が私は大好きです。両校の印象は最初から良かったですが、指揮台から見ていると、リハーサルを重ねるうちに学生同士のコミュニケーションが次第に自然になっていくのが分かりました。ジュリアード側が北欧を離れた後、数日置いてNYのリハーサルでまた2校が再会する様子を見ていると、今回限りのオーケストラではなく、いつも一緒に演奏しているオーケストラであるかのような印象を受けました。皆が旧知の友のように再会するのを見るのはとても素敵なことです。このツアーはとてもやりがいのある仕事でした。

リハーサルの合間にインタビュー

廣津留 ただ1つのオーケストラを指揮するのと、普段は別々に弾いている2つのオーケストラをひとつにまとめるのとでは、どう違いますか?

サロネン もちろん違いますが、今回の2校の学生は共通する意識をもっていたように感じます。好奇心と寛容さです。というのも、学校によっては長く深い伝統を持っており、「正しい」とされる弾き方にこだわるところもあります。しかし芸術とは正しいことを見つけることではなく、体験を生み出すことなので、音楽において「正しい」かどうかはさほど重要ではありません。もっとも大切なことは、表現の仕方と、紙に書かれた記号を生きた音楽に変換する奇跡のようなプロセスなのです。そういう意味では、ジュリアードとシベリウスアカデミーの学生は同じ意識を持っており、伝統にとらわれず冒険することにとても寛容でした。

廣津留 つまり、両校ともに共演に対してとてもオープンだったということでしょうか?

サロネン その通りです。学生同士がお互いの弾き方に合わせることができ、新しい刺激にもオープンだったので、合同オケは予想よりもはるかに簡単でした。

廣津留 ハーバード時代にロサンゼルス・フィルハーモニックの元CEOであるデボラ・ボーダの講義を聴いた際に、今では大活躍の指揮者グスタヴォ・ドゥダメルは、あなたが若手のコンクールで見たのをきっかけに、オーケストラに誘ったという話を伺いました。若い音楽家にとって、もっとも大事なことは何でしょうか。

サロネン 人柄です。もちろん技量も大事ですが、今の若い世代は技術・教育の質どちらも音楽史上もっともレベルの高い世代です。全体のレベルが高い昨今、一番大切なことは人柄です。リスクを取れるかどうか、コミュニケーションが得意かどうか、ステージからお客さんに向けて発信できるか。

 ドゥダメルを見つけたのは、2004年のマーラー指揮者コンクールでした。彼の指揮と人との対話の仕方をみて、「これは尋常じゃないな」と。技量だけでなく、人と人との間でどうコミュニケーションを取るか、ものを伝えるか。私がドゥダメルに惹かれたのはそこでした。

指揮者の仕事は記号を音楽に訳すこと

廣津留 指揮者のキャリアにおいて大事なこととは。

サロネン 指揮者の仕事は、楽譜上の記号をみて、物理的な音に訳すことです。音自体は、感情的・知的・物理的な体験をつくるのに大事な道具ですが、その音を生み出すプロセスは、大変複雑で魅力的なものです。既に存在するものを複製するのではなく、単なる記号でしかないものに命を吹き込む貴重なプロセス。これを説得力をもってできれば、プロのキャリアにつながると思います。

廣津留 指揮者として活動する中で一番好きなことはなんですか?

サロネン 音楽そのものです。音楽の傑作に毎日向き合えることを本当に名誉なことだと感じますし、素晴らしい音楽と世界トップレベルのオーケストラと仕事ができる幸運を時々ふと実感して、楽譜を前に呆然としてしまうこともあるほどです。さらに、音楽家のエネルギーと才能を近くで感じることができること、その才能と共演して対話ができること、これらすべてが本当に素晴らしい経験だと毎日考えています。

廣津留 大きなグループを率いることについて、若手の音楽家にアドバイスはありますか?

サロネン 自分自身でいることです。指揮台に登ったからといって、別人にならなければなどと考えてはいけません。指揮台上にいようがいまいが、同じ人でなければいけません。指揮とはハリーポッターの魔法のローブなどではなく、自分自身でいることなのです。

ヘルシンキでの公演風景

廣津留 指揮界の未来についてどうお考えですか?

サロネン 指揮界は歴史が深いため、とても奇妙な職業です。指揮界の男性主導の権威主義は独裁的な社会が終わったあともしばらく残り、その影響で未だに女性指揮者は多くありません。ただ近年は、指揮のレッスンやマスタークラスに行くと優秀な指揮者の半分は女性が占めているので、とても嬉しいです。これから5年から10年で、指揮者の男女比はほどよいバランスになるはずです。

廣津留 これもハーバード時代の話ですが、ボルティモア交響楽団の指揮者であるマリン・アルソップが講演に来た際に、「女性の指揮者であることについてどう思うか」についての質問をたくさん受ける、その質問自体が腹立たしい、と語っておられました。

サロネン そうですね、その質問自体に、不必要なキーワードが含まれていると思います。質問は性別に関係なく「指揮者であることについてどう思うか」であるべきです。しかしこれも時間の問題で、数年でその質問もなくなるのではと予想しています。

廣津留 ツアー中のパネルディスカッションで、クラシック音楽は死なない、心配いらない、とおっしゃっていましたね。音楽業界は変化していると思われますか?そしてクラシックの未来をどう見られますか。

バイオリンセクションの集合写真

サロネン そもそも、世の中のすべてのものが私たちの知っている姿のまま続いていくとは考えられません。逆に、そのまま続いていくのは不健全なことです。ここから10-20年で、資金繰りのモデルやインフラなどにおいて組織的な改変をたくさん見ることになるでしょう。音楽界も同じです。他の業界が変化していく中で、クラシック業界の組織が変わっていくのもごく自然なことです。

 しかし、その中で間違ってはいけないことが一つあります。クラシック業界の組織や団体の貸借対照表をみて、経済的に不調であることに対して「クラシックは終わった」という人がいますが、それは論理的に間違っています。芸術の組織の状態と芸術自体を混ぜこぜにして比べることはできません。もちろん、経済的に苦しんでいる芸術団体はたくさんありますし、残念なことです。しかし、だからといって音楽自体はどこにもいきません。組織すべてを壊して一から建て直せ、と言っているわけではありませんが、かといって何の変革も起きないだろうと予測するのも間違っています。私が初めてインターネットを使ったのは95年のこと、それから22年経った今、現在のような社会になっていると誰が予想したでしょう。音楽業界も同じことで、20年後の音楽業界について私も予想ができませんが、ひとつだけ確かなことは、音楽はちゃんと生き延びる、ということです。

廣津留 ありがとうございました。

エサ=ペッカ・サロネンについてはこちらから
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