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けもフレ、君たちは…ヒットのプロに聞く(日経MJ)

けもフレ、君たちは…ヒットのプロに聞く(日経MJ)

 情報が氾濫し、消費者の価値観が多様化するなか、大きなヒットが難しい時代といわれる。そんな逆風にあって、着実にホームランを打つ人たちがいる。彼らの勝利の方程式とは。「漫画 君たちはどう生きるか」に関わったコルク代表の佐渡島庸平さん、アニメ「けものフレンズ」監督のたつきさん、ユニークなサービスを次々打ち出すカヤック社長の柳沢大輔さんの3人に聞いた。

佐渡島氏「人は常に物語が欲しい」

 ――「漫画 君たちはどう生きるか」と、その原作の新装版「君たちはどう生きるか」の発行部数が計100万部を記録しました。なぜ80年前の作品がいま広く受け入れられたのでしょうか。

コルク代表の佐渡島庸平さん

 「現代は人が触れる情報量が多くなりすぎました。何を手に取ればいいのか、みんな分からなくなって、売れているものが加速度的に売れる時代だと思います」

 「ヒットの背景は『シン・ゴジラ』と似ています。『見たことはないが、いい作品であることは知っている。でも現代になじまないから......』という作品をリバイバルした作品に、『売れている』という情報が組み合わさることで、さらに安心感が強まってヒットにつながったのでしょう」

 ――先行きが不透明な時代だからこそ、このタイトルが読者に響いたのでしょうか。

 「いま僕らが対面しているのは、社会が大きく変わるなかで、30~50年後に残る価値観を見つけられていないことです。かつては車やマイホームを持つことが幸せでしたが、シェアリングサービスが広がって必ずしもそう言えなくなりました。世の中がどうなるのかわからない時代に、このタイトルの問いかけはすごい力を持っていると感じさせられます」

 ――これまでも「ドラゴン桜」など多くのヒット作を手掛けてこられました。ヒットをつくることの難しさは今も変わりませんか。

 「情報量が多すぎて、自分の信頼しているメディアや人が良いと言わないと行動しなくなりました。売ろうとすると普通は間口を広げますが、あえて売ろうとしません。自分たちが本当に面白いと感じるものをつくろうとすると、少ない人数ですが『この10年で一番良い』という大絶賛の人が出てきて、売れるようになります」

 「自分たちしか満足しないものをつくり、それを欲しいと言った周りの人にお裾分けする。『漫画 君たちはどう生きるか』を企画したマガジンハウスが漫画家を探していたところ、コルク所属の羽賀翔一さんに担当してもらうことにしました。これは、彼が芽が出ないまま30歳を超え、このまま続けていていいのか、自分はどうすればいいのか問いかけまくっていたからです。本人にとって最も価値がある作品だったということは重要です」

 ――スマートフォンに夢中になって、本を読まない人が増えています。

 「人は常に物語を欲しています。その気持ちはこれからも変わりません。ひとは正しい情報を得たときに行動を変えるのではなく、感情が納得して変えられるのです」

 「ただし物語の受け取り方は変わっていくだろうと思います。SNS(交流サイト)を使ったほうがいいのか、使わない方がいいのか、組み合わせるのか、など柔軟に考えていきます」

 ――出版業界を盛り上げるためにやりたいことはありますか。

 「クローズドなファンコミュニティーをしっかり立ち上げたいですね。コミュニティー内は役に立たない会話があふれていて、そのムダな経験を共有することに意味があります。その話題提供ができればと思います」

 「出版業界に限らず全産業で、かつて15~20年かけて起きたような変化が、いまは1~2年単位で起きています。社内を常に戦略や戦術を変えられる体制にしなければいけませんが、ひとは常に物語を欲するという原理原則に忠実に対応していきたいですね」

 さどしま・ようへい 東大文学部を卒業後、2002年に講談社入社。週刊モーニングの編集者として「ドラゴン桜」「宇宙兄弟」「バガボンド」など数多くのヒット作品を担当。12年に漫画家や平野啓一郎ら小説家などのエージェント業をするコルク設立。38歳。東京都出身。

たつき監督「100人の中の1人を狙う」

 ――監督アニメ「けものフレンズ」はほのぼのした動物キャラクターの繰り広げる物語が「子供向けか」と酷評されていたのに、ネットで支持が拡大。昨年一番のヒットアニメとなりました。

「けものフレンズ」のたつき監督

 「ニッチかもしれないけど自分と同じ感性の人たちが本当に欲しいものをつくろうと、自分自身が見たいものを小細工せずつくったら、そういう人たちが強烈に推してくれたんです。けものフレンズは視聴者100人のうち1人に刺さる作品というイメージで、多分人気が出た後もこの確率は変わっていない。ただネットで話題が広がるにつれ分母が大きくなり、たくさんのニッチな方が見てくれた結果のヒットだと思います」

 ――人気のきっかけは大規模な広告やマーケティングではなく、作品を深読みする一部視聴者のネット上の書き込みという新しい展開でした。

 「ファンの方が楽しんだのは作品そのものだけではなかったと思います。ぼろぼろの評判からだんだん世間の目が変わりヒットに育っていく過程も含めて楽しめたのでしょう」

 ――最近の視聴者をどのように見ていますか。

 「今の日本のアニメファンは、いわば視聴エリートです。実績のない監督の評判の悪いアニメを褒めるなんて勇気の要ること。3カ月間、謎のクソアニメとしてこき下ろし続けることもできるのに『俺は面白いと思う』と声を上げる人が一定数いた。匿名のネット空間が身近になり、日本人も建前だけでなく本音を言いやすくなっている面もあるでしょう」

 「アニメも皆同じメガヒットを受け身で視聴する時代ではなくなり、たくさんある中から自分で中身を判断してから見るようになっています。動画配信サービスの登場で視聴者の反応がダイレクトに見えるようになったことで、この流れは加速するでしょう」

 たつき アニメ監督。大学生時代からアニメの自主制作を始める。2017年に商業作品としては初めて監督を務めたアニメ「けものフレンズ」が大ヒットとなった。同作品の2期目は監督を務めないことが明らかになった際には、ネット上で一晩で2万件以上の反対署名が集まった。京都府出身。

柳沢氏「失敗する人がヒット出す」

 ――スマートフォンゲームをはじめとするインターネットサービスを手がけるカヤックは「面白法人」を名乗っています。面白さと収益性は両立しますか。

カヤック社長の柳沢大輔さん

 「面白さを重視するというのは、決して利益を考えないということではありません。確かに市場環境の変化などの影響は受けますが、人の心を動かす面白いものはいずれお金になります」

 ――2009年の著書「アイデアは考えるな。」では「すごい企画を1個出すよりすごくない企画を100個出せ!」と主張されました。

 「組織として自由にアイデアを出すブレスト(ブレインストーミング)を大事にしています。追い詰められていると視野が狭くなりがちですが、質よりも数を追って(アイデアを)出していけば、いったん思考が柔軟になり突破口になりますよ。結果的に後から質も出てきます。行き詰まりを感じていても、ブレストによって前向きになります」

 「他人のアイデアを『けしからん』と思うこともあるでしょうが、そう思うこと自体もひとつのアイデアです。自分のこだわりに気付けるきっかけになります。そもそも何を課題として設定するか、どのアイデアを選ぶかは論理的な思考やマーケティングに優れた人が少数でも担うものですが、ブレストはみんなで楽しむものです」

 「アイデアや事業の面白さというのはネット上でどれだけシェアされたかなどで数値化できると考えていますが、いきなり百発百中のアイデアが出せる人はいません。ではどういう人がコツをつかんでヒットメーカーになれるかというと、失敗している人なんですね。めげずにやっていくうち、正のサイクルに入っていくのだと思います」

 ――16年に開いた会社説明会では自ら「しくじり社員セミナー」というイベントに「180以上の撤退サービスを出しちゃったCEO」として登場し、過去の失敗を明るく語りました。

 「はい。これまで本当にたくさんサービスを出して撤退してきました。社内の360度評価のなかに『どんな失敗をしたか』という項目をポジティブな意味で取り入れるくらい、会社として失敗を推奨しています。大事なのは失敗から何を得られるか。そしてめげない体制を作ることです」

 ――直近で印象に残っている失敗はなんでしょう。

 「やめてしまった音声投稿サービスですね。収益面で苦労して泣く泣く撤退しました。当時から惜しむ声はありましたが最近は人工知能(AI)スピーカーの『グーグルホーム』などが登場してきて、音声関連のビジネスが活発になっています。今ならば違った展開ができたのだろうなと」

 「それから17年は(書籍の)『うんこ漢字ドリル』が話題になりましたが、私たちは11年に『うんこ演算』という学習アプリを出しているんです。ところが不適切なコンテンツとされ、アプリ配信の『アップストア』では審査を通れませんでした。アプリでなく紙で出していたら......」

 「実は最近のブレストでもうんこの話は出ました。まだ詳細は言えませんが、具体的な企画として進んでいます。18年はうんこで必ずリベンジをします」

 ――いま手がけているものでは一番何が面白いですか。

 「個別のサービスではないのですが、カヤックという会社そのものですね。外から見てもユニークな企業になれたと思っています。ほかの企業はみな真面目すぎるのかもしれませんが、ブレストで変えられると思います」

 やなさわ・だいすけ 1996年慶大環境情報卒、ソニー・ミュージックエンタテインメント入社。98年に合資会社カヤック設立、2005年に株式会社化。クックパッドの社外取締役なども務める。17年はカヤックの発想法を基にしたカードゲームを発売した。43歳。香港出身。

 (聞き手は世瀬周一郎、高倉万紀子、花田亮輔)[日経MJ2018年1月1日付、日経電子版から転載]

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