のび太とドラえもんの友情育むエピソード記憶
夢は青くて巨大な鉄の塊(6)
「4桁の数字」を一時的に頭にとどめる。
「昨日の晩御飯はカレーを食べた」ことを覚えている。
「りんごは赤い」ことを知っている。
こういったものは全て、「記憶」という名前で呼ばれる私たちの能力によるものでしょう。ただ、これらは同じ「記憶」なのでしょうか?
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前回は、ドラえもんをつくっていく上で、記憶というものに向き合っていくことが大切であることを説明しました。今回はもう少し踏み込んで、記憶というものがどのように分類されているのか、そして特に私が目指しているドラえもん像に近づくために記憶のどの部分が重要なのかを考えていきます。
(先に言っておくと、記憶の分類は、学術領域によってもその名前や定義はまちまちです。私の主な専門である工学系で記憶を扱う場合にも、扱いやすいように独自に記憶を定義することがあります。今回はその中でも一般的で、どちらかといえば心理学系の分類方法でお話ししていきます)
"4桁の数字を一時的に覚える" は何記憶か?
まずは手始めに、"4桁の数字を一時的に覚える" はどのような記憶か考えてみましょう。この種類の記憶は"短期記憶" などと呼ばれています。短期記憶は記憶が保持される長さによって分類した場合に出現する分類です。保持できる時間は典型的にはおおよそ数十秒程度。記憶の容量にも限界があります。
もちろん、短期記憶があるならば、長期記憶もあります。
長期記憶の分類
長期記憶は、記憶の「内容」でさらに分類されることが一般的です。長期記憶はまず、専門用語で言えば「陳述記憶」と「非陳述記憶」に分類されています。難しい言葉に感じられますが、簡単に言うと「陳述」とは「言葉で説明できること」と思っていただければいいと思います。
陳述記憶、それはつまり言葉で説明できる記憶のことです。多くの方にとって「記憶」と言った時に思いつくのはどちらかといえば陳述記憶であることが多いと思います。陳述記憶は、さらに2つの種類に分類されます。「エピソード記憶」と、「意味記憶」です。
一方、非陳述記憶とは、口で説明できない記憶です。例えば、自転車に乗れる能力。自転車を乗るのだって、練習の成果が自分の中に蓄積している立派な記憶の一種として分類されているのです。それ以外にも、多様な記憶があるのですが、少し直感では分かりづらいかもしれないので、ここでは解説を省略して、陳述記憶の方を詳しく見ていきたいと思います。
エピソード記憶:思い出
陳述記憶のうちの1つであるエピソード記憶とは、イメージしやすい言葉で言えば「思い出」に近いです。個人が経験した出来事に関する記憶で、「昨日の晩御飯はカレーを食べた」という記憶は典型的なエピソード記憶であると言えます。エピソード記憶の特徴は、その時に見聞きした映像や感情がともに結びつくことです。きっと、昨日の晩御飯の記憶は、食べた時の状況や、美味しかったことが一緒に記憶されているはずです。
意味記憶:知識
陳述記憶のうちのもう1つである意味記憶は、「知識」のようなものです。「りんごは赤い」というのは典型的な意味記憶であると言えます。エピソード記憶と異なるポイントは、その知識を獲得した時の情報が消えてしまっていることです。いつ、りんごが赤いことを覚えたかは記憶にない人がほとんどだと思います。ただ、りんごが赤いという知識として、頭の中に残っているのです。
ドラえもんに足りない技術は何記憶か?
さて、実際にドラえもんを作る上で、どの記憶も必要なことは言うまでもありません。ただ、これまでお話ししてきた私が作りたいドラえもん像と今の技術との間でギャップがあるのはどの部分でしょうか。
私が注目しているのは、エピソード記憶です。
例えば「生きるのがいやになった」なんて愚痴をこぼすのび太に、ドラえもんは「いつものことじゃないの」とにこやかに受け流したりします。私はそんなシーンを見ると、微笑ましくなります。
きっとドラえもんは、以前にのび太が似たようなことを言った「エピソード記憶」が頭をよぎったのでしょう。もちろん、彼らの強い友情の上で成り立つ、ドラえもんのジョークなわけですが。
ドラえもんとのび太が日々を一緒にすごし、エピソード記憶という名の思い出をたくさん重ね、その思い出を共有したり、時にはジョークに使ったり。そうして彼らの友情が築きあげられたのかなぁとぼんやりと考えています。
ではドラえもんを作るにはどうするのか
さて、ドラえもんとのび太の姿をただぼんやりと眺めていてもドラえもんは作れません。エピソード記憶はどのようにして作られるのでしょうか。
どのような種類の記憶があるのかを分類して理解を進めるのはもちろん重要ですが、それらの記憶の仕組みまでわからないとなかなか作る参考にもしづらいものです。
私たちの記憶の仕組み。それはなんでしょう。私たちの記憶を、新たに蓄えて、保持して、ときどき整理する場所。それは、私たちの「頭」。もっと言えば「脳」です。
つまり、私たち自身が持っている「記憶」を実現したいと思った時、「記憶」の仕組みである「脳」は、しばしば作り方のヒントを与えてくれます。脳は、どのようにして私たちの記憶を実現しているのでしょうか。
次回は、エピソード記憶に重要な関わりを持っていると考えられている、「海馬」という脳領域について紹介しながら、記憶の作り方のヒントを探っていきたいと思います。
参考文献:脳科学辞典「記憶の分類」「陳述記憶・非陳述記憶」
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