ニュースから読み解く世界
グローバル時代に学ぶ(上)
池上彰の大岡山通信 若者たちへ
一般の高校生や大学生などを対象に、グローバル時代の学び方や生き方について立教大学で講演しました。その一部を紹介します。世界は日々、動いています。時代を読む視点について、読者の皆さんと考える機会になればと思います。
■「脱・石油」目指す産油国
世界がサウジアラビアに注目しています。政府に批判的だったサウジ人記者ジャマル・カショギ氏が、トルコにあるサウジ総領事館で殺害されたという問題です。なぜ殺されたのか。国王の継承者であるムハンマド皇太子の指示があったのか。
まるで推理ドラマのような展開ですが、責任の所在次第ではサウジの新しい国づくりに大きな影響が及びます。
サウジなど多くの産油国が石油の枯渇を見越して「脱・石油」政策を進めています。世界が電気自動車へと進めば、石油の需要が激減する可能性もあります。そんな事態に備えるため、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイは国際金融都市を目指しています。アブダビは海外の美術館や大学を誘致し、文化教養都市を築こうとしています。
サウジも新たな取り組みを始めていますが、言論の自由を脅かす事件に政府関係者が関わっているとすれば、海外の国々は投資や協力に慎重になるかもしれません。
ヨーロッパではイギリスの「欧州連合(EU)離脱」の手続きを巡る交渉が遅れ気味です。現在の予定では、2019年3月の離脱までに、おおまかな取り決めを固めて合意し、20年末までを移行期間にすることになっています。
ところが「合意なしの離脱」に陥りかねない懸念があるのです。たとえばイギリス領の北アイルランドとEU加盟国であるアイルランドは陸続きで、国境管理の交渉は難航しています。このほかのケースでは食品検査、動物の検疫といった手続きも遅れているようです。
EU統合の試みには、域内の様々な障壁を取り払い、ヒト・モノ・カネの動きをスムーズにするという狙いがありました。手続きがうまく進まなければ、イギリスの経済活動が滞り、人々の暮らしや企業活動に大きな影響が及びかねません。
交渉の遅れの背景には、有利な条件を引き出したいイギリスと、厳しい対応で新たな離脱を防ぎたい加盟国の双方の思惑の衝突があります。
転じてアメリカでは11月6日、連邦議会の中間選挙が迫っています。上院、下院とも主導権を握っている共和党の今後の議席数次第では、トランプ大統領の再選にも影響が及ぶかもしれません。人々は次の大統領選に関心を寄せています。
日本ではわかりにくいのですが、トランプ大統領は根強い人気があります。人々が従来の政治家に愛想を尽かしていることも根本的な要因です。その中には雇用を失い、生活環境が悪化した「忘れ去られた人々」と呼ばれる有権者もいます。
しかもアメリカでは白人男性などの平均寿命が短くなっているという問題が指摘されています。理由の一つには、鎮痛剤の過剰摂取による健康への影響があるようです。トランプ大統領がアメリカの利益を最優先する背景には、世論調査だけでは測れない社会の厳しい現実があるのです。
■民主主義を根付かせるのは国民
私は大学でニュースを切り口に国際情勢を読む講義をしています。「背景にあるものは何か」「世界はどこへ向かうのか」。自分の頭で読み解く力を鍛えることが、自ら人生を切り開くたくましさを身につけることにつながると考えているからです。
日ごろテレビで解説をしたり、新聞や雑誌でコラムを書いたりもしています。人々が判断をする際に役立つ情報を伝えたいと考えています。いわば民主主義を育むための手伝いをしていると考えています。
でも、民主主義は国民自らが追い求めることで初めて根付くものでしょう。イギリスの首相だったチャーチルは、「民主主義は最悪の制度だ。過去の民主主義以外の政治形態を除けば……」という趣旨の言葉を残しました。これは、完全ではないものの、逆説的に民主主義の価値を称賛したものです。この言葉に、ある出来事を思い出します。
それはテロとの戦いを唱えたアメリカのイラク攻撃が新たな混乱を生んだことです。当時のブッシュ(息子)大統領は「独裁者を排除し、民主化すればうまくいく」と、第2次世界大戦前後の日本やドイツを例にあげたそうです。ところがうまくいきませんでした。
イラクの人々には自ら手にした民主主義の歴史がありませんでした。大正デモクラシーを経験した日本、民主的なワイマール憲法を制定したドイツとの大きな違いです。
歴史を知らない指導者の強硬策が混乱を生み、政策が裏目に出てしまったケースです。
人間の過ちを歴史に学び、自らの問いに答えを導き出すこと。これが大学のリベラルアーツ教育の大切さだと考えています。
[日経電子版2018年10月29日付]
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