災害情報をどう伝えるか 2018年を振り返る
池上彰の大岡山通信 若者たちへ
今年を象徴する漢字に「災」が選ばれました。まことに災害の多い年でしたね。とりわけ西日本豪雨では、6月末から7月にかけて各地で大雨が降り、死者行方不明者合わせて230人を超えるという大きな被害を出しました。
■放送の役割を考える
いまだに運転が再開できないでいる鉄道もある有様(ありさま)です。
この災害から学ばなければならない教訓は数多いのですが、ここではメディアとりわけ放送の役割について考えます。
今回、異例の対応をしたのが気象庁です。豪雨による大きな被害が出始める前の7月5日午後2時から臨時の記者会見を開いたのです。このときの内容を、気象庁のウェブサイトで確認してみましょう。次のような内容でした。
「西日本と東日本では、記録的な大雨となるおそれがあります。
西日本から東日本にかけて、台風第7号の影響や、太平洋高気圧の縁に沿って暖かく湿った空気が流れ込み、梅雨前線の活動が活発になり、広い範囲で大雨が続いています。この状況は、8日頃にかけて続く見込みです。非常に激しい雨が断続的に数日間降り続き、記録的な大雨となるおそれがあります。(中略)
土砂災害や低い土地の浸水、河川の増水・氾濫に厳重な警戒が必要です。落雷や竜巻などの激しい突風にも注意してください」
ここで「記録的な大雨」という表現で警戒を呼びかけています。台風でもないのに、気象庁がこれだけ警戒を呼びかけるのは異例のことです。
そして気象庁の警告通り、「土砂災害」や「河川の増水・氾濫」が起きました。
■気象庁の重大懸念は伝わったか
気象庁が重大な懸念を持っていることを、このとき各放送局の担当者は、どれだけ真剣に受け止めることができたでしょうか。
たしかに各局とも、この日の夜のニュースで気象庁の記者会見の様子を伝えていましたが、東京のキー局の反応は、いまひとつでした。
さらに放送局の災害報道が十分でなかった理由は、翌6日の朝からオウム真理教の元代表、松本智津夫死刑囚(麻原彰晃)ら7人の死刑が執行されたことです。
テレビ各局は臨戦態勢。なかには死刑が確定しているメンバーの名前を掲示し、死刑執行が確認されるたびにひとりひとり「執行」というプレートを貼っていくという、信じられない演出をした放送局もありました。人命はゲームではないのです。
オウム真理教のメンバーの死刑執行、それも7人という大量処刑は、たしかにショッキングですし、大きなニュースにするのは当然ですが、このとき西日本では豪雨によって人命が危険にさらされていたことを考えると、もっと何かできなかったのかと考えてしまいます。
また、行政の発する住民への注意呼びかけが、肝心の住民に十分届いていなかったことも課題として残りました。それは「避難勧告」と「避難指示」の違いです。
多くの人が、「避難命令」というものがあると勘違いしていて、「避難指示」が出ても、「まだ避難命令ではないんだな」と危機感を持たなかったのです。
日本は、司法手続き抜きに簡単に行政が「命令」を出すことはできない仕組みになっています。なので「避難命令」は存在せず、「避難指示」が最も高い警戒呼びかけです。避難すべき人たちに、どうすれば危機感を持ってもらえるか。重い課題を抱えての年末なのです。
[日経電子版2018年12月18日付]
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